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『偽なれば真』
LUCKla3613)&アルマla3522

「……どうにも人混みは慣れん」
 疲れた体で声音を漏らしたLUCK(la3613)は、その目を鎧うツーポイントフレームを指先で押し上げ、ぎこちなく息をついた。
 その先、LUCKの手から伸びる竜尾刀「ディモルダクス」の多節刃を腰へ結わえつけ、もっちもっちとツーステップをキメていた全高80センチの謎生物――アルマ(la3522)がくわっと振り向いて、
「ラクニィぼーよみですが!?」
 ちなみに今、アルマはLUCKといっしょに散歩をしている途中なのである。取り決めは以下のとおり。メンテナンス1回につき1時間、はぐれぬ対策をして練り歩く。
 一応、腰紐ではなく手を繋ぐ案もあるのだが、頑なに拒否したLUCK曰く『おまえがなにかのはずみで実体へ戻った瞬間、俺は――』。
 いい歳をした180センチ越えの男ふたりが手を繋いでお散歩……それは紛れもない生き地獄。アルマをして腰紐という妥協案が覆せなかった理由であるのだが、ともあれ。
「棒読み? 俺はいつもの通りだ。それよりも喉は渇かんか? グロリアスベースの第六ロビーの自販機で売っている抹茶練乳チーズケーキシェイクを」
「ぼくをちょーとおざけるおつもりです!!」
 今日のLUCKは本当におかしかった。散歩といえば草や虫や他の犬、それに犬好きな子どもが待ち受けている河辺やら公園が定番だろう。なのにLUCKは契約時間を大きく上回る2時間をかけて街までやってきて、普通の人間はどこにあるか知らないだろう名画座へ直行、その真ん前で「歩き疲れた」と仁王立っているのだ。
「そもそも今日はおまえの散歩をする予定はなかった。緊急事態でさえなければな……」
 くわしくは語らずにおくが、今朝、やけに浮ついた調子で緊急出動したLUCKは左脚をちぎられ、アルマの元へ担ぎこまれたのだ。その結果が今の散歩であり、現状なわけだが。
「しかしこうなれば最大限に活用する。今日はほぼまちがいなくその日だからな」
「ラクニィわけわかんないです」
「質問は一切受け付けん。代償に後でプリンを買ってやる」
「りふじんとやさしさがりょーりつしてるですよ!」
 その間にも、LUCKがうつむけた渋面に惹かれた女子たちが恐る恐る声をかけてきたりする。待ち合わせ、ドタキャンされちゃったとかですかー?
「気にさせてしまったならすまない、予想していただろうが、俺の顔は造りものだ」
 すごすご帰っていく女子を見送ったアルマはそっと。
「ラクニィ、いまのナンパですよ?」
「冗談は俺の顔だけでいい」
 うーん、ラクニィはやっぱりラクニィです。アルマがもち〜、ため息をついたそのとき。凄まじい力で引っぱられ――

