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『贖いの先』
アレスディア・ヴォルフリート8954

 ガンナー30人分のアサルトライフルから吐き出された5.56x45mm弾の豪雨。
 それを竜紋に飾られし盾で押し退け、突き抜けたアレスディア・ヴォルフリート(8954)は、盾から速やかに変じた矛を手にガンナーどもへと迫る。
 踏み込ませた右足の爪先へ重さ、力、心――文字通りに己のすべてを預け、踏み止めて。
「その銃は、あなたたちにとってただの道具なんだろう。それでは及ばない。この“矛盾”には」
 反動に乗せた矛をライフルの銃口へ突き込み、押し割る。
 穂先を銃を失くしたガンナーへ突きつけ、釘づけておいて、体を半回転。バックスイングで振り込んだ石突で次のガンナーの銃を、その腕ごとへし折った。
 そこからアレスディアはさらに半回転し、穂先を古いアスファルトへ突いて、跳んだ。フォームで言えば棒高跳びそのままだが、ひとつだけちがうのは槍のしなりがごくわずかであり、しかしそれ故にアレスディアの跳躍が低く抑えられたことである。
 果たして弾を撃ち込んだガンナーたちはその多くが予想を外し、小数の正解者は矛より再び形を変じた盾で弾が弾かれたあげく、転がり込んできたアレスディアの手にまたもや握り込まれた矛がフルスイングする様を見せつけられることとなった。
 超低空の横薙ぎがガンナーの脛を打つ。とはいえ訓練で鍛え込んでいる上、プロテクターを装着した脛だ。そうそう折られはしない。下に落ちたはずのアレスディアへ銃口を突きつけて。
「これなら」
 ガンナーを迎えたものは、そんなささやき――と思いきや、伸び上がってきたアレスディアの脚に腕を内からこじ開けられ、首へ巻きつかれた。
 人間の体は内に曲がりやすく、外へ曲がりにくいものだ。だからこそ内から外へ曲げられれば容易く動きを封じられ、こうした有様を晒す。
「使えるか」
 ガンナーはそこへ至っても気づかなかったが、アレスディアの「これなら」には「巻きつけるだけの強度がある」という意が含められており、「使えるか」には「盾としても」が含められていた。
 果たしてガンナーの頸動脈を締め上げ、昏倒させたアレスディアは、他のガンナーどもが逡巡している間に落ちたライフルを突き壊し、駆けだした。
 仲間ごと敵を撃つほどの覚悟を持たぬ武装集団であることは、たった今ひとりを締め落としたときに確信できたし、だからこそ盾にもできたのだが……いつ緊張の糸を引きちぎり、妙な覚悟を据えて踊り出さないとは限らない。
「あなたたちの身内への甘さ、嫌いではない。ならば同じ心をもって仲間の旅立ちを見送ってくれないか」
 返答は当然のごとく、銃弾。
 アレスディアはガンナーが踊り出す心配よりも、自分がどう踊るべきかを考えなければならなかった。

 300メートルの喧噪は静まりかえり、アレスディアはようやく息をつく。
「私を恨んでくれるのはかまわないが、あなたがたの膝を砕かなかった気づかいだけは認めてほしいな」
 横倒しになり、細い呻き声を漏らして自分をにらみつけるガンナーへ言って、アレスディアは振り向いた。どうして殺さなかったんだよ? 隠れていた場所から顔を出した依頼主――少年に問われたからだ。
「誰かを殺せば、その後ろに残される者を作り出すことになる。私はその人たちに贖えるものを持ってはいないから、作り出さないために殺さない。それだけのことだ」
 少年は薄汚れた頬をこすり、複雑な表情で言う。俺も、こいつ独りにできないって思ったからあんたに頼んだんだ。
 少年の後ろに隠れ、彼のシャツの裾を握り締めているのは少女だ。少年と同じく全身万遍なく汚れてはいたが、体は痩せ細っておらず、目にも異様な光はない。この、銃弾よりも遙かに食料のほうが高価な土地の中で、精いっぱい大切に育てられてきたことが知れる。
 依頼主は、妹である少女のために組織を抜けることを決めた。アレスディアにその声が届いたのは偶然ならぬ必然なのだが、彼女はそれを語ることもなく、少女を依頼主ごと護り抜いてみせた。
「これからどこへ行く?」
 アレスディアの問いに、少年はかぶりを振る。アテなんかないよ。でも、大きな町に潜り込んで、汚い仕事でも探すさ。
 マンホールチルドレンだった少年はある日組織に拾われ、以来、暗殺者として飼われていた。暗殺者といっても、映画に登場するようなプロフェッショナルではない。標的へまっすぐ駆け込み、銃弾をぶち込むだけの鉄砲玉だ。妹のためとはいえここまで生き延びられる能力を持っているのだから、裏側であればどこでもそれなりにやっていけるだろう。
「それなら、ここへ行ってみないか?」
 と、アレスディアが示したのは、この国の端にある小さな村だ。
「生活はけして豊かとは言えないが、その分人手は常時募集中だし、なによりもこの村には、無償で学べる小さな学校があるんだ」
 それは……こいつが行けるとこってことか?
「あなたもだ。あなたがたの未来のためには、教育という武器が不可欠だからな」
 かくて彼女はやわらかに笑む。
 少年は見惚れかけた目をあわててしばたたき、尖った声音でまた問うた。なんでそんなことまで世話してくれんだよ。サービスしすぎだろ?
「サービスではない。これはそうだな、お願いだ」
 目を丸くする少年に、アレスディアはなんと言えばいいのかを考えつつ、返した。
「私は贖い続けるがため護り続ける者となったが、この不老不死ならぬ心身はいずれ衰え、立ちはだかることも立ち塞がることもできなくなる」
 少年は彼女の凄まじい戦いぶりを思い出し、まさか! と声をあげかけてひっこめた。肩書きに“元”がつく軍人や傭兵をも標的にしてきた彼は知っているからだ。誰しも、最盛期のままではいられない。
 少年の納得を見たアレスディアはうなずき、言葉を継いだ。
「そうなってなお護り、贖う術を探してきて、ひとつの結論を得た。あなたのように為す術なく地獄へ落とされた子どもたちへ、行きたい先に行ける術を渡すことこそが私の先で、願いだと」
 あなたがたに行ってほしい。私が行けなかった先へ――
 これはただの我儘。だから言わずにしまい込んで、アレスディアは少年と、彼が護る少女へ手を伸べた。しかしだ。
 少年はアレスディアの手に自らの手をかすかに触れさせ、離した。あんたの世話になる。ただし、あんたの計画にゃでっかい穴があるって気づいてるか?
 アレスディアが眉を潜め、首を傾げれば、少年は仏頂面で言ってみせた。
 あんたが動けなくなった後、誰が子どもってのを地獄から引っぱり上げてくるんだよ?
「それは――」
 鋭い指摘にたじろぐアレスディア。そんな彼女に少年はなお仏頂面のまま。
 あんたの次は、俺がやるよ。そのために勉強もする。

 アレスディアは苦笑し、ふたりを護って歩き出す。
 いつも考えていた。矛と盾とを持つだけの女が、ひとりでできることなどたかが知れている。悩んだ末に辿り着いた結論が、不幸な子どもたちの先を拓くことだったわけだが……
 まさか、私の先を継ごうとする誰かが現われるなんてな。
 このなんともいえない感情の正体はなんなのだろう。わからない。わからないが、ともあれ今は進まなければ。もっと多くを救い、もっと多くを拓き、もっと多くを託すために。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年08月21日

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