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『焦がれし刃 3』
芳乃・綺花8870

 既に、中途半端に解き掛けだった結界も解いて余計な負荷が続く懸念は拭ってある。元々然程致命的な負荷でも無かったのだが、負荷など掛からない方がやっぱり単純に動き易くはある。
 それはこの復讐に燃える男の能力値は全般として跳ね上がっていたし、私の真似をする様な法力の使い方も少しは脅威になるかと注意していた。が――結局の所、何程の事も無い。学校帰りに襲って来た時は(刀を持っていなかった事もあり)まだまだ隠し玉がありそうかと警戒して逃げに徹し、仕事が済んだ直後に現れ不意打ち同然の攻撃を仕掛けて来たばかりの時にも同じ理由で守りに徹していただけなのだが――どうも、完全に杞憂で終わっている。

 使い慣れた退魔の刀を使うまでも無かったかもしれない程に。
 何なら学校帰りのあの時に本気で反撃して倒してしまっても良かったかもしれない。
 ……倒そうと思うなら充分にそれで倒せた。

 今、この復讐に燃えていた男の身からは、法力の使い過ぎか、霊力が粗方抜けている。悔しげな歯軋り、それでも吐き散らす怨念と暴言。その何もかもが、見るに堪えないし聞くに堪えない。

「やっと直接届きそうですね」

 刀が。
 そう含めて言いながら、芳乃綺花(8870)は男の眉間に刀の切っ先を突き付ける。
 本当は刀ですら触れたくは無いかもしれない位の相手。……触れさせるのが勿体無い。

「私への復讐に焦がれて何か新しい事を始めてみた様ですが、どうやらもう反動で碌に動けもしない様ですね――身の程知らずな事をするから、そうなるんじゃありませんか?」

 オンマリシエイソワカ――は、もういいかもしれない。難を避けるのに摩利支天の力を借りるまでもないし、慈悲を施す価値も無い。オンアミリティウンパッタ――軍荼利明王の外敵除去はまぁ、そのままで。
 真言を唱えてその威を借りつつ、まずは印呪を組めない様に復讐者の手指を刻む。腕の腱を切る。二度と復讐など思い至らぬ様に。物理的に“出来ない”様に仕上げる。
 また、絶叫が聞こえる。苦命と言うより、怨嗟の声。

「まだやる気があるんですか? 往生際が悪いですね……この私に二度もやられるなんて中々無い幸運だと思うのですけれど」

 敵が私――これ程に魅力的な相手だったんですからね。
 それも、そんな私を一度は圧倒したと幸せな錯覚まで出来たんですから、果報者もいい所でしょうに。
 ……ああ、そうだ。折角ですから。

「ナウマクサマンダボダナンベイシラマンダヤソワカ。あなたが私に向けて使ったこの毘沙門天の霊験による怨敵調伏を、そのまま返して差し上げましょうか?」

 逆恨みだとは言え、復讐の為に磨いたのだろうその技を以って復讐者当人以上の霊験を示したならば。
 更にプライドも圧し折れる事にもなるだろう。
 もう二度と再起などする気も起きない程に。

 そう思いつつ、宣言通りに怨敵調伏の霊験を重ねた刀で、復讐者を膾に斬り刻む。傍からは何をしたかもわからない様な速さの斬撃。その実は――滑らかにかつ力強く綺花のその肢体は躍動し、豊かな部分や短いスカートの裾が魅惑的に揺れ、目を奪われる程の美脚が鋭い踏み込みを見せてもいるのだが。

