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『雷霆』
白鳥・瑞科8402

 白鳥・瑞科(8402)。
 この世界の護り手として存在し続けてきた“教会”の内、人外の脅威と対してこれを誅するを任とした武装審問官――そのひとりである。
 彼女を初めて見る者は、同胞を奮わせるための花かと思うだろう。しかし、揃えられた手練れを足下にすら寄せ付けぬ、まさに超常というよりない戦闘能力を備えた彼女に求められたは、修羅である。
 求められるがまま、そして己が心のままに、瑞科は今夜も死地へ向かう。豊麗たる肢体を美しく装って――自らが屠った敵へ手向ける花となって。

「母神ならぬ父神が顕現されるなど、希有と言うよりありませんわね」
 瑞科は純白のケープに隠した面を笑ませ、湾を横切る長大な橋の上へ一歩を踏み出した。ロングブーツのヒールに仕込まれた銀の聖杭がコンクリートを高く鳴らす。
 と、なんの引っかかりようもない、一歩。しかし、常の彼女を知る者ならば眉をひそめることだろう。瑞科は挙動の自在を保つため、常時爪先を先につけて歩んでいる。もちろん、そうあっても聖なるピンヒールは地へ届き、音を鳴らしはするのだが……ここまでの音が響くことはまずありえないのだ。
 橋の途中に立つ人型は彫刻めいた無表情を瑞科へ向け、待つ。震えも奮えもしないのは、神話に語られる神――実際はその“形”を依代としただけの代物だが――であればこその余裕か。
 瑞科は一歩めと同じように二歩、三歩と踏み出し、父神へ迫る。そして七歩を刻んだ、そのとき。
 父神の右手に激しい濁音が沸き立ち、光が灯った。
「ケラウノス」
 瑞科がその短いうそぶきごと、濁った雷霆(らいてい)に引き裂かれ……いや、彼女はコンクリートへ打ち込んだ聖杭を軸にその身を半回転させ、かわしていた。
 そして回転に体を乗せて前へ体を振り出し、駆け出す。
 彼女の後方で雷霆に撃たれた橋が爆散し、砕けたコンクリート塊が河へ振り落ちていった。最新技術で架けられた永久橋、一部の破損ですべてが落ちることはなくとも、足下を砕かれれば次の歩を踏み出す先を失うことになる。
 世界を灼き溶かすほどの雷霆ではないようですけれど……ただの思念体や都市伝説の域は越えていますわね、わたくしの雷では、受け止めるどころかいなすこともできませんわ。
 瑞科は剣と同じほどに雷を遣う。その一手が封じられたことは相当に痛いが、それよりもだ。あれだけの攻撃力で先の先を取られ続ければ、後の先を取る機すらも早々に潰される。それこそ足場のすべてを失うことでだ。故に、こちらからしかける。
 瑞科は駆けながら重力弾を撃ち放った。自らの左側に点線を書きつけるがごとく、次々と。
 対して父神は淡々と雷霆を投げ返してくる。
 雷は酸素をオゾンに変える。高空であればオーロラすらもかかるのだろうが、しかし。この地上に美しい光が満ちることはなく、瑞科はただ引き裂かれるばかり。
 無論、そのような末路を待つものか。すべてを尽くして斃れるにはまだ早すぎる。
 瑞科は重力弾の点線とは逆方向へ体を滑らせた。
 雷霆はその後を追って軌道を曲げようとするが、かなわない。そう、重力弾の列に引き止められ、引き寄せられたが故に。
 グングニルほどの謂れを持たぬケラウノスでも、曲がるくらいはするだろうと思っていましたわ。
 返り見ることなく瑞科は駆け、左に佩いた剣を抜き打った。古流の居合を応用した抜剣術が、高位司祭と教会技術部が仕立てた聖鞘、そこに練り込まれた法力によって加速、加速、加速。
 果たして文字通りの流水を為して伸び出した必殺の刃は、父神の左腕へ食らいつき――弾かれた。
 神とは神なればこそ、あまねく攻めに侵されることなし。それが父神を騙るものの思い込みに過ぎないのだとしても、強固な思い込みは理を超えて理不尽な力を主へもたらすものだ。
 それでも、形あるものはかならず壊れるものですわ。この世界に形を得た以上、諸行無常の理ばかりは覆せませんもの。ですので。
「その偽りの無欠、砕かせていただきますわよ」
 父神の無表情がかすかに緩んだように見えた。嗤っているのか。身の程を知らぬ人間風情の傲慢を。
 瑞科の攻めにかまわず、父神はその手に掴んだ雷霆を剣のごとくに振り下ろす。
 触れただけで体の水分を沸騰させられ、爆散させられることは必至。
 故に瑞科は左掌に生み出した重力弾を握り込む。それは一種のスイッチだ。
 雷霆に打たれるより迅く、瑞科は後方へ跳んでいた。手の内の重力弾が先に列を作らせた重力弾どもと引き合い、“軽い”瑞科を“重い”重力列へと引き寄せたのである。
 あなたに効果を及ぼせなくとも、わたくしに及ぼすことは容易いことですわ。
 そのままレール上を滑るリニア車両のごとくに弾上を渡り、距離を取った瑞科へ、投げ打たれた雷霆が押し迫る。重力弾の列を引き起こすことで盾とし、雷撃の軌道を逸らした彼女だが、代償にわずか3メートル後方を爆破され、それ以上遠ざかるを封じられた。
 たとえ橋を落とされたとて、重力弾で足場を作ることは可能だ。しかし足場作りに弾数を取られては、雷霆への対抗がかなわなくなる。ふたつの意味で、それは最後の手段としておきたいところであった。
 つまりは、追い詰められた末の最後か、父神にとどめを刺すための最後に使う手として――
 彼女の思考は唐突にぶつ切れる。立ち尽くしたままであるはずの父神が、こちらへ迫り来たことで。

