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『弁えない姫と弁えたおじさんと波打ち際』
音切 奏la2594)& 狭間 久志la0848

 音切 奏(la2594)はがーっと砂浜を駆け抜けてずぞーっと急ブレーキ、波をがっさがっさ蹴立てて仁王立ちを決めたと思いきやくわっと振り向き――
「海ですわーっ!!」
「とりあえずだ。なにやらかしてくれたのか、そいつを説明してもらえるか?」
 奏から3スクエア、つまりは15メートルの後方に立つ狭間 久志(la0848)は、難しい顔で彼女に問う。
「え? 海を見た瞬間うきうきが止まらなくて駆け出しちゃった私は波に足が濡れちゃって大慌て! あわあわしつつも『あ、あの方にこんなとと見られちゃってはしたないですわよね! だってでもでもあなたといっしょの海なんですもの! 浮き足立つのはしょうがないですわよね!?』って思った瞬間抑えきれないうれしはずかしに突き上げられてぐるぐる! ああそういえばいつも下ろしている髪を上げてうなじも見えちゃってますわねどんな風に見えてますのかしらかしらかしら!? と、そういうの全部ひっくるめてかわいくごまかしちゃいましたのですわの図ですけど!」
 そうか。奏は奏で、効果とか演出とかってのを考えてはいたんだな。久志は苦い顔をうなずかせ、
「うきうきが止まらねーのはまあいい。だけどまず、女子は全力移動で海に突っ込まねー。足が濡れたからって砂に足蹴り込んで急ブレーキかけねーし、波も蹴立てねー。なに考えるかってのは奏の自由だけどよ、全部ひっくるめたり仁王立ちからくわっと振り向かねーんだよ。あと普段のおまえ、そこまで“ですわ”口調じゃねーだろ」
 実にていねいな久志のツッコミに対し、奏はぐりっと顔を横に倒し込み、「姫ですわ?」。
 小首傾げたかったんだろーけどな。息をついた久志に、奏はぐっとサムズアップ、そして。
「ご鞭撻ありがとうございますわ!」
「そういうとこだぞ奏」

 ちなみに今日は、奏が意中の人と海に行くための練習日だ。
 そしてこういうときにこそ頼られるのが、久志という男である。
 ま、17歳からしたら25歳の俺なんざおじさんだし。安心して甘えられるんだろうさ。
『これで勝利は約束されましたわ! 久志様、どうぞよろしくお願いいたします!』
『はいはい』

「うう、なにがいけませんの私」
 と、泣き言を漏らす奏の姿はといえば――
 ナイトメアとの戦闘でナチュラルに鍛えられ、きゅっと引き締まった肢体とそれを飾るビキニ。
 普段は結わえず流している長い髪を後ろで束ね、わざと見せたうなじ。
 悪くないどころか、とても綺麗だ。
 ただ、色気のほうが難しい。なんというか、「俺がいなくちゃダメなんだ」と男心に刺さる女子的な弱さがない感じ。
 そんな久志の感想をよそに、奏は砂へ貫手を突き込んで貝を掘り出しつつ。
「貝集めて耳に当てたら女子っぽいですわよね!? ――あ。海の音がしぎゃー!」
「集めるのは貝殻だ。生のやつ狩るなよ」
 貝に耳たぶを挟まれ大騒ぎする奏の救出へ向かう久志である。

 うまくできませんわなにひとつ!!
 奏は痛む耳たぶを海水で冷やしつつ噛み締めた。
 権謀と術数逆巻く宮殿の喜劇あるいは悲劇を華麗にして凄絶なステップワークで踏み越えてきた彼女だが――世界でいちばんかわいく、美しくあることは、自身が演じた奇蹟をはるかに超えて難しい。
 思うままにならないものは、もう二度と見なくていいよう消してしまえばいい。そう思っていられた頃の私は幸せだった。でも、私がどうなっても消えてほしくない人が現われて、それから私はずーっと不幸せで。
 大切なものは自分を縛る鎖になる。故に戦う者は大切なものを作ってはならない。いやというほど学んできたはずなのに……これほど自分が弁えられてなかったとは。
 と、奏の心に久志の仏頂面が浮かび上がる。
 困ったとき、つい頼ってしまう年長の友。彼は取りつく島もないような顔をしているくせに、話を聞けば聞き返すよりも先に手を伸べてくれる。
 久志様は誰より弁えておられる方だから……弁えられていない私は安心して甘えてしまう。兄、という感じなのかしら? うん、きっと私は、久志様にとって手のかかる妹のような……って思うとなにやらムカつくのはなぜでしょうね。
「久志様、貝殻ですわね!?」
 胸中へ舞う思いの千々を振り払うように声を張り、奏は内から貝をつまみ出し、追い出した後の貝殻を耳に当てた。
 海の音はしない。聞こえるものはただ、自分の心臓の鼓動、鼓動、鼓動。
「だからって中の貝、追い出すなよ」
 あきれた久志の言葉に精いっぱいの空元気を乗せて返す。
「ご鞭撻ありがとうございますわ!」
「うん、そういうとこだぞ」


