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『月と薔薇・前』
水嶋・琴美8036

 自衛隊特務統合機動課の課長に、水嶋・琴美(8036)は呼ばれた。
「最近、この機動課内で突如意識を失う者が増えているのを、知っているかね?」
 琴美はしばし考え「いえ」と答える。
「ここ数日は、別任務を請け負っていたため、他隊員と話す機会がありませんでしたので」
 課長は、なるほど、と言い、資料を琴美に手渡す。
 そこに書かれているのは、機動課内で発生している意識不明者についてであった。課長の言う通り、ここ数日の間で十数人が、突如として意識を失い、倒れている。
 場所は全て機動課の入口。人の出入りがある場所だ。
「入り口の警護をしている時に意識不明にさせられているのですか? 手練れの者があたっているはずですけれど」
「その通り」
 だが、と課長は続ける。「そこで、何かが起こっている」
 琴美はパラパラと資料を捲る。
 機動課入口は、人の出入りがある分特に警戒すべき場所だ。そのため、新人などではなく実力者たちが担当することになっている。
 それなのに、突如として意識を失わされてるという事態が起こっている。
「つまり、私に機動課入口の警護をせよ、ということですね」
 琴美がそう言うと、課長は静かに頷く。
「続けての任務で悪いが、頼めるか」
 琴美は資料を胸に、敬礼する。
 頼めるかという言葉は、頼むと同義語だ。拒むことはない。
 課長が頷くのを確認し、琴美は課長室を後にする。
 夜に備え、少しでも情報を集めるために。

 □ □ □

 資料に書かれていた、最初に意識不明になった者を見つけ、琴美は声をかけた。少しでも情報が欲しい、と。
「すまないが、殆ど覚えていない」
「なんでもいいんです。何があったのか、詳しく教えてもらえませんか?」
 琴美が言うと、彼は頷き、口を開く。
 警護は二人体制で行われている。そのため、もう一人の警護担当と喋ったり、時折交替で食事をとったりして過ごしていたという。ところが、もう一人がトイレに行っているときに何かが起こったという。
「気づいたら、ベッドの上だった」
「何が起こったのかは、思い出せますか? ほんの些細なことでも構いません。いつもと違う、何かはありませんでしたか」
「そういえば、匂いがした」
「匂い、ですか」
「花のような匂いだ。どこから、と思ったところまでは覚えているが、その後は何も覚えていない」
「花の匂い……なるほど、それは不思議ですね」
 琴美は確認作業のように繰り返す。他に何か覚えていないか促したが、それ以外は思い出せないようだった。
「あの時、一緒に警護担当だった人は何処にいらっしゃいますか?」
 彼は、あいつなら、と言い、ひょいと親指で近くにいた男性を指す。
「あの方ですね、ありがとうございます」
 琴美は頭を下げたのち、指示された男性の方へと向かう。
「あの、すいません。意識不明者が出た件を任されているのですが」
「ああ、情報収集か」
 機動課に所属するだけあり、話が早い。
「あなたがトイレに行っていた間に、意識不明にさせられていたと聞きました。その時間、どれくらいですか?」
「10分もかかっていないはずだ」
「なるほど、相当の手練れのようですね。他に、何か気付いたことはありませんか?」
 彼は、そうだな、と言い、不思議そうな顔をしたまま続けた。「薔薇の匂いがしていた」
「薔薇の匂いですか。ありがとうございます、参考にさせていただきます」
 琴美はそう礼を言い、また別の被害者のもとへと向かうのだった。

 □ □ □

 琴美の集めた情報は、資料に書かれている事と大差なかった。
 数日おきに、入り口警護に当たった隊員が、いつの間にか意識を失わされて倒れている。
 警護に当たっていた2人のうちの1人、もしくは2人が両方ともという場合もあるが、いずれにしても10〜15分ほどの短時間で起こっている。
 警戒して多人数で警護を固めた時には、起こりにくい。が、4人くらいまでならば起こりうる。
「相手は、複数人でしょうか」
 資料を見ながら、ぽつり、と琴美は呟く。意識を失わされた状況を確認したのち、やったと思われる犯人の痕跡を徹底的に探したが、見つからなかったとある。
 相手の数すら、分からない。
 監視カメラなどのセキュリティ機器も確認したが、何も映っていない。
 犯人も、犯行時も。何も映っていないのだ。
 それでも、決してカメラを壊されているわけではない。ただただ、何も映していない時間が存在し、その時間にこそ犯行が行われているのだ。
「そこで警護を突破したはずなのに、機動課内に被害らしきものは何もないというのも、不思議な話ですね」
 琴美は呟き、資料をロッカーに収める。そうして、今着ている服に手をかける。
 戦闘服へと着替え、襲撃に備えるのだ。何しろ、今日にも犯人が来るかもしれないのだから。
「薔薇の匂い、ですか」
 話を聞いた隊員たちが口をそろえて言ったのが、薔薇の匂いだった。資料には書かれていなかったのはそれくらいだが、逆にその事が琴美の頭の中で際立たせていた。
 琴美は小さく息を吐きだす。今は、そればかりに頭を支配されている場合ではない。
 早く着替えるために、一気にすべてを脱ぎ捨てた。まずは体を守る黒のインナーを着、次にスパッツを履く。これで、上下が黒くなる。
 その上から、動きやすいようにミニのプリーツスカートを身にまとい、着物のような両袖が半そでほど短い上着を羽織り、腰に帯を巻く。これで急所を護ることができる。
 最後に、膝まであるロングブーツに足を突っ込み、きゅっと紐で編み上げてゆき、手にグローブをはめた。
 あっという間に、戦闘服に身を包んだ琴美の出来上がりだ。
「……これで、出来上がりです」
 こんこん、とブーツの具合を確かめ、琴美はパタン、とロッカーの扉を閉めた。
 時刻は18時、夜の入り口警護が始まる時間だ。
「今宵、現れると良いのですが」
 琴美はそう言うと、入り口の方へと向かって歩き始めた。
 カツカツと廊下に響くブーツの音が、否応なしに琴美の士気を高めていくのだった。

 □ □ □

 入り口の警護担当者は、2人だった。琴美が件の意識不明の話をすると、ああ、と納得したように頷く。
「私は最初、身を隠しておこうと思います。いないものとしてください」
「分かった」
 隊員たちと話をし、琴美は身を潜める。4人くらいまでならば起こりうるとはあったが、警戒するに越したことはない。いっそ1人にしようかとも思ったが、いつもと違うと勘づかれても困る。
 隊員たちは時折談笑しつつ、警護をしている。琴美がいようがいまいが、いつものようにしているようだ。
 その時だった。

――ふわ。

 鼻の奥をくすぐるような、いい匂いが漂う。
「薔薇の匂い……!」
 咄嗟に琴美は鼻と口を覆う。隊員たちも気づいたらしく、琴美のように鼻と口を覆ったが、次の瞬間、ばたり、とその場に倒れてしまった。
「本当に呆気ない」
 女の声がし、琴美は目を見開く。
 気配を感じられなかった。ふ、と突如湧いて出たような感覚だった。
 琴美は物陰に身を潜めながら相手を窺う。
 そこには満月を背にし、妖艶に微笑む女が立っていた。

<月と薔薇を纏い・続>

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
初めまして、こんにちは。霜月玲守です。
この度は東京怪談ノベル(シングル)を発注いただきまして、ありがとうございました。
全3話のうち、第一話となります。
少しでも気に入って下さると嬉しいです。
東京怪談ノベル(シングル) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年08月26日

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