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『花』
アルマla3522)&ソフィア・A・エインズワースla4302

「あっつううううううういっ!!」
 海岸の縁から太平洋の端へ、ソフィア・A・エインズワース(la4302)は両手メガホンで叫んだ。
 今は夕暮れ時。落ちかけた日は未だなかなかな灼熱をこの地へお届けし続けており、おかげで人の姿はない。どれだけ大きな声を出したとて、迷惑にはならないのだが……
「わふ。足下気をつけるですよー。べしょべしょになったら後が大変ですし」
 後ろから少女へ投げられた涼しげな声音。
 声の主は、発した音をそのまま形としたかのような、スレンダーな長身を瀟洒なスーツで包む青年だ。
 この暑さの中で汗ひとつ浮かべることもなく、自然体を保つ様はまさに超然。“目”を持つ者が見たなら、その超然が文字通りの代物であることを思い知ることだろうが、さておいて。
「わかってるって」
 駆け戻ってきたソフィアは青年の右腕を掴み、なんと引き抜いた。次いであっさりと抜けたそれを抱え、「冷た! 自分ばっかりするくない!?」。
 青年はソフィアが抱え込んだ冷却モード設定の義腕をながめやって苦笑し、かぶりを振る。
「一応、魔王ですから。夏の暑さに退治されたら威厳に関わるですよ」
「だったらもち犬モードでよくない? あれだったら威厳とか気にしなくていいでしょ」
「たまに本当の姿に戻っておかないと、僕が僕を忘れそうになるですから。それにフィーとはあらためましての再会ですしね」
 肩をすくめてみせた青年――アルマ(la3522)。本来はソフィア同様、名の後に家名が続くわけだが、この世界において彼はそれを名乗らずにいる。
「あたしはあの兄貴好きだけどねー。ってかあれ、もちもち感すごくない!? なんであんな感じになってんの? しかも兄貴、かなり気に入ってるよね?」
 波に触れられないぎりぎりのところまで歩いていって、半回転。
 振り向けられたソフィアのにやにや顔へ、アルマは腕を奪われてなお涼やかさを損なわぬ笑みを傾げてみせた。
「わふ。この世界ではあちらのほうが自然な形なんです。そもそも今、結構気合入れて真の姿になってますので、1時間もやってるとオーバーヒートするですよ」
「じゃ、あと40分くらい?」
 カチリ。ソフィアの表情が切り替わった。いや、ちがう。表情はそのままを保ちながら、奥に置いた天真爛漫・好奇心旺盛・元気という有り様を、強か・用心深さ・冷静へ換えたのだ。
「その“チャンネル”、久々に見たです」
「あたしがあたしを忘れないように、兄貴しかいないとこでくらいはね。それに兄貴だってそうでしょ? “隊長”の前で真の姿は見せられない」
 言い当てられたアルマは素直にうなずいた。
「お兄ちゃんは過去とそこで背負ったしがらみから解放されて、ようやく幸いを見つけ出したです。それを邪魔したくない――それこそ過去、あの人に大罪を背負わせてしまったのは僕ですから」


 アルマがこの世界へ来た理由は、“お兄ちゃん”へ贖うため。
 あの夜。ただひとつの幸いを追って世界を渡った兄を見送った後、彼はとある存在――黄金に告げたのだ。
『お兄ちゃんはいずれあなたに追いつくでしょう。そしてただひとつの願いをかなえて幸いを得る。でも、あなたは人の敵であることが宿命です。幸いはきっと長くは続かない。そのとき、僕はそこにいたいです。お兄ちゃんの心を守る盾として』
 黄金は兄を追って世界を渡らんとするアルマにひとつの策を与えた。この世界との絆強きアルマを送り出すことは不可能。しかし、アルマの半ば、すなわち精霊の加護なき“魔王”の魂ばかりであれば、為せるやもしれぬ。幸い、魂を収めるための器は――
 ひとつの魂を分かつ。それはまさに想像を絶する痛みと、それ以上にかけがえない自分の半ばを喪う悲哀をアルマとアルマへもたらした。しかし、ふたりは互いを、渾身の力で引き剥がす。やめることも戻ることもしないから、せめて未練に溺れるより速く終わらせよう。
 果たして分かたれた己の半ばたる守護者へ、受肉した魔王は強く告げた。
『僕はお兄ちゃんを守るです。ずっといっしょに、どこまでも行くですから』
 対して守護者は薄笑みをうなずかせ、彼を送り出す。
『僕は守護者として、この世界と大切なみんなを守ります。ですからお兄ちゃんの幸いはお任せするですよ』
 もしこの世界へ戻れたときは――そんな話をしなかったのは、互いの後ろ髪を引かぬためだったのだろう。
 そしてそれは正しかったのだと、今にして思う。