 浜にひとつきりの海の家、その一席で奏と久志は向かい合う。
 ここでの練習は、海らしい昼食の選びかたと取りかただ。
「カレー、ラーメン、焼きそば。私の品を保って引き立てる品と言えばなんでしょう?」
「キツい三択だな……とりあえずスプーンひとつで食えるカレーにしとけ。ラーメンは汁が面倒だし、焼きそばは青のりかかってるしな」
 ちなみに久志は迷わず、ビールと相性最高な焼きそばである。
「久志様っ! 選択の余地なき私を見ていながら、ご自分はお好きなものを選ばれるなんて!」
 運ばれてきた具のないカレー、その熱さと塩っぱさに苦戦していた奏が、うまそうにビールを呷る久志へ噛みついた。
「ビール欲しけりゃハタチになってこい」
「ビールではありませんっ!」
 厨房へ駆けていってスプーンと割り箸を持ってきて、スプーンを久志へ、割り箸は自分へ。
「あれです。隣の芝生は青いのですわ」
「確かに青のりは青いしな」
 ひと口交換したいって普通に言やいいのに。漏れかけた苦笑を噛み殺して思う。奏には、そういった普通の女子的な経験が圧倒的に足りていないのだ。
 そりゃ練習、要るよな。よし、せいぜいお相手を務めてやるか。
「奏、ついでだし“あーん”の練習もしとくか?」
「あーん!?」
 思わずオウム返してしまったことを猛烈に悔やみつつ、奏はしっかりと背筋と首筋を伸べ、心を据えた。
 私は負けられない。真っ向から受けて立ち、斬り殺……骸を躙……えっと、とにかくあれよ!
 おもむろに、スプーンを握った久志の手首を鷲づかみ、カレーを掬わせてそれを自分の口へ。
「“あーん”なんで練習するまでもありませんので!」
 もぐもぐしながら胸を張る奏に、久志は生あたたかい笑みを左右へ振り振り、
「そのカレー、奏のやつだからひと口交換になってねーし、今の“あーん”でもねーから」
 ああ、やらかした。一瞬落ち込む奏だったが。
「ちょっぴり失敗失敗!! ですわねっ!?」
「だーから、そういうとこだぞー」


