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『過去と傷跡と珈琲と・上』
マサト・ハシバla0581

 任務終了後、ゆるい安堵感がロッカールームに満ちる。
 今日も誰一人欠ける事なく生き残った、その事を噛み締め、次の仕事まで肩肘張る必要はないのだと隊員達は思い思いに散って羽を伸ばす。

 マサト・ハシバ(la0581)もキッチンで珈琲を淹れ、手元から立ち上がる香りを楽しみながら食堂のテーブルについた。
 既に先客がいたが気にする事はない、だって仲間なのだから。
 武装は解除した後で、質素な肌着に軽い上着だけを羽織っている。袖から覗く腕は体格どころか肌の色さえも違う、明らかに別人だとわかるものだ。
 視線を向けられるのにも慣れた、それほど居心地の悪さを感じないのは仲間がハシバをありのままに受け入れてくれてるためか。
 だから、相手の「その腕の事を聞いてもいい?」という問いにも、さほど迷う事なく頷く事が出来た。

 思考のどこかがハシバに問う、本当にいいの? と。
 それに対してハシバは思考の中で肯定を返す、左胸に触れ、肘から先が違う右腕と、珈琲の水面に映る色の違う瞳を見つめてから顔を上げる。
 一年ほど共に過ごした今の仲間に、そろそろ彼らの事を知ってもらうのもいい。紹介してもらう事を、お喋り好きだった彼らはきっと喜ぶだろう。

 …………。

 ハシバが病院で目覚めたのは数年ほど前の話だ。
 それより更に前――今より数えて30年ほど昔、ハシバは戦場を這い、ぶちまけられる死の間を縫うようにして生きていた。
 碌な対ナイトメア兵器もなく、しかし兵士として戦わざるを得ないような、そんな状況。
 極稀に勝てる事もあるものの、その9割は敗走。その中で生き延びていられたのは、偏に運が良かったとしかいいようがないだろう。

 通常武器が通るはずもないのに、足止めくらいは出来る事を期待して弾幕を張る。
 しかし当然のようにナイトメアには傷一つつかず、注意を引く事にこそ成功しても、後は一方的な蹂躙だ。

『うわぁぁぁ!!』
 接敵されるまでは各員勇敢な兵士だったと思う。
 だが目前に死が迫ったらどうだろうか。至近距離まで迫った敵影に誰かが叫び、赤が視界に散る。
 形容するのもおぞましく、人の形を損なった残骸がぶちまけられるのを機に、戦線は崩壊した。

「この……ッ」
 ハシバが恐怖に陥る事なく、踏みとどまれたのは幸いと言えるのかどうか。
 通らない銃弾を悪あがきのように放ちながら、ジリジリと後退していく。

 武器はある、あるが――近接用、試作EXISの剣が一本。
 これを使って立ち向かうのか? ナイトメアに? 一人で?
 銃器に頼ってしまう事を誰が責められようか、少なくとも距離が取れるという安心感はある。
 しかし根本的な解決にはならないのだ、圧倒的な捕食者を前に、ハシバは自身の頬がひきつるのを感じていた。

『ハシバ!』
 恐怖に飲み込まれそうになった精神が相棒の呼びかけで我に返る、判断は一瞬、銃を捨て剣を取っていた。
 直後、発砲音と共にナイトメアの体がのけぞる、既に構えを完了していたハシバはそのまま剣をナイトメアに突き立てていた。
 先手を取れたのは相棒の狙撃があったから、相手の動きを止め、反撃が来る前にトドメを刺せていた。

 惚ける時間などない、敵の体を割り裂くようにして剣を抜き、すかさずもう一度振りかぶる。
 恐怖心は麻痺していた、ナイトメアに向かって再び剣を突き立て、相手が動かなくなるまでひたすらに叩く。
 限界は意外と早く、試作品ゆえのポンコツさか、剣はすぐに動作不良を起こして使えなくなった。
 壊れたと同時に戦場も片付いてれば良かったのに、顔を上げれば虫のように湧いてくるナイトメアが見える。舌打ちを一つ、荷物にしかならない剣を放り出してハシバは走り出していた。

 ナイトメアの気配が迫る。
 振り返る事など出来やしない、放たれる熱線が地を穿つ音を聞きながら、それらがかすらない事を祈り、転がるようにして走る。

『飛び込め!』
 まさかな、と思いはしたが素直に地を蹴って目の前の窪みに転がりこんだ。
 直後、誰かが何かを振り投げる気配。爆発が大地を揺らし、背中に熱風が吹き付けられる。
 身を起こして振り返れば、さっきまでいた場所には爆炎の花が咲き、ナイトメアの姿など影もない。そんな光景を背に、隊長がハシバに向けて親指を立てる。

『威力が強すぎて使い道のなかった奴だ、巻き込む相手がいなかったのが幸い……なんて事は、間違っても言えないが』
 上げようとした口角も苦笑いにしかならない、重圧から解放された代わりにとてつもない虚無が胸に吹き込み、疲労と安堵がごちゃまぜになる。
 生き残ったのは何人いただろうか、見知った顔を探すのが怖い、昨夜酒を飲み交わした相手も、入ったばかりの新人もどこにもいない。

 生還の味はとてつもなく苦かったが、それを心から噛み締めてしまう事をどうか許して欲しい。
 勝利は遠く、無様な姿を晒していたがハシバ達はまだ生きていた。

「は……はははは……」
 乾いた笑いを繰り返すハシバの頭に兄貴分の無骨な手が乗せられ、がしがしとかき回される。
 他人の感触が折れそうになる心を支えてくれた、隣に立つ存在が、ハシバは孤独じゃない事を伝えてくれる。

『生きててよかった』
「ああ……」
 隊長に促され、兄貴分の後ろに続いて帰還につく。
 狙撃を担当していた相棒とハイタッチを交わし、今夜は生還を祝う宴会になるだろう。
 楽しみ、騒ぐのは生者だけの特権だ。それが泣きたくなるほど辛くても、いなくなった者たちの分まで、ハシバはそれを果たす。

 いつか自分が死ぬか、戦えなくなるその時まで。
 この地獄で笑って生きてやるつもりだった。


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グロリアスドライヴ
2020年08月27日

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