▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『変わったものと変わらないものと』
日暮 さくらla2809)&ルシオラla3496

 自分がなったのは教師ではなく教官だったが、生徒となるのはいずれも十代も半ばには届かないような子供ばかりだった。――既に愚神との戦いから早十五年が経つ。世界の危機は去れども異世界の脅威は未だ健在でありそれに対抗出来る存在が求められている反面で戦える人間も限られていて、能力者と英雄から時代はその子供たちへと移り変わってきていた。アメイジングスと呼ばれる彼らの出自を思えば、年齢がほぼ一定なのも然もありなんである。かつて、エージェントになった頃の自分自身もまた、彼らくらいの歳だったとどこか懐かしく思い返した。
(――尤も、あの頃のわたしはあんなふうに人の輪の中に入れなかったけれど)
 ずっとパートナーの背に隠れていて、タブレット端末を通じ言葉を交わしていたのは、今でも少しほろ苦いけれど苦しくはならないそんな思い出だ。自分の場合は若い世代が多いとはいっても、高校生から大学生が中心で年長者に囲まれた環境だったから、現在とかなり違っているだろうが。英雄も、能力者も皆、自分でいうのも何だが変わり者が多かったので、その子供らもまた個性に富んでいるのだが、その中で他の子とは違う意味合いで目立つ子もいる。
「お待たせしました、すみません」
 思考に耽る中でも、耳は彼女が息急き切って走ってくる音を捉えていた。しかし扉を開けた彼女はまるで水面下で足をばたつかせながらも水上でそれをおくびにも出さない白鳥さながらに涼やかな顔つきでぴしっと背筋を正して、その薄紫の髪が肩を滑り、胸元にかかる程きっちりした礼を披露した。噂をすれば何とやら――ではなく、元々約束を取り付けてあったのだ。謝罪後に上げた顔はまだ輪郭の丸い娘のそれながら、歴戦の勇士のような、覚悟が決まった者の目をしているのが印象的だった。この子の名は日暮 さくら(la2809)といい先の戦いで自分が行動を共にした戦友らを両親に持つ次世代のエージェントの一人である。
「いえ、わたしも丁度来たところですから。……どうします、もうすぐに始めますか?」
 本人が隠そうとしているのにわざわざ言うのも無粋だろう、と遠回しに休憩を勧めたつもりだったのだが、その言葉か声のニュアンスかで逆に察したらしく彼女の頬が名前よりも赤く染まる。いえと否定する声も心なしか少し上擦っていて、そうしたところに年齢相応の顔が見え隠れし微笑ましさに訓練場に似つかわしくない空気が辺りに漂った。
「――やります。その為に時間を作って貰ったのですし」
「分かりました。では早速準備しましょう」
 カチャと音を立て眼鏡の位置を整えると、互いに得物を取り出した。己は騎士剣、そしてさくらは刀と銃。少女が持つには中々に玄人が過ぎると言わざるを得ない装備だが、そのルーツはある程度聞き及んでいて、決して生半可な考えではないことを知っている。それにさくらは一端のエージェントだ。まだ経験のほうが追いついていないもののその素質は充分にある。
「それでは、どうぞ、かかってきて下さい」
 戦端を切り開くのはいつも必ず生徒に委ねている。やがて銃声が鳴り響いて刃と刃がぶつかり合い、とても戦闘訓練と思えない激しい剣戟の音を鳴らす。
 攻め手を弛ませることなく、さくらは刀で斬りつけては隙を突いて銃弾を見舞おうとする。唇はむっつりと引き結ばれていて、瞳だけは恐らくは戦いの最中と全く変わらないだろう真剣味を帯びた。その挙動の癖を読み取り、一つ一つを丁寧に潰していく。
「もっと早く!」
 と激を飛ばせば彼女の口は一度固く閉じ直した後で再び開いて、それからはいと力強く応えた。僅かばかりの隙も許さず、手首を返し柄で胴を打ち付ければ、さくらの唇からは苦悶の声が漏れ聞こえる。しかし彼女は膝をつかず、精神を圧し折ることなく、懸命に立ち向かった。そう戦闘訓練だからといって、緊張を解かず彼女は本気で勝ちにきているのである。
 ――私にはどうしてもお金が必要なので。
 個人的に稽古をつけてほしいと頼まれたときに彼女が口にした言葉。切なる響きを帯びたそれは教官職である自分に手間を取らせるのだと稽古分のお代を支払おうとして、貴女の両親とは知らない仲ではないのだからと断り、逆に何故そこまでして強くなりたいのか問いかけた際そう返したのだ。つまるところ生真面目さ故の行為だったのだろうが言動の矛盾に少し戸惑ったのを今でもよく憶えている。勿論さくらの性格を考えれば、遊ぶ金欲しさなんて確率は論外で並々ならぬものが今の彼女を突き動かす。そう悟った。