「こんなところで会うとは奇遇だな。俺はたまたまこのもち犬の散歩に付き合っていたんだが」
 アルマを引きずり詰め寄っていくLUCKが足を止めた、その眼前にいたものは、地味な女――
「あ、エルゴマンサーさんです」
「気づいても言わないやつでしょ、それ」
 アルマに苦い目を向けた女だが、ふと思い至った顔で挨拶をする。
「初めまして。うち、イシュキミリっていいます。こっちのサイボーグさんにつきまとわれてる被害者っていうのは冗談じゃないですけど、まあ、一種のお友だちですね」
 鉱石の依代をもってこの世界へ顕現するエルゴマンサー、イシュキミリ(lz0104)。その出自を言わなかったのはLUCKへの義理だろうか。それにしても今は、映画観賞用の日本人めいた造形の依代を使っているため、名前の違和感が凄まじい。
 その向かい、LUCKは胸の前で手を握り締めたり開いたりしつつ「友だち――そうか、それはつまり前進だな」。
 じわりと染みる幸いに、感慨深くうなずくLUCK。待て。浸るよりも先に、これだけは言っておかなければ。
「勘違いするなよ技師。これはあくまで偶然で、いやしかしそれほどの偶然となればすでに必然、なのか?」
 本人がどれほど困ろうが悩もうが、端から見ればただただあからさまである。だからアルマは当然疑問を……投げかけなかった。
 イシュキミリを見上げて「わふ」、なにごとかを訴えかけておいて、ちょこちょこ衿元を正したりして準備を済ませて。
「ぼく、アルマっていいます! ラクニィのおとうとてきなものなので、そしたらおねえさんのおとうとともいえなくないかんじなのでわっふーっ!!」
 自分の言葉でヒートアップ! もちーっと体を伸ばしてイシュキミリへ貼りつこうとしたが。
「……懐くな。あれの取り扱いは俺が俺より一任されている。つまりおまえは俺の許可なくあれに貼りついてはならんということだ」
 超加速したLUCKの両手で両頬をにゅうとつままれ、ぶら下げられた。
「ぼくのキャラならアリかなっておもいましたでぷぅって、ふぉんなひっぱったらもどらなふなるれぷぅ〜」
 アルマのほっぺたが自重で伸びる伸びる伸びる。
 それを見送ることなく、LUCKは憂いを含めた顔をイシュキミリへ向けて。
「騒がしくしてすまん。が、その場で叱っておかんと、理由を理解させられんからな」
「犬の教育ですか」
 イシュキミリはため息をついてLUCKを手招いた。
「とにかく目立つの困るんで、移動しません?」
 うなずいたLUCKは、もうアスファルトにまで届きそうなほど“伸びた”アルマを見下ろして言う。
「突然じゃれついたり、跳びかかったりするなよ。次は容赦なく叩き落とすからな。ただしきちんと利口に振る舞えたら、後でクッキーを買ってやる」
 言われたアルマは大きな目をぱちぱち、何度もうなずくのだ。
「わふふー。だいじょーぶですー」
 イシュキミリと一瞬目線を交わし、にっこり。
「今、俺に気づかれんようあれと目を合わせたな。俺は俺以外にあれの扱いを」
「ラクニィぽんこつさんなのにするどすぎです!」
 そんなLUCKとアルマのひと騒動に対し、イシュキミリはやれやれかぶりを振って、
「なかよしご兄弟ですねぇ」
「俺にこんなもち犬の身内はいない――と思うんだが、肝心の自信がない。これまで何度も疑ってきたことではあるしな」
「じゃあぼくをしんのおとうととするがいいです! そしておてをつないでおさんぽするです!」
「吠えるならせめて証拠を捏造してきてからにしろ」
 わーわー襲いかかるアルマを華麗にかわすLUCK。
 イシュキミリはなんともいえない笑みを置き去り、ふたりの襟首をあっさりつまんでぐいとブレイクさせた。
「ほんと、なかよしご兄弟でなによりですけどね。話進めましょうか」


