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『迅雷』
白鳥・瑞科8402

 耳目。
 戦いにおいてはほぼすべての情報を受けとる器官であり、故にこそ、損なえば勝算そのものを喪うこととなる代物である。
 そして今、白鳥・瑞科(8402)はそのふたつを損ない、それをして抜剣の構えを取ったまま機を待ち続けていた。
 ひとつ、ふたつ、三つ、四つ……左掌に生み出した重力弾を鞘の内へ押し込み、押し詰める。鞘の内で八方から押しつけられた刃は狭い空間の中央部に固定され、いざ抜かれるとなれば細やかに調整された重力流によって加速され、神速を為すのだ。
 ただし、当然ながら神速が成るのは、すべてのしかけを発動できる一の太刀のみ。たった一閃で戦局を覆すには瑞科の状態が悪すぎるし、敵の能力が高すぎた。
 覆すのなら、ですけれど。
 敵――父神の形を得た超常現象は、稲妻、雷鳴、閃光を併せ持つ神器、ケラウノス(雷霆)を備えていた。神話に語られるほどの力は持たぬにせよ、触れるばかりで瑞科を蒸発させ、塞いだものすら突き通して彼女の耳目を麻痺させる武器を。
 今なお雷鳴は低く唸りを上げ続けており、その周囲には閃光が踊る。瑞科はそれを見えぬ目と聞こえぬ耳の代わり、肌で感じ取っていた。
 まずはお手並みを拝見、いえ、拝感いたしましょうか。
 敗北へ落ちる寸前、その縁にて踏みとどまるばかりの瑞科が、顎をそびやかして促す。
 父神は表情のなかった口の端をきちきち吊り上げ、あっあっあっ。なんとも言い様のない声音で哄笑した。そして。
 掲げた右掌より雷霆が迸る。花火のごとくに噴き、降る稲妻が互いに絡み合って雷鳴と閃光とをいや増し、いや増し、いや増し。雷撃の網となって瑞科へ押し寄せた。触れた瞬間に瑞科を蒸発させるだけの圧ばかりでなく、避けようのない幅をも備えた、まさに必殺の一手。
 当然その正体を知ることのできぬ瑞科は構えを解かぬまま、アンテナのごとくに立てた手指に意識を集中させる――捉えた。先にばらまいた小さき重力弾が、網に巻かれて爆ぜ消える衝撃を。
 このように使うつもりで撒いたものではなかったが、咄嗟の応用でレーダー代わりをさせられたことは大きい。ただしこちらがそれを利用すれば父神も意図を察する。何度も使える手ではないのが惜しいところだが。
 いえ、次の機会を得られただけでも幸いですわね。
 爆ぜ散る重力弾が、瑞科に網の幅と高さを告げた。あとはただ跳び越えるばかり。
 中空に側転する肢体。スリットから伸び出た肉感的な脚が宙を掻き、彼女をあと数十センチの先へ送り届ける。その中で瑞科は姿勢を整え、コンクリートを踏んだ瞬間。縮めていた体を伸べてバネのごとくに前へ跳んだ。
 そちらにいらっしゃいますかしら? 何分耳目が利きませず、不調法を演じましたらご容赦くださいませね。
 果たして十全の姿勢から抜き打たれた刃がなにかへ食いつく。まっすぐ返った重く固い手応えは、先のように弾かれなかったことを示していた。
 しょせんは神ならぬ人外なればこそ、己が丈を超えた攻めに侵される。そんなところですかしら?
 うそぶく彼女の毛先がぢりぢりと巻き上げられた。彼女を今度こそ閉じ込めんと、父神の雷霆が編み合わされ、檻を形造ったのだ。
 肌を揺らすこの唸り、隠しようがありませんものね。それを悟らせないだけの距離を取ればわたくしにかわされる。故にこの間合を外さぬことを決められたのでしょうけれど。とどのつまり得物に捕らわれればこその愚、ですわ。
 瑞科の右手に沸き立ったものは、雷。父神に効果を及ぼすことができぬと見て、自ら封じたはずのそれを、なぜここで――?
 答はすぐに知れた。
 瑞科の雷が檻の雷へ吸い込まれた次の瞬間、檻がぎぢりと折れ曲がって崩壊したのだ。
