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『二人の距離』
桃李la3954


 桃李(la3954)は謎のステップで廊下を歩くグスターヴァス(lz0124)を見つけると、音もなくするりと近寄った。
「やあ、グスターヴァスくん。元気そうだね」
「こんにちは桃李さん。お元気ですか?」
「元気だよ。元気すぎて商店街の福引きで一等当てちゃった」
「おめでとうございます」
「ありがとう」
「景品は何だったんですか?」
 グスターヴァスが首を傾げて尋ねると、桃李はごそごそと懐を探った。チケット封筒を取り出す。
「温泉旅行ペアチケット。果物狩りも出来るんだって」
「あら、良いですね。ペアって一人で二回行けるんですか?」
「グスターヴァスくん」
 桃李はにっこり笑ってグスターヴァスの肩を叩いた。
「どうして俺が一人で行くと思ったの?」
「え?」
 首を傾げる相手に、桃李は着物の袖で目元を覆った。
「俺は折角だからグスターヴァスくんと行きたいなって思ったのに……グスターヴァスくんは温泉旅行ペアチケットを見ても、俺と行くって言う発想はなかったんだね……」
 よよよ、と、誰がどう見てもわざとでしかない泣いた真似に、グスターヴァスは狼狽えた。
「いや、だって! 桃李さんが当てたチケットになんで私がただ乗りすること前提なんですか!?」
「それで」
 桃李はすぐに泣いた真似をやめた。再びにこりと笑い、
「行くのかい? それとも……俺の誘い、断るの?」
 そう迫られたら、グスターヴァスが断るわけにもいかず──そうは言っても断る理由もなかったのだが──二人旅を了承することになったのであった。


 桃李の押しに戸惑っていたグスターヴァスであるが、当日になると大変ウキウキしていた。大きな荷物は先に宿へ送っている。宿に行く前は「果物狩り」が予定として組まれている。
「果物って何を狩るんです?」
「桃だって。俺、桃好きなんだ」
「良いですねぇ」
 二人は旅行会社から渡された資料に書いてある路線図に従い、在来線の乗り継ぎをして果樹園に辿りついた。家族連れやカップルが多い。
「俺たちってどう見えてると思う?」
「変な男二人連れでは?」
「そうかな? 俺はまともな一般人なんだけど……」
「私だけが変な男みたいに言わないでください」
 なお、本日のグスターヴァスは私服なので、見た目だけなら普通のアメリカ人男性である。
 受付で名乗ると、簡単な説明を受けて中に通された。桃の香りが漂っている。
「桃が木になってるところ、初めて見ました。こんな風になってたんですね」
 グスターヴァスが興味深そうに眺めている。
「俺、取るから、グスターヴァスくん籠持っててよ」
「わかりました」
 桃は手で簡単にもぎ取ることができる。低い所にある桃は、桃李がそのまま手を伸ばせば届いた。木からもぎると、桃の甘い香りが漂った。いくつかもぎってから、試食コーナーに移動する。
「切り分けてあげる」
「やったぜ」
「丸かじりもできるらしいけどね、桃は汁が多いから」
 溢すとベタベタになっちゃうよ、と笑いながら桃李は桃を切り分ける。グスターヴァスはお行儀良くして待っていた。
「召し上がれ」
 桃李は、切り分けた桃をグスターヴァスの口元に差し出した。口を開けと言う事だろう。グスターヴァスは雛鳥の様に口を開ける。桃李はその中に果肉を差し入れた。
「美味しい?」
「はひ」
 指先まで口の中に押し込まれたグスターヴァスはもごもご言いながら頷いている。
「それなら良かった」
 桃李はにっこり笑うと、自分の分の桃を食べ始めた。