「あたしは状況、まだしっかりわかってるわけじゃないんだけど……いっしょだよ。今度こそ返す。借りたものに利子つけて」
 アルマの双子の妹たるソフィアは、彼らの“兄”が堕落した両親を誅した夜に決意した。今はなにもできない子どもでも、いずれ“兄”へ贖うのだと。そのときまで己を潜め、弱い妹を演じ抜く。――そのことが彼女の天賦を開き、天才的な演技力とそれによる観察眼を与えたのは皮肉か、それとも僥倖か。
 かくてたゆまず修め磨いた技と業(わざ)に才を併せ、充分な経験を積んだ彼女だったが、“兄”の旅立ちとその理由を知り、衝撃を受けることとなる。
 うれしくはあったのだ。ついに“兄”が自分のためにだけ生きようとしていることが。しかしそれ以上に悔しかった。あたしはまだなんにも贖えてない――!
 このまま、“兄”の幸いを願うだけの弱い妹で居続けるのか? そうあることを望まれているのだろうし、そうするべきなのだろうが、しかしだ。
 兄貴はあの人の幸いが長く続かないって言ったけど、だったらあたしがその次に繋ぐよ。どうしたらいいかなんてまだわからないけど、それでも! あたしは今度こそ、あたしの手で、大切な家族を助けるから。
 かくて八方へ手を尽くした彼女だが、世界を渡る手段は見つからない。しかしその中で気づいた。アルマがその存在力を半ば減じていることを。そこでいくらか探りを入れ、確信するのだ。彼がなんらかの方法で“兄”を追ったのだと。
『あたしも行く。方法があったら教えて』
 自分と同じ方法は使えぬことを前置いて、アルマは妹へ告げた。
『精霊力の反発。それを応用すればあるいは』
 世界の形が生まれる源、海。その底には今なお星の奥で燃える熱を噴き上げ、新たな陸や命を生み出し続ける精霊力のるつぼが存在する。その噴出に己が精霊力を反発させられたなら、世界の外までも飛び出せる推進力が得られるはず。
 魔法使いとして名を馳せるソフィアならば実現できるかもしれない、唯一にして無二の方法ではあったが。
 莫大な精霊力の噴流に耐えきれなくなった瞬間、彼女は体ばかりか魂まで泡と解(と)かされ、霧散するだろう。しかし、成功できたなら“兄”やアルマのように一部ではなく、すべてを保ったまま異世界へ行くことができる。
『上等!』
 こんなことで消えちゃう程度なら、あたしって存在には意味も価値もないってことだ。そんなことないんだって、あたしの今までと今とこれから、全部賭けて証明してみせる!
 果たして彼女は賽子ならぬ自らをるつぼへ投じて賭けを打ち、勝った。ただひとつ――ただしなによりも重い制約を負うことを代償に。