 雷という不安定極まりないものを編み合わせることは、それだけで神業ではある。しかしその安定は見せかけだけのものであり、異物を内に潜り込ませる程度で容易に崩壊するものだ。
 もちろん、ただ異物を投げたところで弾かれ灼かれるばかりだが、同じ質を備えた雷ならば弾かれもいなされもせず吸収され、くるんでおいた法力を流し込める。
 たとえそれがわたくしの思い込みでも、ですわ。
 こうした戦いで最重要となるのはイメージだ。法力にせよ超常力にせよ、源は心や精神といった形なきもの。ならばそれをより強く掻き立てたものこそが勝利する。
「尋常は謳いませんけれど、どちらの思い込みが強いものか、勝負ですわよ」
 瑞科は耳に遠鳴る己が声音に薄笑んだ。
 もうじきに、耳目はその機能を取り戻す。ならば――それが戻る前に敵を躙る。神を騙りしものへ、己の矮小を思い知らせてやるために。
「果たして誰を敵としたものか、思い知っていただくためにも。ですわね」
 先の手応えを思うに、表層を削る程度の傷は負わせられたのだろう。その奥に隠された核へ届かせるには、あれだけ整えた手ですら不足。
 もっと強く、この刃を押し出さなければ。
 瑞科は剣を鞘に戻さずそのまま握り、父神へ斬り込んだ。1、2、3、父神の強固な外殻は彼女の鋭い剣をもれなく弾き、最大出力の雷霆を叩きつけた。
 逆に使われぬよう編むことなく、かわされぬよう振りかぶることなく、生じさせて撃ち出しただけの雷霆。
 備えぬことで父神は迅速を為したが、それは始める前から無意味であった。なぜなら瑞科の備えは、すでに整えられていたからだ。
 鞘から迸った重力弾が雷霆へ向かう。鞘の内で干渉し合った結果、細く引き伸ばされた複数の弾が螺旋を描いて二条(ふたすじ)を為し、稲妻を押し割りながら巻き取っていく。
 そして。自らを雷で包んだ瑞科は迷うことなく二条の狭間へと我が身を収め、超加速をもって父神へと撃ち出されたのだ。
 それは重力の二軸に引き寄せた雷を使って形造ったレールガンだった。父神の凄まじい電力をそのまま速度に変えた瑞科は、文字通りの迅雷と化し――寸毫で届いた父神へ、直ぐに伸べた切っ先をそのまま潜り込ませた。
「神のごとくに完全であれば、わたくしに突き抜かれることもなかったでしょうけれど」
 刃を捻り抜けば、ぱぎん。核の割れる音が響き……父神は存在そのものを崩壊させ、崩れ落ちる。
「これ以上、夢見ることも赦しませんわ。悔いの底に散り落ちなさいな」
 最後に残った頭部をヒールの聖杭で踏み砕いて躙り、瑞科は色を取り戻した世界に視線を巡らせるのだった。
「世界はこれほどに美しいのですわね。あらためて知れたこと、喜びましょう」


 己を神と思い込んだものとの戦いを制したものは、それすらも上回る瑞科の思いであった。
 あえて思い込みとは言いませんけれど、ね。
 いや、思い込めるほどの実力が彼女にはあるのだ。それによって積まれた結果もだ。己に及ぶ敵はなし。そんなことを信じていればこそ、彼女は未知なる敵と対し続けられる。
 しかしだ。瑞科をも凌ぐ思いの力持つ者が現われたなら、今日の結果は容易く逆となろう。彼女はそれこそ、神を前にした子羊のごとくに打ち震え、泣き叫ぶことすらかなわぬまま心身のすべてを折り砕かれて、打ち棄てられることとなろう。
 屍よりも、無様を晒すことをこそわたくしは恐れる……でも、それよりも……
 思いは千々乱れて形を成さず、故に瑞科は途方に暮れた目を何処でもありえぬ果てへ向け続けるよりないのだった。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年08月24日

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