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『未来永劫触れさせるまいと彼女は謳う』
水嶋・琴美8036

 通信越しの相手が言い澱む。先日配属された彼女は同世代かつ同性の自分に好感を抱いて、上からの命令を伝えるのも不憫に思ったらしい。だがそれは評価を見誤っているからだと水嶋・琴美(8036)は声に出さずに断じ目を伏せて息をつく。外見で決め付けるのは余りにも早計というもの。最早自分が口にしている任務内容さえも信じていないのではないかと内心琴美は呆れ返った。だがそれはおくびにも出さず返す。
「いえ、私は大丈夫です。舞台を整えてくだされば今回も一つのミスも犯しませんとそう伝えてください」
 毅然とした口振りでそう断言し、戸惑った様子ながらも了承したのを確かめて琴美は通信を切った。
 自衛隊に非合法的手段を使った情報収集やはたまた世を乱す悪漢の始末、更には大真面目な顔をしていえば、一笑に付されることは必至の魑魅魍魎の殲滅に至るまで――まさに社会の闇を凝縮した目的で作られた特殊部隊――特務統合機動課。琴美もそこに所属する一人で、その上に異例の歳で抜擢され、どの敵が相手でも任務に失敗したことのない唯一絶対のエースなのだ。
 艶やかな黒髪を翻して琴美は一般隊員の中に溶け込み、正式に任務が発令される時を心から待ち詫びるのだった。

 何の変哲もないロッカーの前に琴美は一人佇んでいた。暫し一糸纏わぬ姿で鏡の前に佇み、その同性も羨む程の肉感的な肢体を惜しみなく晒すもそれを見ている人間は一人もおらずに這い回るような妖艶な手つきで一頻り身体の具合を確かめると琴美はまずはインナーに脚を通した。きめ細やかな地肌を黒いそれが覆い隠していく。だが薄い布は凹凸のあるボディラインをむしろ強調した。一旦髪を背に流せば、覗くうなじが色香を放つ。下着の上には短めのスパッツを履いた。程良く脂肪がついたお尻は鍛え抜かれた体幹により引き締まって、双丘の間に出来上がるラインが浮かぶか否かの絶妙なフィット感で逆に目を惹くようにもなっている。更にミニプリーツスカートを履き、思い切り足を上げないと見えないようにと覆い隠すと今度は上着を手に取った。それは一言でいうのなら両袖を半袖程に短くした着物で豊満な乳房を包み隠すと腰元には帯を巻き付けて、それをきつく引き締める。体の線が出にくい筈の着物も性的魅力に溢れた肉体を誤魔化しきれず、逆に胸の谷間が欲望という名前の想像を駆り立てた。インナーに着物に帯と重ねていてもくびれが出るところに世の女性は最早嫉妬心に溺れそうになるだろう。最後に膝丈の編み上げロングブーツを履き、白魚のような手にはグローブを嵌めた。鏡の前に立てば、そこに映るのは美貌を誇るくノ一。琴美の家は、代々忍者として暗躍し続けてきており、今の世でも脈々と受け継がれてきた技を駆使し戦う――その場が今は自衛隊という話だ。
「私には敗北の二文字など絶対に存在しません。今までもこれからも――」
 待ち侘びた瞬間はもう目の前にも迫っていた。