「映画を見るつもりだったんだろう。結果的に邪魔をしてしまってすまん」
 いつもの喫茶店、「ニトロ」をひと口飲み、LUCKは軽く頭を下げた。
 彼は最近、いろいろな豆をいろいろな飲みかたで試している。ニトロは水出しアイスコーヒーに窒素ガスを注入した品で、いわゆるコーヒーのエスプーマだ。ただし繋ぎとなる素材が加えられていないため、純粋にコーヒーの“泡”を楽しめるのが特徴である。
 彼の向かい、こちらはいつものベロニカを飲むイシュキミリは、口の端を上げた。
「別に怒ってないですよ。明日出なおしますし――あ」
 あわてて口をつぐんだがもう遅い。
「明日か。いや、よほどの偶然がなければ行き会うこともないだろうがな」
 やわらかく笑うLUCKにイシュキミリはジト目を向け、
「……なんか最近、妙な感じで演技力上げてきてません?」
「思い当たることがまるでない」
 そんなLUCKのとなりにもちんと座し、イシュキミリと同じベロニカをいただくアルマ。激甘ミルク味にしそうな見た目を裏切り、なんとブラックである。しかも香りを楽しんだり舌の上で転がしたり。
「違和感、だな」
「ですね」
 堂に入ったグルメっぷりに、つい目を引かれてしまうLUCKとイシュキミリである。
「なにもおかしなことはないです。ぼくはちがいのわかるせーじんだんしですので」
 当のアルマはハッカパイプをくわえて、どやぁ。
「イシュキミリさんもいっぷくいかがです?」
「薄荷混ぜた煙草ならいただきますけどね」
 差し出されたハッカパイプを断ったイシュキミリは、すがめた目でアルマの笑顔を見下ろした。
「ラクさんの真の弟になりたいそうですけど、今は偽の弟ってことでいいです?」
「ていぎするの、すごくむずかしーですけど」
 つるつるした眉間ににゅうと皺を寄せ、アルマは小首を右へ傾げ、左へ傾げ、真ん中でぴたりと止めて。
「わふ。ぼく、にせのおとうとてきなものといえなくもないかんじです?」
 回答を振られたLUCKはどう答えるべきか迷い、言葉を選びきれずに困り、なにかを決めた顔でようやく言葉を紡ぎ出した。
「まあ、一種の弟分と言えなくもない程度だな」
 結局のところ、LUCKは自分の懐へ潜り込んできたものを放り出せない男だ。そればかりかしっかと抱きかかえ、自らの命すら賭けて護り抜いてしまう、その強く激しい深情けこそ彼の本質。言ってみればナチュラルボーン・保護者となろう。
 頭をあやすように叩いてくるLUCKの手へ「わふー」、心地よさげに息をついたアルマは、イシュキミリを見てもっちり笑んだ。
「ぼくはこれでいいです。まだ、これがいいっていいきれるかくごはないですけど」
 声音は高く甘かったが、含められた意志は固く、重い。
「素直さはそれこそ血筋です?」
「わふふ。ぼくとラクニィはあにとおとうとみたいなものですので」
 なにやら笑いつつLUCKの膝へよじ登り、腰に手を当ててぷりっと胸を張るアルマである。
「それでいいんなら、うちがなにか言うこともないんですけどね。ほんとに大丈夫です?」
 イシュキミリもまた、LUCK同様情け深い。初めて会ったはずの謎もち生物犬へすら重ねて問うてしまうほどに。
 さらに胸を張って反り返り、アルマは言い切るのだ。
「これはこれでゆかいです!」
 と。彼の笑顔を上からLUCKの仏頂面がかぶさり、それはもう低い声が降り落ちてくる。
「誰の許可を取ってあれと心を通じ合わせている?」
 あ、これって激しくやばいやつです。アルマはあたふた手を挙げた。
「ねがいます! ねがうですー!」
「よし、発言を許可する」
「わふー、イシュキミリさんといしんでんしんするきょかしんせーするです!」
「却下だ。俺は俺以外の誰からの申請にも許可は与えん」
「りふじんですがっ!?」
 イシュキミリは外でじゃれ合っていたふたりを見たあの目をそのままに向け、小さく息をついた。
 真偽なんてどうでもいいってことですかね。ま、ニセモノしかいないこの場で真偽問うなんて野暮の極みですけど。
 依代に宿るばかりのイシュキミリはもちろん、造りものの体を持つLUCKと、そして“半ば”であるアルマ。全員が等しく真ではありえず、しかしそれぞれに己が真を寄せ合ってここに在る。
「とにかく。うちからはこれ以上言うことありませんから」
 イシュキミリは愛用しているチャーチワーデンを引っぱり出して野いちごの香りをつけた煙草へ火を点ける。いつものごとく、どこまでも彼女らしく。
 その言葉を受け取ったアルマは「わふー」と応え、「舌の根も乾かん内に無許可伝心か」とLUCKに捻りあげられた……。


「気をつけてな」
 店を出たLUCKがイシュキミリの背へ言葉を投げた。名残惜しい気持ちを引きずりながらも抑えているのは、けなげな男気あればこそである。
「わふー、またです!」
 元通り、腰に竜尾刀を結わえられたアルマがぷりぷり手を振って、LUCKへ「あ」。思わずLUCKが振り向いた瞬間、すらりとした青年の姿へ変貌し――
「僕はなにも言いませんですよ。金色さん、あなたにすべてを負わせるつもりはありませんので」
 ささやきかけられたイシュキミリは寸毫、本来の黄金たる様を取り戻して口の端を上げた。
「汝ほどには負うておらぬよ。して、汝はどこまで踊る?」
「限界まで。つまり最後の最後までです」
 そしてLUCKが振り向いたときにはもう、イシュキミリの姿は消えていて――もち犬へ戻ったアルマに引きずられるまま、歩き出す。
「ラクニィいくですよ!」
「その呼びかたは……どこに行くつもりだ?」
「いけるとこまでです!」
 そして進んでいく。なにが起きることないやもしれず、なにか起こるやもしれぬ明日へ、偽りの兄弟ふたりで。


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2020年08月27日

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