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『色を増す影(4)』
白鳥・瑞科8402

 いっそ夜すらも明るく感じる程の、完全なる暗闇が彼女の前には広がっている。
 それでも、白鳥・瑞科(8402)が怯む事はない。不利な状況であるというのに、瑞科は悪魔を圧倒的な力で叩きのめしていた。
 彼女の振るった剣が、悪魔の身体を切り裂く。瑞科は、完全に姿を消しているはずの悪魔の位置を、今までの経験と膨大な知識から瞬時に推測し完璧に見抜いていた。
 ふと、空気が揺れる。くすくすと挑発的に微笑みながら、悪魔の攻撃を物ともせずに華麗に避け次々に攻撃を仕掛けてくる聖女に、相手もついに怒りが爆発したらしい。
 闇を操る悪魔は、周囲の暗闇を操り瑞科を追い詰めようとしていた。闇は形を変え、凶器となり瑞科へと襲いかかる。
 辺り一面が闇に包まれているのだから、悪魔はどこからでも瑞科に攻撃が出来てしまう。もはや、この場所に安全なところなどはない。
「これがあなた様の本気……でして?」
 この戦いが始まってから、初めて瑞科の表情が陰りを見せた。困惑した様子で、彼女は悪魔に向かい問いかける。
 悪魔は勝利を確信し、笑みを浮かべてみせた。だが、次の瞬間にその笑みは文字通り崩れ落ちる。瑞科の放った重力弾が、悪魔へと直撃したのだ。
 驚く間すらも相手には与えず、瑞科は追撃を繰り出した。彼女の振るった剣が、闇を払う光となる。
 その切っ先は、悪魔の身体の真ん中を綺麗に切り裂いていた。
「たったこの程度でしたなんて……本気になればもっと手応えのある相手かと思っていましたのに、期待外れですわね」
 瑞科の表情が陰ったのは、悪魔に恐怖したからではなかった。むしろ、その逆だ。
 思っていたよりも相手が弱かったという事実に、聖女はガッカリしてしまっていたのだった。
 倒れ伏した悪魔の姿が、闇の中へと溶けていく。暗闇が晴れ、辺りは普段通りの景色と明るさを取り戻していった。

 ◆

 任務達成の高揚感を胸に拠点に帰ろうとしていた瑞科は、不意に名前を呼ばれ立ち止まる。
 見覚えのある少女達が、心配そうな顔をして瑞科の元へと駆け寄ってきた。
 最近組織に入ったばかりの、新人シスター達だ。
「あら? もしかして、援軍でして? まったく、本当に神父様は心配症ですわね」
 任務の話をした時、いつになくこちらを心配していた神父の顔を思い出し瑞科は苦笑する。神父とて瑞科の力を信頼していないわけではないが、調査の段階から今回の悪魔が世界を破滅に導く程に強大な力を持っている事については分かっていたため、念の為に他のシスター達を応援によこしたのだろう。
 まだ組織に入って日が浅い後輩は、瑞科が悪魔との戦いを終えたというのに傷一つ負っていない事に驚いた素振りを見せる。
 久しく見ていない反応に、自然と笑みが溢れた。その内、この後輩も瑞科にとってはこれが当たり前なのだという事実に気付くに違いない。
「わたくしが悪魔に負ける事なんて、ありえませんわ。あなた様達も、こんな事で無駄に時間を使うより、トレーニングに励むべきですわよ」
 瑞科の忠告に、目をうっとりとさせながらも後輩達は仲良く頷くのであった。

 ◆

 後輩と話している途中に、神父から通信が入った。早急に済ませてもらいたい緊急性の高い任務があるのだという。
 二つ返事でその任務を引き受け、瑞科は早速次の現場へと向かう。
 先程まで悪魔と戦闘していた事など嘘のように、その足取りに疲労の色はない。彼女の端正な横顔は、まだ見ぬ敵に心を躍らせていた。
 たとえどのような相手であったとしても、瑞科が失敗する事や敗北する事はありえない。この美しく艷やかな身体に触れる事すら、誰にも叶わぬ事なのだから。

 意気揚々と駆けて行った彼女の後ろ姿を見送り、瑞科の後輩――否、後輩に化けていた悪魔は、胸中で笑った。
 先程、瑞科が傷一つ負っていない事に後輩が驚いたのは、歓喜ゆえだった。
 嗚呼、本当に、この女は強いのだ、と。噂と違わぬ強さを見せつけてきてくれた彼女の姿に興奮し、膨れ上がりそうになった殺気を必死におさえこんだ自分の事を褒めてやりたいくらいだった。
 その上、それほどの強さを持っていながら、瑞科は後輩の正体が悪魔だという事には気付いていない。ひどく、都合が良い話だ。
 悪魔の狙いはただ一つ。白鳥・瑞科を、絶望させる事。
 数多もの悪魔を嬲り倒してきた瑞科は、徹底的に悪魔を見下した態度から何体もの悪魔の怒りを買っている。彼女の強さに、純粋に興味を抱いてる者も多い。
 瑞科は悪魔すらも惑わすほど、強く聡明で美しかった。自らの実力に自信を持ち、堂々とした態度で戦場を華麗に舞い、悪魔を蹂躙し微笑む聖女。
 だが、その自信は彼女にとっての最大の弱点でもあった。瑞科は自身の強さを、過信してしまっている。
 積み上げられた勝利の記憶が、今の常に自信に満ちており傲慢な態度の瑞科を作り上げていた。
 自分は決して負ける事はなく、苦戦する事もない。
 そう思っている瑞科は、未だ世界の全てを知らない。この世界には、彼女がまだ出会った事のない強大な力を持つ悪魔や魑魅魍魎が蠢いている。
 やがて自身の慢心に足を取られた時、瑞科が落ちるのはそんな彼らの待つ地獄に違いなかった。
 完膚なきまでに敗北し、プライドと自信がへし折られ痛々しく無様な姿になっても、死ぬ事すら許されない、生き地獄。
 もしも、この悪魔の計画が順調に進めば、戦場を舞う白き鳥はまるで影に飲まれたかのように黒く染まってしまうだろう。
 自らの血に塗れた彼女の顔が陰り、瞳が絶望に染まるその時、瑞科は自分が今まで見下していた悪魔に対し頭を下げるのだろうか。
 彼女に同胞を虐げられてきた悪魔達にとって、それは想像するだけでも愉快な光景だった。
 しかし、今はまだその時ではない。より獲物に勝利の味を経験させてこそ、敗北した時の痛みは強くなる。今は身を潜め、自分の強さを過信している瑞科の動向を伺う事に悪魔は決める。
 いつか、瑞科の辿り着くかもしれない未来。その時笑っているのは自分である事を確信し、悪魔は笑みを深めるのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
いつもご発注ありがとうございます。ライターのしまだです。
華麗に活躍しつつも、どこか仄暗い未来を予感させる瑞科さんのお話……このような感じとなりましたが、いかがでしたでしょうか。
お楽しみいただけましたら幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
このたびはご依頼誠にありがとうございました。また機会がありましたら、是非お声がけいただけますと幸いです。その時は是非よろしくお願いいたします!
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年08月24日

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