 成人前の女のみ標的に強姦した挙句殺害する――今回琴美が暗殺せよと任を受けた男の罪状だ。長期間に渡り十をも越える被害が出たのはひとえに男が人ならざる者だったからに他ならず、今も苦無を手にした琴美の前には生物の気配はあれども姿は影も形もなく、ねっとりと粘着いた息が荒く響いた状態である。だが美しいものをただ眺めているだけでは済まないのがこの敵だ。溜め息をつくと隙だと判断したようで、透明の刃物が空気を割く勢いで琴美の足元をめがけて飛んでくる。軽やかにくると一回転して躱すと、追撃してくる刃も空中で腰を捻って避けた。帯をぎりぎり掠めずに過ぎた刃物は琴美の真後ろの地面に複数本突き立つ。敵も武器も目視出来ないと聞いて、琴美は特殊能力を使った雑魚と思った。しかし想像していたよりかは出来る相手と認識を改める。けれど。
「あなたがこれまでしてきたのは、最早法では対処出来ない程の悪行です。これまでの非道の罰はその身に受けて貰いましょう。――ただ一度だけチャンスを与えます」
 話は通じるらしく、その言葉に空気の色が変わる。琴美は果たしてどんな反応を返してくるだろうと考えながら会話を続けた。
「――今から私は武器を手放し無防備な状態になります。もしそれで私に擦り傷一つ付けられたなら、この身体は自由にして貰って構いませんよ。犯すなり嬲るなりとご自由に」
 そう自分に何も理のない提案を口にして琴美の唇は弧を描いた。そして相手の反応も待たずにぶら下げただけの苦無を床に落とす。深夜で人気ない高校の校舎内に甲高い音が響き渡り、琴美は腕を下ろし目を閉じて全く動かなくなる。
 背後、完全な死角から迫った一撃は無造作に振り返って避ける。息をつく暇もない追撃は胸を反らし位置をずらした為に肋骨の辺りすれすれを通り過ぎ足を狙った刃はその場で跳び躱した。そして、見えない刃物の上に足一本で器用にバランスを取り、次こそはと放たれた琴美の頭を狙う攻撃は屈伸の要領で姿勢を低くして難なく凌ぐ。髪がさらさらと窓から差し込む月明かりを浴びて光り輝いた。――僅か一瞬の空白。殺気も悪意も一欠片もない本命の技を琴美は違わずに見切っては反撃でありトドメでもある苦無での一撃を胴体の急所、心臓めがけて突き立てた。勢いの余りに着物の下で胸が大きく揺れる。スカートの裾がひらり捲れ上がり、スパッツに覆われた臀部が覗いた。
「やっぱり指一本も触れられませんか」
 その声音は嘲りに染まっていて、人体と思しきそれから刃を抜けば何か液体が掛かった感触がする。元が人間ならば血だ。琴美の胸に降り注いでは上着をインナーごと濡らし、豊満なのに全く型崩れしない乳房がくっきりと浮かび上がる。この場から殆ど動かなかったのは回避をする素振りで素早く苦無を収める意図があった。暴力的で圧倒的な実力差。己が本当に攻撃したのは一度だが、琴美は盤の上を支配し蹂躙し尽くしていた。
 音で撹乱し殺気を気取られないようにしていても所詮は生き物のする行為だ。琴美のあの話に耳を傾けた時点で思考が介在するのは確定で、回避し続ければ勝機を焦り隙を作るのも今まで見せていない技が最後の切り札なのも全てお見通しだった。だからそうなるようにと誘導した。しかし、スマートに事が運んだ事実に満足がいって、任務を楽に達成出来たという高揚と共に今日も琴美は夢見る。
「任務をこなし続ければ、いずれは私を満足させてくれるような強敵が現れるのでしょうか」
 今までの敵は一撃を加えることさえ出来なかった。だが世界は広く、まだ見ぬ存在がいつしかこの磨き抜かれた技に対抗して、闘争心を満たしてくれるのではとそう願うのだ。無論そうなるにしろ琴美が負ける未来などは有り得ない。人ではない何かさえ魅了しているエロティシズムに富んだ肉体に触れることも――。
 その負け知らず故の逆境に慣れていない精神力が慢心によって脆く崩折れて、己がしてきたように圧倒的な力で甚く嬲られる――その未来が訪れる可能性を琴美は考えてはいない。それこそ今回の敵が強ければ、苦無で縫い止められ、自慢の肢体を散々に犯された挙句、嘲笑の声を聞きながら泣き喚いて、死んだほうがマシと思う程の無残な敗北を喫した――そうなれば、プライドも何もあったものではなくもう二度と苦無を持てなくなるだろう。悪夢に見ることもない一つの結末。琴美の影が独りでにゆらり揺らめいた気がした。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
大勢をばっさばっさと切り捨てる的シチュエーションも
書いてみたかったんですが、そこまで字数的余裕がなく、
ご提示いただいた場面を字数一杯まで、詰め込みました。
琴美さんの魅力的なところを上手く表現し切れずに
己の無力さにぐぬぬとなりました。もっと色気のある女性の
描写が出来るようにと、今後もしっかりと精進しますね。
忍者らしい戦いのほうは上手く描けていたら嬉しいです。
挑発的な言動をしつつもそれに恥じない戦いが出来る女性は
とても格好良いですね。しかしいつか足元を掬われる未来が
訪れるならそれはそれで見てみたい気持ちもあります。
今回は本当にありがとうございました!
東京怪談ノベル(シングル) -
りや クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年08月24日

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