「……もし、さくらちゃんがわたしに今一撃を入れることが出来たら、教えてくれませんか。貴女がそんなにも必死になる、その理由を――」
 そう言うとさくらは驚きに大きな金色の瞳を見開いた。実戦に卑怯も何もあったものではない、と生まれた隙を突くもさくらもこの短時間で学習し、最小限の動きで飛び退って避ける。その拍子に薄紫色の髪を伝う汗が振り落とされ、刀を握る手に滴った。気力体力全てを削ぎ落とされながら瞳は殊更に光を放つ。噤んだ唇が緩く開かれた。
「……ますますやる気が出ました」
 人のことはいえないが無愛想な印象を植え付ける口が僅かながら曲線を描く。そして言葉に違わず、踏み込む動きには先程までの力みは見られない。当然ながら聞かせたくない話題だという可能性も頭の中にあった。しかし、彼女の親世代では若い部類で、教官として身近な立場でもあるからか、それなりに慕われていると思っている。仕事と関係ない関わりもあり、両親や学校の話なども時々は聞く。ただどうにも自分は人の事情に深入りするのが苦手で疑問に思いつつも確信には触れずじまいでいて、だからいい機会だと思ったのだ。師弟とも友人とも一口で説明出来ない自分たちが歩み寄るには。
「わたしも容赦はしませんよ」
 訓練中に似つかわしくない穏やかな微笑が浮かぶ。それは不器用な二人の精一杯の交流だった。

 ◆◇◆

 両親の戦友で教官の一人である時鳥 蛍が突如として姿を消したのは頑張ってお金を貯める理由を彼女に明かしてすぐの出来事だった。なまじ、内容が内容なだけに因果関係はないと頭では分かっていても、ふとした瞬間彼女の姿を思い出してはいつか必ず帰ってきますように、それが叶わないなら、またもしも、将来己が行く世界で再び会うことが出来たのならばそのときは絶対に、自分が彼女を連れて帰るとそんなことを考えていた。
 真正面に座るルシオラ(la3496)をぼんやり見つめていると店員が来て、ご注文は何に致しますかとはきはきとした口調で尋ねてくる。さくらは軽く手元のメニューに視線を落として、苺またはストロベリーと書かれているものを探した。そして当たりをつけると顔を上げて店員の目を見る。
「ストロベリーパフェと練乳苺ジュースをお願いします」
「……アイスコーヒーとガトーショコラで」
 それぞれ飲み物と甘い物の組み合わせを選び、注文を済ませる。先に頼んだのでさくらは何とはなしにルシオラの表情を窺ったが、彼女は眼差しをメニューへと落としたまま、一度たりとも店員の顔を見返すことはなかった。声音も硬いというか故意の冷たさを孕んだように感じる。素っ気のない態度には店員も慣れているらしく、笑顔のままテラスから店の中に引っ込んでいく。
「……あついですね」
「ええ。久し振りに職を全うしたような気がします」
 思いの外日差しが強く、そちら側の意味で受け取られるかもしれないと思ったが、彼女は周りの人々に対し眼鏡の奥から忙しなく寄越していた視線をひたとこちらへと見据え、そして優しく表情を和らげた。こうしてみれば昔と変わらず彼女は彼女のままなのだとよく解る。そもそもさくらから見たなら八年もの空白が存在するが、ルシオラ目線では一年にも満たない別れだった。転移してきた年代のずれはそのままさくらとルシオラの年の差にも反映されている。
「戦闘訓練となると、途端に厳しくなるのは変わらずですね。昔と全く同じで、何だか安心しました」
「さくらちゃんにとっては昔の話でも、わたしにとってはつい数ヶ月前の話ですからね」
 まずルシオラの注文したアイスコーヒーが届いて彼女は一旦言葉を切り、目を伏せて静かに口をつけた。その眼鏡レンズが太陽の光を反射して、一瞬瞳があまりよく見えなくなる。それでも店員と自分との対応の差は明白だった。思えば先日、下宿先にて再会したときの彼女もまた瞬く間に消えるくらい僅かだったとはいえ一度そんな眼差しを向けてきたような気がする。多分咄嗟に誰か分からなかったからだ。その違和感は話している間に氷解した。――誰一人知る者がいない世界で独りきり、しかも彼女は不本意な転移だった。偽名を使い、頑なに境界線を踏み越えさせないという考えはさくらにもよく理解出来る。人の肉体は一つで世界を跨いで存在することは不可能だ。心の拠り所は一つであるほうがいい――さくら自身もそれを考え始めると何も感じないわけではなかったが今は店員が持ってきたパフェを食べる為にスプーンを手に取った。頬にかかる髪を掬い上げると乾かした筈なのにまだ湿っているようだ。