「ま、素直と無邪気は兄貴のチャームポイントだよね。あたしはちょっと、真似できないかなー」
 できるでしょう、それが真似なら完璧に。そんな言葉を飲み込んで、アルマはソフィアへ感慨深い目を向けた。
「わふふ。僕には僕しか装えませんです。だからフィーもフィーを演じればいいですよ」
 あの夜までのことしか知らぬ彼には、妹がどのような苦難を超えてこの世界へ来たものかはわからない。演技というものに通じてもいないから、推し量ることさえ。
 しかし。彼女が支払った代償が途轍もなく重いことだけは知れるのだ。それは双子だからこそのシンパシーか。
 きっとそれだけではないですね。僕たちふたりが払った代償が同じほど重いからわかる……そういうことなんだと思うです。
 一方のソフィアも同じように思い至っていた。
 兄貴とあたしは「いっしょ」なんだ。だからもう、独りでがんばらせないよ。だってあたしはここに来た。ひとりぼっちがふたりぼっちになっただけかもしれないけど、それでも。
「あたしはあたしだよ。裏表の裏は見せないようにしてるってだけ。兄貴には隠しようもないし、裏側丸出しだけどね」
 双子の兄は自らが演じた悲哀をけして語りはしない。ひとりで抱え込み、噛み締めるばかり。それこそが、たったひとつの冴えたやりかただと知っているから。あの夜、“兄”がそうしてくれたように。
 だからソフィアも語っているふりをして語らない。表情に滲ませず、声音に映さず、しぐさに垣間見せもしない。完璧な演技ですべてを抑え込み、笑むのだ。
「はいです」
 双子の妹を誰より理解しているアルマは、なにも察していないふりをしてほろりと笑みを返す。
「わふ」に象徴される犬性はそれこそ彼の天賦だが、同時に埒外の知性をも備えた彼もまた、真を隠して装うことには長けていたから。
 フィーとふたりなら、僕はなにを恐れることなく僕を全うできるですよ。でも。
 フィーはお兄ちゃんや僕とちがって、そのもののフィーとしてこの世界に来れたです。だからこそ僕は、フィーには贖いの生じゃなくて自分の幸いを見つけてほしいって思うです。それがものすごく難しいことなのはわかるですけど、それでもです。
「兄貴、あたしのことは心配してくれなくて大丈夫だからね」
 ふと投げられたソフィアの言葉にアルマは苦笑する。そうやって自分の先に釘刺しちゃうの、よくない癖ですよ。
「わふー。フィーは僕の本心じゃなくて空気読んでくださいです」
 言いながら、アルマは心に沸き立つ妹への万感を鎮めにかかった。彼女に隠し通すことはそれこそ凄まじく困難だから、考えないようにするよりない。ないのだが。
「言わぬが花とは言うですけど、思わぬが花はちょっと難しいですよ」
 ソフィアは笑みを打ち寄せる波へと向け、うなずいた。
「花を咲かせるのは、ほんとに難しいからね」
 互いに言わないことがあり、言えないことがある。本当の有り様を知る同士でありながら、そうあることを花と思い定めなければならないことはたまらない苦痛だったが……遣り果せなければならない。自分を尽くして最後まで。
 あたしは演じきるよ。泡になって消えちゃうそのときまで完璧に。
 と。笑みの裏でソフィアが心決めたそのとき。
「……そろそろ僕、保たなくなりそうかもです」

 しるしるぽん! アルマの涼やかな長身が見る間に縮んで押し詰まり、もっちりきめ細やかな二頭身半へと形を変えた。
「わふー、むずかしいおはなしはエネルギーをつかうので、しょうもうがはげしいです」
 むふぅと息をついたもち犬を抱きあげ、ソフィアはぎゅうと抱きしめる。
 アルマが余力を残していながら、「言わぬが花」を体現するためにこの姿へ戻ったことはわかっていた。そうなればソフィアも弁えてみせるよりない。
「もうちょっと散歩する? でも、そろそろ拠点に帰ろっか。カップルさんのお邪魔になったりしたら申し訳ないし」
 このとき彼女は隠していた。帰りたい、本当の理由をだ。
 彼女はこの世界へ来るため、海へ身を投じた。潮が満ちてくるにつれ、思い出すのだ。そこで喪い、得たものを。
 あたしがあたしのするべきことを全うしたらきっちり返すよ。だからそれまで、あたしを連れていかないで――
「そういえば兄貴、竜尾刀で縛られてないと散歩できないんだっけ?」
「いえあれは、いつなんどきナイトメアがしゅつげんしてもいいようにっていう、ごよーじんです。ぼくはおてをつないでいただくだけでだいじょーぶですよ!」
「でもちゃんと繋いどかないと兄貴、あっちにきになるにおいがあるですーとかって走ってっちゃわない?」
「わふわふ、それはもうまっしぐらですね」
「いい笑顔で言い切ることじゃないからね?」
 アルマはソフィアに抱えられたまま、ソフィアはアルマを抱えたまま、砂浜からアスファルトに覆われた町へと戻りゆく。
 装う兄と演じる妹は、互いに真を語ることなく今度こそ守りたい“兄”の元へ還りつき、そして花を咲かせるのだ。


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2020年08月31日

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