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『姿偽る悪意』
ネムリアス=レスティングスla1966

 宿敵の情報を得るためスペインに向かっていたネムリアス=レスティングス(la1966)は、ナイトメア出現の通報を傍受した。

『あ、あれは人の恐怖を読み取ってるんだ……!! 俺のトラウマに化ける銀の悪魔……うわぁっ、く、来るなぁ!』

 ブツリと通信が途絶えてそれきりだった。
 直感のようなものが働いて、ネムリアスはそのナイトメアを追うことに決める。
「……発信場所は、コスタ・デル・ソルか」
 すぐにキャリアーの進行方向をそちらに修正し、オレンジ色の屋根が建ち並ぶ港町へと飛んだ。

 町から少し離れた目立たない場所でキャリアーを降り、ナイトメアを探しながら町をうろつく。
「良い町だな……」
 青い海が煌めき、なだらかな丘の緑と家々の白壁が照り映えている。古風な街並みはそのまま絵葉書にでもなりそうだった。
 本当にナイトメアが出たのかと疑いたくなるほど、町は美しく静かだ。
 きっと食べ物も美味いんだろう、とネムリアスは想像する。
(視力や味覚に異常が出てなければな……)
 今彼の視覚と味覚は仮面の機能で補っているのだ。補ってはいるものの、それは必要最低限でしかない。
 そんな異常さえなければ、この景色も地元の料理も堪能できたのに。
 束の間そうやってネムリアスが残念がっていると――。

「キャー―ッ!!」

 ネムリアスの抱いた一瞬の甘えを打ち砕き、現実に引き戻すかのような悲鳴が聞こえた。
「!!」
 弾かれたように悲鳴の方へ走り出す。
 ネムリアスの目に入って来たのは、男が銀色の闘牛の角に胸を串刺しにされている姿だった。男は既に息絶えていた。
 傍には両手で口元を押さえた女性が立ちすくんでいる。
 まるで溶けた銀で満たされたプールに全身浸かって出てきたかのような牛は、この世界の生物では在り得ない。
 ナイトメアだ。
「早く逃げろ! こっちだ!」
 咄嗟にネムリアスは女性の手を引いて入り組んだ町中へと走った。
 それを見た銀の雄牛が角に刺さった男を振り捨て、二人を追って来る。
 ネムリアスは
「行け!」
 と女性を先に逃がして両手に銃を構え向き直った。
 突撃して来る牛に真正面から連射し迎え撃つ。が、牛の足を止められたのは一瞬だけ。
 ネムリアスの放った銃弾は銀色の頭や胸元を吹き飛ばすも、その体は再び集まってみるみるうちに元通りに修復されてしまったのだ。
「何ッ!?」
 全くダメージの痕跡がない。
「そうか、奴は――、奴の体は液体金属だ」
 アレはかつて戦った強敵のうちの一体だ、とネムリアスは気付いたのだ。
 ここに来ようと決めた己の判断は正解だった。しかし、
(奴はヤバイ、弱点は何だった!?)
 急いで思い出そうとしているうち、奴はネムリアスの心を読み取ったのか、牛の体が溶け始めて姿を再構成しだした。
 そして――。

 そこには、赤と黒のドレスを纏った女性が立っていた。

「――ッ!!」
 ネムリアスは鋭く息を飲む。
 それはかつて自分の命を救ってくれた、恩人の女性。
 瞬間、ネムリアスは自分の心の中で何かが折れた音を聞いた。

「アレは……、あいつはあの人じゃない! 敵だッ……!!」
 自分に言い聞かせるようにしながら銃口を向けるも、引き金を引く指に力が入らない。
「くそッ……!」
 そのネムリアスの姿を見て『彼女』の姿を模した敵が醜く笑った。
 ネムリアスを嘲笑するかのように。
 唐突にネムリアスの全身から蒼い焔が噴き出し、
「あの人の顔でそんな顔をするんじゃねぇ! ――ッ!??」
 激昂した直後、体に激痛が走った。蒼焔が霧散する。
 自分でも分からないまま己の体を見下ろすと、腹部にじんわり、温かい何かが広がっている。
 一瞬それが何か分からなかったが、すぐにそれは血だと、自分の血が腹から出ているのだと理解した。
 なぜなら、敵の指から伸びている銀の刃がそこに刺さっていたから。
 女の顔は笑ったままだ。
「くっ――!」
 危機を察したネムリアスは瞬時に身を引いて刃を抜き、家の間を縫う路地に逃げ込む。
 背後の家壁に銀の指が突き刺さった。
「前よりも速くなってやがる!」

