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『とある昔話』
ネムリアス=レスティングスla1966

 スペインで強敵との戦いを終えたネムリアス=レスティングス(la1966)は、怪我の療養中だった。
 療養中といっても彼の場合、大人しくベッドに寝て怪我人らしくしている訳ではない。
 ただ出歩かないだけという実に雑なスタイルで、ネムリアスは使いこんだ革張りの長ソファに寝転がり、『何もしない』をしていた。
 いつもは仮面で顔を隠しているが、今は滅多に見せることのない銀髪に碧眼の素顔のままだ。閉じた目にかかる前髪が、どこか幼さを感じさせる。
 茶色のレンガの壁に木目の床の部屋はウッド調の調度品で統一されており、あまり無駄な物がない。
 宿敵を倒すという目的以外のことにはほとんど興味を示さない、ネムリアスの心を表しているかのような部屋だった。
 ざっくりとした療養ではあるが、怪我が治っていないのは確かで、治らなければ動けない。
 もどかしさを感じながらネムリアスはしばらく『療養』していたのだったが。

「暇だな……」
 己の今の状況に、思わず口をついて出てしまった言葉。
 今までは少しでも間があれば敵の情報を探したり戦いに赴いたり、忙しなくしていたのに。
(そういえば)
 ネムリアスはふと思い出して、ぱちっと目を開ける。
「昔の義手に、情報があったはずだ」
 ちらと今の自分の義手に目を落とした。
 今の両腕はフィッシャー製の義手であり、この世界に転移して来た時は元の世界で作られた義手を着けていた。当時は制御できない危険性があったため、フィッシャー製の義手に変えて元々の腕は封印したのだ。
 その腕に、過去に戦った敵のデータや、創造主達から奪った情報が眠っているはずだ。
 それを思い出したネムリアスは、どうせ暇なら、とそのデータを閲覧してみることにした。

 引き出しの付いた棚の一番下から、布にくるんだ昔の腕を取り出しソファの前のローテーブルの上に置く。
「えっーと確か……こうだったか」
 布を外した右腕の義手を持ち上げ、記憶を手繰りながらいくつか操作して、ケーブルの差込口を見つけた。ノートパソコンと繋いでみると、いくつものフォルダがディスプレイに現れる。

 上から一つ一つクリックして開いていき、データを読むネムリアス。
「ああ……、あったなこの戦闘。こいつも強かったっけ」
 どれもちゃんと覚えていた。
 数えきれないくらい戦った記録が、そこにはあった。
 どの相手もネムリアスより優秀で、強かった。
 それでも時には逃げ、逃げ延びては再び挑みかかって、何度も戦った。
 苦々しい戦いだったはずなのに、懐かしんでいる自分がいた。

 ネムリアスは過去を思い返しながらも、複雑な気持ちになる。
(あの頃に比べ、俺は多少は強くなったのだろうか……)
 敵を倒し強くなったと思ってもまた次の強敵が現れる。
 敵も自分と同じかそれ以上に強くなって、またその上を行くためにネムリアスも己を鍛えて……、無限のいたちごっこだ。
 そんなことを考えていると。
「……ん? なんだこのフォルダ」
 これまでのものとは若干違うフォルダが、無意味に見せかけたデータの中に隠れているのを発見した。

 そのフォルダ名は、『original』

「これは、まさか……」
 ネムリアスはある予感にわずかに心を奮わせながら、そのフォルダを開いた。
「――!」
 そこには、とある男の、かつて理不尽な神々に挑んだ存在のことが書かれていた。

 神々との戦いは熾烈を極め、巨大な塔は傾ぎ、人々の町もあちこちで破壊され火の手が上がる。
 しかし『彼』は敢然と神々に立ち向かい続け――、とうとう神々を屠り、滅ぼした。
 ようやく戦いが終わった時、雲間から神秘的な光が差し込み、町を包んでいたという。
 しかし、『彼』はそれが終わりではないと分かっていた。
 今度は神を殺せるほどの力を持ってしまった自分こそが、人々の畏怖の対象になる。
 彼自身にそのつもりがなくても、大きすぎる力はやがて人々を脅かすことになるだろう。
 そう思った『彼』は自らの滅びを選び、人々の前から姿を消したのだった――。

 神話ともいえる記録に、されど『彼』の名は記されておらず。
 ただ、恐るべき力と数多の世界の技術を秘めたパンドラの箱――その両腕――を持っていることだけが、語り継がれていた。
 それを、ネムリアスを生み出した『創造主達』が目を付けたのは容易に想像できる。
 それからの事は読まなくても分かった。

 『彼』の墓は暴かれ、亡骸が蹂躙され、パンドラの箱も奪われたのだ。
「さらに彼を再現するべく、哀れな失敗作が生まれましたとさ、か」
 ネムリアスは画面を見ながらどこか皮肉っぽく、そしてどこか悲し気に小さく言った。
 挙句の果てにナイトメアに喰われ、存在ごと奪われてしまった『彼』。
 今では彼の失敗作と悪質な複製品が戦っている。
 彼にとっては予想の上を行くその後の展開だっただろう。
 自らを葬ってさえも、彼の持つ力の意味は失われはしなかったのだ。

 ネムリアスはまだ神々を滅ぼした『彼』ほどの域には達していない。
 これからも戦い続けていればそこに至れるのかも分からない。
 でも、オリジナルの彼を喰らったナイトメアを倒すという決意は揺るがなかった。
 ネムリアスはぐ、と自分の義手の拳を握りしめる。

 『彼』が存在しなければ自分も生まれず、ナイトメアが彼を喰うこともなかったのに。
 『彼』さえいなければ、今まで起こった諸々の悲劇は起こらなかったのに。

 そう思うことも時にはあった。
 だが、存在ごとナイトメアに奪われてしまった彼は憐れでもある。自分の存在がそれまでとは全く違うモノに上書きされてしまうなんて、耐えがたいことだろう。予想の枠を超えた屈辱的な手段で彼の力が結局人々を脅かすことになるなんて。
 パンドラの箱が利用されてしまったことも、ただただ創造主達の利己的で悪辣な人間性のせいであり、その犠牲になった彼を一方的に憎み続けることはネムリアスにはできなかった。
 加えて言えば、自分が彼をベースにしているからこそ、ここまで戦えているのだということも理解しているつもりだ。
(恨みもあれば、借りもあるんだ)
 自分を納得させるようにネムリアスは胸の内でつぶやく。
「今度こそ、本当の眠りにつかせてやらないとな……」
 ネムリアスはパソコンを閉じ、昔の義手を元通りくるんで棚の奥にしまい、仮面を手に取った。
「彼のためにも、俺は奴を必ず倒す」
 決意を新たに仮面を着ける。

 もう療養は終わりだ。


 数分後、バイクを疾走させているネムリアスの姿があった。
 全身に纏う蒼炎を背後にたなびかせ、仮面の眼光も鋭く、奴を追うのだ。
 自分の命が尽きるその瞬間まで――!



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご注文ありがとうございます!

今回は心情がメインですね。
今までの話のネムリアスさんの複雑な心境を壊さないように気を遣ったつもりですが……ご満足いただけましたらありがたいです。

義手のデータをどうやって見てるのか分からなかったので(チップとかメモカ的なものを取り出す?専用のデバイスがある?とか考えましたが(汗)、分かりやすくパソコンと繋いで見る描写にしました。「そうじゃなかった」という場合や、その他どこか気になる所などありましたら、細かいことでも構いませんのでご遠慮なくリテイクをお申し付けください。

またご注文いただけたら嬉しいです。
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久遠由純 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年08月25日

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