 温泉宿に到着すると、グスターヴァスは畳の部屋が物珍しいのか、さすったりしていた。大分時間が経っているらしく、藺草の匂いはもうしないけれど、異国情緒を感じているらしい。
「和室なんて滅多に来ませんからね」
「ふふ、そうだろうね。お風呂行く?」
「行きましょ行きましょ」
 大浴場は露天風呂だった。夏の終わり、夕方は少しだけ涼しい。桃李とグスターヴァスの二人連れはよく目立ったが、二人ともお構いなしで景色を楽しんでいる。
「ああ、夕焼けが綺麗ですねぇ」
「さっきの果樹園があっちの方だね。見えるかな?」
「どうでしょう?」
 グスターヴァスは桃の香りを感じて何気なく横を見た。桃李の顔がすぐ近くにある。
(ち、近い……)
「どうしたの?」
 こちらの戸惑いに気付いたのか、桃李が首を傾げた。グスターヴァスはしどろもどろになりながら、
「ちょ、ちょっと近すぎやしませんか?」
「そうかな? もし近かったら、何か困るかい?」
「困りませんけどぉ……」
「ふふ、グスターヴァスくんは面白いね」
 耳飾りを外して、前髪を掻き上げた桃李は印象が違って見えた。

 その後も、桃李の「なんとなく距離が近い」は続いた。思えば、果樹園で桃を手ずから食べさせたあたりから、それは始まっていたのかもしれない。困惑しているだけで、別に桃李が近い分には何も文句のないグスターヴァスはそれ以上指摘も抗議もしなかった。
 部屋に運ばれた料理に舌鼓を打つ。食事が下げられて、寝るまでの間、何気なくついているテレビを見ていると、やはり桃李がすぐそばに座って笑っていた。
(桃李さん、どうしちゃったんだろう)
 とは言え、思えば、桃李と二人で個人的に過ごすと言う事はあまりなかった。ライセンサー業でペアを組む事はあるが、プライベートとなると他に何人もいてゲームするだとかの集団行動で、桃李とこうやって二人っきりでのんびりすることはない。服を選びに行ったことはあるけど、用が済めばすぐに解散だ。
(たまにはこう言うのも良いんでしょうかね)
 時計の針が進む。その内眠くなって、二人は布団を並べて敷いた。


「桃李さん」
「うん……」
「朝ご飯の時間終わっちゃいますよ」
「ううん……」
 翌朝、先に起きたグスターヴァスが桃李を揺さぶると、彼はむにゃむにゃ言いながら布団を被り直した。
「起きてください」
「ん……あと五分……」
 寝起きの低く掠れた声で請う。
「さっきも言いましたよ。とりあえず起き上がりましょう」
「おこしてくれるかい……」
 桃李は布団の中から手を差し伸べた。
「仕方ないですねぇ」
 グスターヴァスが笑いながらその腕を取ると、桃李は一旦起き上がってから、据わりの悪いオブジェみたいにばたんと倒れた。グスターヴァスの方へ。
「まだ眠いんですか?」
 抱き留めながらグスターヴァスが問う。
「うん……あと五分、あと五分だけ……」
 グスターヴァスはもたれかかる痩身の青年を抱きかかえて、言うとおりの五分間、そのままでいた。
 まだ少し、桃の香りがするような気がしたけど、多分気のせい。


「グスターヴァスくん、抱き起こしてくれたの?」
「桃李さんが寄りかかってきたんですよ……!」
「そうだっけ?」
 寝癖でぼさぼさになった長い髪の毛を整えながら、桃李は首を傾げた。どうやら、寝ぼけている間のことは忘れているらしい。そこから先の支度をさっさと済ませると、朝食を食べに広間へ向かった。
「今日は一日フリーだけど、行きたい所ある?」
 やっぱり桃李はグスターヴァスに対して距離が近い。
「桃李さんの行きたいところで良いですよ」
 連れて行ってください。グスターヴァスが言うと、桃李は笑って頷いた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
グスターヴァスと距離の近い桃李さん……!? 果物狩り……!? 取った果物の匂いさせてる桃李さん……とか色々ぐるぐる考えていました。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年09月02日

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