 家の陰に隠れ、血の滲んだ服をめくった。思ったより傷は浅い。
 服を破り傷に当てベルトで固定して、素早く応急処置をする。戦いに集中していれば、痛みは感じないでいられるだろう。
 と、目の前を銀色がかすめた。
「!」
 敵がもうすぐそこまで来ていた。
 二丁拳銃で応戦しながら走り出すネムリアス。ドレスの女は銃弾を食らってもまた再び『彼女』の姿になって、ネムリアスを追い、指を伸ばしてくる。
 撃たれても撃たれても元通りになり追って来る様はさながらゾンビのようだが、頭を吹っ飛ばされても死なない分、ゾンビより数倍タチが悪い。それが自分のトラウマの姿をしているのだからなおさらだ。
 指の刃は射程が長く、狭い路地では次々に繰り出される攻撃をかわすのも容易ではなかった。敵にダメージを与える術を見つけられず、防戦するしかないネムリアスのイマジナリーシールドは確実に削られていく。
「奴の弱点を思い出せなきゃ終わりだ」
 戦いながら必死に思い出そうと考えるも、『彼女』を前にすると思考が散ってしまって、過去の記憶を上手く見つけられない。
 自分の心を利用され『彼女』さえも愚弄され、銃弾をありったけぶち込んでも足りないくらいに怒っているはずなのに、奴の『姿』が邪魔をした。

 やがて家が途切れ、ネムリアスの眼前に海が広がった。
「マズイ!」
 後ろを振り向くと、未だ醜く笑った『彼女』が滑るように移動しながらネムリアスに迫り来る。
 追い詰められてしまったのだ。
 だがここで諦めるわけにはいかない。
「――ッ、来るなら来い!」
 ネムリアスは両手の銃を撃ちまくりながら横へ走る。
 女も両手を水平に持ち上げ、全ての指を刃と化してネムリアスへと伸ばした。
「!!!」
 三本の刃がネムリアスの胸を、腕を、足を貫こうと突き刺さり、その攻撃とそれを避けようとした自分自身の回避行動の勢いで、ネムリアスは海に投げ出されてしまったのだった。

 水面が上に見えて、陽の光が差し込んで来ている。
 体に力が入らず、ネムリアスは海に身を任せるしかなかった。
 痛みや苦しさを感じていいはずなのに、何も感じない。それを不思議だとも思えないくらい、ネムリアスの心は打ちのめされていた。
 光が遠くなるにつれだんだんと周囲の蒼が濃くなって、現実感が薄れ幻想的な雰囲気に飲み込まれていく。
(――この景色は――どこかで見たような気がする……)
 そこでネムリアスの意識は途切れた。

 何時か見た、夢のように深い深淵へと身も心も沈みながら……。


 ネムリアスがどうなるのか、まだ誰も知らない。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
いつもご注文ありがとうございます!

今回もドラマチックな展開ですね!
雰囲気を壊さないよう、恩人の女性に変化した敵へのネムリアスさんの複雑な心境が伝われば、と思いながら書かせていただきました。
ご満足いただけたら幸いです。

セリフや状況描写のアレンジさせていただいたりした部分、ネムリアスさんの心情など、思っていたのと食い違っていたり、「このキャラはそうじゃない」などご不満な所がありましたら、小さなことでもかまいませんので、ご遠慮なくリテイクをお申し付けください。

またご注文いただけたら嬉しいです。

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久遠由純 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年08月27日

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