「久し振りの訓練でしたけど、とても勉強になりました。流石はほた……ルシエラです」
「……さくらちゃんはわたしのことを買い被り過ぎだと思いますけど……一応、年上の面目を保てて何よりでした」
「何を言うのですか。貴女は私にとって尊敬すべき先達の一人ですよ」
 大丈夫です自信を持って下さいと口を挟む余裕も与えず力強く言えば眼鏡の奥の視線は泳いで、頬が仄かに赤く染まったように見えた。
「大人を揶揄わないで下さい。……いえ、さくらちゃんももうすぐ大人なんですね」
「はい。来年には私も二十歳になります」
 あの話をしたときはさくらも立場上は大人で、仕事中は教官と生徒としての立場を保っていた。それでも一度そこから離れれば彼女は弟と妹しかおらず、幼馴染も年下と年長の役割を担うさくらにとって優しいお姉さんでもあり、歳は大きく離れていても対等な友人でもあったのだ。勿論今もそれは変わらない――ただ、空白期間が長い分彼女は困惑があるらしく、感慨に浸るにも半端で気難しげに眉を顰めつつガトーショコラを切り分け、零さないようにと慎重に下に手を添えて口に運んだ。美味しさに目を瞠るも人の目を気にしてか、すぐ元に戻ってしまうのが少し惜しい。優しくて強くこんなに可愛らしい人なのに隠すのは。
「わたしも特別お酒が得意というわけではありませんが、成人したら是非一度飲みに行きましょうか。年齢を重ねただけでなくわたしの知らない間に内面も戦闘面も強くなったさくらちゃんと、もっと話をしてみたいです」
「話なら今でも出来るではないですか。――例えば、“彼”との関係で何か変わったものがあるか、だとか」
 不意に珍しく悪戯心が芽を出し、少しだけ揶揄うようなとても楽しげな声音で聞けばルシオラは思い切り噎せた。口元を手で押さえて吹き出すことは免れつつも、息苦しさか照れか分からない顔の紅潮に気の毒になって、立ち上がり彼女の背後に回ると背を摩った。その内に落ち着いたらしい彼女は涙が滲んだ瞳でこちらを見上げると言う。
「そんなことを言うなら、わたしだって遠慮しませんよ。……宿縁の“彼”の話を根掘り葉掘りと聞かせて貰います。彼らに会う為に、ワープ装置を使おうとあんなにも頑張ってお金を溜めていたんでしょう?」
「なっ……!? 私とあの男は別にそんな関係ではありませんからっ!」
 思わず声が大きくなる。そしてそのまま、一触即発に――なりはせずに二人で同時に顔を見合わせ、まるで打ち合わせたかのようにまた全く同じタイミングで笑い出した。勿論無愛想が標準装備の二人なので笑った声が零れる程度のものだったが。席に座り直してさくらは言う。
「蛍と会えて本当によかったです」
「今はその名前では……いえ、わたしもさくらちゃんと同じ気持ちですよ」
 今は偽名を使っていると聞いて、公ではそうしようと心掛けているのだが気が緩むとこうして昔通りの呼び名が零れてしまう。その度にルシエラも咎めるが、一応言っておく程度なのもあって、最近は蛍呼びでもいいかと思っていたりもする。
 世界を跨いでの彼女の戦闘訓練を受けた後の穏やかな昼下がり。話したいことは沢山ある。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
途中まで書いてからふと思い立ってコミュニティを
拝見し、そのときにさくらちゃんの事情とか諸々を
説明していることに気付きやっちまったと思いつつ、
しかし話的にはいい構成なんじゃないかとちょっと
自画自賛したい気持ちもあり変更はしませんでした。
肉体は一つ云々のときにさくらちゃんが自分の母の
状況を思い起こす、みたいな描写もあったんですが、
字数の都合で泣く泣くカットになり無念な限りです。
事故か自分の意思かや元の世界の人以外への態度等、
似ている点も違う点もある二人の距離感を
上手く表現出来ていたなら嬉しいです。
今回も本当にありがとうございました!
パーティノベル この商品を注文する
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年08月21日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.