 その後もぎこちなくも力強い予行練習は続き、ついに日暮れの時迫る。
「締めの時間、ここで決められるかどうかが勝負だからな。うまくできりゃ、次の機会ってのが勝ち取れる」
 波打ち際を爪先でなぞるように歩く奏へ、後ろに続く久志が声をかけた。ちなみにこの歩くばかりの散歩、あれこれやらかした奏が「なにもしないのが最良」という結論へ辿り着いた末のものである。
「どう決めればよろしいのでしょう?」
 これまで失敗を重ねてきた理由は、自分でまずやってみたことにある。どうやら奏には女子を全うするだけの女子力が――あくまでも今のところはという注釈をつけておくべき事項でしかないのだが――足りていないようだから。ここは歯と耳と心を食いしばって久志の助言を受けよう。
「そんな睨むなよ。でも、女子からってどうやんだ? 男からだったら普通に誘うか? こうやって散歩してるとき、手ぇ繋いだり」
「手を繋ぐ、ですか」
 手を繋ぎに行く。確かにそれなら、女子でも普通にできるだろう。
 でも、しかしだ。
 男子から女子を誘ってほしい、リードしてほしい。それは奏の我儘なのだろうか?
 そういえば久志様もですわ! 年長者なのに兄のような存在なのに奏の素を知る男子なのに!
 そうです、久志様は私をもっと重んじるべきなのです。以前には私じゃない女子をお姫様抱っこしていましたし――お姫様抱っこ!!
「それこそ姫たる私にふさわしい、まさに私のために考案されたに等しいものですわよね!?」
「多分、心の声がダダ漏れてんだけどどうした?」
 訊いてくる久志に不敵な笑みを突きつけ、奏は自らの肢体で大の字を描いて立つ。
「久志様、私は姫です! 私はっ! 姫っ!! ですーっ!」
 猛烈で唐突なアピールに、久志は「あ、はい」、ぼんやりうなずいた。さすがに察せられなかったのだ。この展開を生み出した奏の心情が。だから、解答が示されるのを待つ。
「……黙って見てられるとはずかしくなりますけど!」
「わかった。見ないから続き頼むわ」
「そんな誠意のない振る舞いは断じて赦しませんけど!?」
 残念なことを吐き散らす奏へ、外した視線をやれやれと戻せば……奏がやけに神妙な顔をしていて、思わずとまどった。
「つまり。私ほど御姫様抱っこが似合う女子はいないのです。だって姫ですから。姫、ですから」
 久志には正直、奏がそれを強いる理由はわからない。
 ただ、必死であることだけはわかるから。両手を前に出し、低く告げたのだ。
「よし、いっちょ来い」
「久志様、リードがなってませんわ」
 逆にツッコみを入れつつ、奏はどんとその両腕に背を投げて。当然のごとくふたりで砂浜に墜落を決めた。
「私が重いのですかそれとも久志様がヘタレなのですか!?」
「奏、俺の首にしがみつけ。お姫様抱っこはな、お互い協力しねーとだめなんだよ」
 ああ、確かに。たとえばぐったりした怪我人を抱えて退くのは、鍛え抜いた騎士であっても相当に難しい。なるほど、協力ですのね。
「ご指導、ありがとうございます」
 そして今度こそ久志の首に手を回して自らの体重を支え、彼が立ち上がる瞬間に合わせて重心を上げて「ひょわっ」。
 久志が聞かなかったことにしていなければまたひと騒ぎあっただろうが、さておきだ。
 抱えられた奏は目をしばたたき、そっと久志を見上げたり、周囲を見渡したり。
「これが――お姫様抱っこ」
「気分はいかがです、姫?」
 訊かれた奏は淡々と平らかに、
「あまり密着してしまわないよう意識しているせいでバランスが取れず、腹筋が吊りそうです。あと意外にすることないのは辛いところですね。それからこれがいちばんの問題なのですが」
 ことさらに低く声を落として、
「男性に抱き上げられるなんて激烈にはずかしいですわ」
 あー、こりゃ俺がやらかしたか。
 秒単位で赤さを増し、ついに黒くなり始めた奏の顔をなるべく見ないよう努めながら、久志は己の気配り不足を悔いる。
 お姫様抱っこは女子の夢。それを奏の意中の相手でもない自分が、理由はあれど穢してしまった。もしかして俺、かわいい女子に相手してもらって柄にもなく浮かれちゃったのか。ったく、そういうとこだぞ。
 苦い思いを噛み締め、そっと奏を下ろしつつ、
「そうだよな。こればっかりは俺で予行練習することじゃなかったわ。マジで悪ぃ」
 が、砂の上に足を戻した奏は不機嫌な顔を久志へ振り向けた。
「そういうことではありません!」
「でも」
「そういうことではないのです!」
 じゃあどういうことなのか? 言っている奏にもわからない。わからないが、そうではない。それだけは確実にわかっていればこそ、もどかしくて。
「ともあれです! この醜態、私の姫としての威厳が崩れますので! このことは何卒ご内密にお願いいたしますわ! その……久志様にもご迷惑をおかけすることになりますし」
 これ以上久志に自分のなにかを押しつけたくなくて、それ以上に自分のなにかの正体を知りたくなくて、奏は強引に話を打ち切った。
「了解だ」
 短く応えた久志は、まあそりゃそうだよなと心の内でうなずいている。好きでもないおじさんにお姫様抱っこされたなんて、そりゃあ知られたくないだろう。女子の輝かしい未来のため、ここはひとつそっと身を退こうじゃないか。
 それにしてもだけどよ、奏ってまだ……知らねーんだよな。俺が言ってやるべきか? でも、お姫様抱っこといっしょな気もするしな。

 こうして自称姫と自称おじさんは、互いに言えぬ思いを抱えたまま帰路へつく。
 この練習がどのように生きるものか。真実を知った奏がどうなるものか。その後ろで久志はどうするものか。本番の日は、刻々と迫り来る――


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2020年09月02日

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