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『過去と傷跡と珈琲と・下』
マサト・ハシバla0581

 ――新しく任務が舞い込み、マサト・ハシバ(la0581)は輸送車の中で山道に揺られていた。
 乗り心地はお世辞にも良いとは言えない、身を縮める事を強いる窮屈な車内は揺れの度に体のどこかしらをぶつけてしまう。
 扱いは悪かったが、普段に比べれば格段に気楽な任務だったため、ハシバは文句を言う事なく、黙って耐えていた。

 任務内容は雪山に落ちたヘリの救助、場所は戦場から離れていて、環境以外の危険性はないと思われた。
 落とし物を拾って、帰ってくるだけ。任務自体は簡単だったが、墜落自体は運が悪いと隊長がぼやき、兄貴分はいつもの事だと笑い飛ばす。
 すぐ隣では相棒が何を考えてるかよくわからない顔でぼんやりと虚空を見つめていたが、こいつは普段からこんな感じだ。
 何にせよ、戦闘の予定はないのだ。遭難に気をつけてとっとと帰ってくればいい、そんな事を思っていた横から、唐突な爆発音が一行を襲った。

『な、なんだぁ!?』
 車内がざわつき、動揺が広がる、騒ぎの元を探せば、バックミラーの中で最後尾の車両が炎上していた。
 視界が限られてて、何がそうさせたのかはわからない、しかしとにかく『尋常ではないことが起きている』。

『何が――』
『襲撃だ――走れ!』
 隊長の命令に従って車両がアクセルを吹かす、他の車両も同じ判断をしたようだが、数秒もせずに今度は先頭車両が爆発した。

『くそっ!』
 炎上した車両で道が塞がれ、停車を強いられる。
 黒煙が立ち上る大混乱の中、各々は車を降りて必死に応戦しようとしていた。

 しかしあまりにも無力、あまりにも一方的。
 姿すら見える事なく、ただ影が駆け抜けたところで命が消える。影を追って放たれる攻撃は当たりもせず、まぐれの一撃はバリアに阻まれる。
『一体何が――』
 気づいた時にはハシバも左目を潰されていた、がむしゃらに振った右腕は千切れ飛び、胸を貫かれた瞬間、ハシバはソレを見た。
 片角の鬼、人ではなかった、断じて人ではない化生の存在。

 姿を見たのを最後に、ハシバにはもう何も出来なかった。
 膝をつき、定まらない意識の中で状況だけを認識している。
 相棒のものだろう銃声が響き、兄貴分の一撃が鬼を飛び退かせる。隊長が何かをどなっていた、ああ、心配をかけてしまったか。それとも怒っているのか。
 ごめん、と思って。意識が遠のこうとした瞬間、相棒の悲鳴でハシバの意識は引き戻された。

「な……!!」
 あいつはスナイパーだ。接敵されて無事で済むはずがない。
 顔を上げた瞬間、頼もしかった兄貴分の背中が、血に濡れて倒れ伏すのを見た。

「待っ……」
 隊長、隊長、どこですか。
 せめて隊長は――。

 頼もしいはずだった隊長の声は聞こえなくなっていた。
 生の気配はもうどこにもなかった。

「ヤメロォォォォ! アアアアァァァァ!!」

 …………。

 ハシバの記憶はそこまでだった。
 後の事はもう話していたかもしれない、数年前に病院のベッドで目覚め、自分だけが生き残った事を知り、自分を生かすために移植された仲間たちの体の一部に気づいた。
 そして今に至る。

 なんとも言えない沈黙が満ちたが、ハシバはそれを意に介する事なく、冷めてしまった珈琲を啜った。
 軽く受け止められる事じゃないのはわかってる、でも今の仲間たちならそれぞれの形で向き合ってくれるだろう。

「ああ、そうだ。最後にもう一つだけ語っておこうか」
 身構えなくてもいい、さっきまでの話に比べればずっとささやかな、好き嫌いの話だから。
「俺は正直珈琲は苦手だ」
 向けられる怪訝な視線に苦笑する、それはそうだろう、今まで自分は散々馬鹿みたいに飲んでただろうから。
 珈琲の水面に映る左目を見つめ返し、心底仕方なさそうに息を吐き出して。
「これが相棒の願いでな。珈琲狂いを人に押し付けてきやがった」
 語った思い出と、遺された躰と、彼らが託した願いがハシバと共に在った。
 託されたもののためなら、苦手を押しのけるくらいはいいだろうと思ったことを、どうか知ってほしい。

「本当に……しょうのない奴だ」
 細めた瞳に、浮かべた表情がどうか穏やかなものであってくれればいい。
 肩を竦めてコーヒーを飲み干す、幾分かマシな味だったが、やはり苦く、戦場で飲んだ泥水が如き代物を思い出させた。

 席を立てば視線が追いかけてくる、それに軽く会釈して、ただおかわりを淹れに行くだけだと示した。
(……飲み干さないと次は淹れられないからな)
 珈琲狂いならきっとそう在るべきだ。
 この野郎、と心の中で小さく毒づいたけれど。きっと、それほど嫌には思っていなかった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
発注有難うございました。
頂いた設定の中では相棒さんがそれなりにお気に入りです、多分普段からちょっとぼんやりしててハシバさんがそれなりに世話焼いてたけど、戦場に入ると頼りになる方だったんじゃないかなぁとか、そんなイメージでした。
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グロリアスドライヴ
2020年08月27日

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