 そこまでをやった時点で、あら、と綺花は少しわざとらしい位に嗤って見せる。……そんな嘲笑う様な表情でさえも、彼女がするならそれは艶やかで。

「もうここまですれば再起も何もありませんか」

 ここまでの膾にしてしまえば、再起どころか命が散るのが時間の問題である。この男に、それを覆すまでの神仏の加護は無い――悪鬼羅刹の加護も恐らくは。ともあれ、これで遣り残していた――と言える過去の仕事も漸く遣り終えたと言えるだろう。アフターフォローの後片付けは、マネージャーさんに連絡を入れて。私の仕事は、ここでお終い――これで完遂、である。
 これで漸く、綺花の残して来たこれまでのスコアに“完璧”の文字を改めて記す事が出来る。
 今の膾で血に濡れた刀を見る――血振りの代わりに懐紙でさっと拭って納刀。それで膾にした敵の事などもう頭から消えている。
 綺花にとってはただの日常の話。……ただの、と言っても心躍る日常の、であるけれど。退魔の仕事は綺花の性に合っている。何と言っても存分に刀が振るえるし、持ち得る力を存分に奮える貴重な機会が得られもする。
 女子高生らしい生活も楽しいけれど、退魔士としての生活は刺激的でもっと楽しい。単純に強くて悪い奴を叩きのめせるのが清清しい。人助けにもなっているのが嬉しい。それでいて女子高生らしい生活にも役立つ割のいいバイトになるのも嬉しいといい事尽くめ。
 ずっと、ずぅっと続けていられたらと夢想する。……そして綺花の実力からして、それは夢想でもなく結構現実的とも言える。需要と供給。退魔士の世界のそれに、芳乃綺花と言う存在はこれ以上無く合致する。
 止める理由など何処にも無い。



 ……無い、筈であるのだが。



 それでもやっぱり、芳乃綺花はまだ若過ぎる、と言える。
 圧倒的な実力を具え持ち、大した苦労もせぬままに指折りの実力者に数えられ――リベンジに来る様な輩もあっさりと倒せるだけの天賦。学業にも戦略戦術にもやはり苦労をした事が無い聡明さも同じか。……ああ勿論、その美貌についても同様である。

 傲慢になるのも自信家でいられるのも、ある意味で当たり前。

 何より経験が、どうしたって少ない。

 勝利経験しかない。
 成功経験しかない。
 喜びしか知らない。
 楽しさしか知らない。
 清清しさしか知らない。

 ……負の感情は、敵対者への侮蔑の為にだけに、加虐の為にだけ感じている様な。
 それらが自分に戻って来る可能性があるなどとは、思わない。……思えない。

 今回の復讐者を過去取り零していたと言う件だって、綺花本人は過失と思っていたとしても、当時の仕事としては充分に成功だった事なのだ。後にここまでになって戻って来るとは、綺花以外も、誰も想像していなかった。
 自分が苦戦や敗北をする事など、考えた事が無い。……いや、思考実験として無くは無いのかもしれないが――全く実感は無く、物語の中の出来事、位の感覚でしかどうしたって認識出来ない。
 結局、本音の部分では、全く予期していないと言える。

 けれど。
 その可能性を完全に排除しては――危険である。
 マネージャーの“心配”は、決して見当違いなんかでは無い。
 絶対的に強くたって、一見して負ける要素が無くたって――それは何の保証にもならない。
 その自信がいつ慢心に裏返るかなんて、誰にもわからない。

 今度は綺花の方が、完膚なきまでにこてんぱんにやられてしまう可能性。
 無様と言える姿にまで叩き落とされる敗北をしてしまう可能性。
 これまで綺花が敵に行って来た事が、逆にその身に降り掛かって来る可能性――それこそサディスティックにボコボコに蹂躙されてしまう可能性。
 痛々しくも無様な姿を晒し、プライドと自信を圧し折られてしまう様な事になる可能性。
 見目麗しい女子である以上、ただ“逆”なだけで済むとも限らない。いやもし“そう”なってしまったなら、口に出すのも憚られる様な“それ以上”になる可能性の方が高かろう。

 それは、死より酷い末路への道標。
 そんな事になる訳が無い――なんて、誰にも言い切れない。

 今がどれ程麗しくても。自信に満ち溢れていても。実力があっても。
 ――“絶対”は、無い。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 芳乃綺花様には初めまして。PL様にはいつも御世話になっております。
 今回は発注有難う御座いました。あと色々お気になさらずに。
 そしてまたも大変お待たせしております。

 今回の内容ですが、良く似た初めましてさんと言う事でまたこちらなりの要素を付け加えてはみました。若者感を少々強調して見たと言うか、やや軽めな感じになったかもしれません。口調や行動等これはやらないと言う事をして無ければいいのですが……如何だったでしょうか。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。
 では、東京怪談では残り期間も少なくなってしまいましたが、もしまたの機会が頂ける事がありましたら、その時は。

 深海残月 拝
東京怪談ノベル(シングル) -
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東京怪談
2020年08月20日

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