 雷霆を槍のごとくに伸ばし、右手ひとつで突き込む父神。投げ打った後、再び生み出すには時間が必要だからなのだろうが、実体ならぬ柄はよくしなり、八方から瑞科を攻め立てる。
 対して瑞科は、矢継ぎ早に生み出した重力弾を自らの周囲へ撒きつつ、ステップワークで穂先をかわしていった。生成速度の重視が祟ってか、弾は相当に小さなもので、次々雷霆に灼かれていくが、コンマ数ミリ単位でその軌道をねじ曲げ、瑞科を守る。
 と。
 父神が垂れ下げていた左手を掲げ、雷霆を沸き立たせた。振るわず、投げ打たず、先に瑞科がしたように、かざしたその手を握り込む。

 世界が閃光に灼かれ、白と化した。

 ケラウノスは稲妻、雷鳴、閃光の三面を併せ持つ神器である。これまで振るわれてきたはその稲妻に過ぎず、たった今、閃光が解き放たれたのである。
 瑞科は目を咄嗟にかばったが、修道衣やグローブで鎧われた腕を突き通した光に灼かれることまでは避けられなかった。
 さらに続けて凄絶な雷鳴轟き、世界は音を喪って――
 白き虚無の内へ放り込まれた瑞科は、空気に満ちるオゾン臭を押し退け、バックステップ。体勢を取りなおした。
 油断していたわけではありませんけれど、これは神話を思い起こす手間を惜しんだ代償ですわね。
 自らの傲慢を自嘲する瑞科だが、出したはずの声が己の耳に届かない。完全に耳目を潰されたわけだが、しかしだ。彼女の法力は、自らの耳目が破壊される寸前でケラウノスの侵蝕を防いでいる。視力、聴力がやがて戻ることは疑いない。
 問題は、それまでどのようにしのぐかですわね。
 憂いも迷いも寸毫でかき消えた。問題への解など最初から知れている。己がすべてを尽くし、踏み越えるだけだ。
 瑞科は深く腰を落とし、元の通りに鞘へ戻した剣の柄を握り込んで唱える。
 白鳥・瑞科、参りますわ。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年08月24日

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