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『祭の夜の』
桃李la3954

 夜の路がしかし、今は煌々と照らされている。無数に連なる提灯のオレンジの明かりは、ただ明るいだけではなく、今この空間を普段とは別世界に彩っていた。
 普段は静謐なのだろう石畳の続く参道は今、幾つもの屋台が軒を連ね騒がしいフォントの商品名で賑わせていて。そして、その騒がしさに負けないほどの人手でごった返している。
 桃李(la3954)も、その中をゆっくりと進んでいた。何か目的があるのかと言えば、この雰囲気そのものなのだろう。興味を引くのは、屋台に並べられる商品以上に、この場を取り巻く人々だった。
 浴衣で歩く人々。はしゃぐ子供たち。甘い顔をした祖父母。常ならぬ空気の中にあって、普段と違う表情を、しかし自然に見せる人たち。そうした景色を眺め歩くのは暫くは退屈しなかったが、やがてそれらも、時間と共にありふれたものへとなっていく。
 ……と。「あっ……!」という、驚いたような声を聞きとめたのはそんな折だった。丁度自分の方へと向かってきたように聞こえた声に振り向けば、まさに自分の方へと真っ直ぐ向けられてる瞳がそこにあった。偶々方向が一致した、でもない。そこにいた少女の焦点ははっきりと桃李へと合わさっており、どこか呆然とした表情のまま、彼の元へと向かってくる。
 十代半ばほどに見える少女はそうして桃李の目の前へと立ち、すみませんときちんと礼儀を守ってから、こういう子を見かけませんでしたか、と尋ねて来た。
 桃李は暫く考えるそぶりを見せてから、スッ……と、薄く微笑を浮かべて答えた。
「うーん、浴衣を着た、高校生くらいの女の子、ねえ。それなら、確かに見たよ」
 少女が、飛びつきそうな勢いで顔を上げて桃李を見る。あまり期待はしていなかったのだろう、意外な答えに驚きもつれる舌が次の言葉を紡ぐ前に、桃李がにい、と笑みを深めて先を言った。
「……幾らでも、ね。例えば、今俺の目の前とか?」
 一拍の間を置いて。失態に気付いたのだろう。少女は掠れた声を漏らしてから、そうですよね、と肩を落とした。改めて、急に変なことすみません、と頭を下げて向きを変える。それから聞こえたのは、私がやってどうすんだ、という呟き。
 ……いや。
 いやいやいやいや。中々に、気になることだけして去ろうとしてくれるじゃないか。今度は、桃李が少女の背中を見つめる、その瞳は好奇に輝いていた。
「ねえ、ちょっと待って」
 遠ざかられる前に、こちらから声をかける。
「どうして、俺に聞こうと思ったの?」
 そう、まずはそこだ。どうやら友人を探しているらしい彼女は、明らかに桃李に狙いを絞って聞いてきた。偶々桃李が目に付いたから、ではない──まあ、こんな場においても一際目立つ装いなのは自覚はあるとしても、だ──、自分にこそ聞かねばならない、という風に。だが、桃李にはそんな心当たりはない。目の前の少女は初対面だし、桃李が少し前まで誰かと歩いていたというわけでもない。
 また振り向きなおすことになった少女は、やや言いにくそうにはしていたが、いきなり変な声のかけ方をしたという自覚、そして誤解の恐れはあったのだろう。桃李の巧みな誘導もあって、最終的には以下のようなことを話してくれた。
 先ず前提として。彼女の探し人、一緒に祭に遊びに来た友人というのは、「待ち合わせる」「合流する」といったことに対してだけは何故か毎回理解不能のポンコツぶりを発揮する子らしい。どれだけ懇切丁寧に待ち合わせ場所までの行き方を説明しても、ふとした拍子に別の道にそれてそのまま見当違いの場所に出る。仕方ないからこちらから迎えに行こう、と、今目の前に何があるか、と聞けば、エスカレーター、だの、黒いタクシーが止まってる交差点、あ、行っちゃった、だの、目印としてはおおよそ役に立ちそうにないものを、ただ本当に、だって目の前にあるから、と伝えてくるのだと。
 そんな彼女が今日も、やはり待ち合わせ場所にはやってこなくて。今回も半ばあきらめつつも完全ノーヒントよりましか、くらいの気持ちでまた、何か周囲に目立つものはあるか、と聞いたところ、その答えこそが──『着物を羽織った、すごく綺麗なお兄さん』。
 いつも通り、着物を着た男性なんて今この場にどれだけいると思ってるの、と叱ったんですけど、いつもはそれで気が付いて一応反省はするのに、今回に限っては、違うの、見れば絶対分かるから、と食い下がってきて──と。喋りながら、少女は今、まじまじと桃李を見ていた。その眼に浮かぶのは納得の色。成程、改めてやりとりを思い返してみれば、『見れば絶対に分かる』という主張については同意せざるを得なかったのだろう。……が。
「でも、俺はずっと歩いてきたからねえ。きみの友人が俺を見た場所は、ここじゃないと思うよ?」
 残念ながら、ランドマークとしてろくに役に立たない、という点に関しては今回も改善されていない。少女はまた、ですよね、と肩を落とす羽目になった。
 ……ふむ。
「少し、一緒に探してみようか。俺がはっきり目に付いた、という事は、俺が暫く立ち止まっていた場所なんじゃないかな」
 ふと気付けば、そんなことを申し出ていた。少女は恐縮していたが、良いから、と言って、返事を待たずに先導するように歩き始めると、結局、やや遅れてついてきた。
 何故こんなことを、と、自分でも考えてみるに、面白い話が聞けたお礼……というのは勿論あるが、正直なところ、好奇心だろう。ここまで聞かされたら、ぜひとも一目見てみたいじゃないか、そんな珍獣お嬢さん(失礼)。
 そうして。
 自分はいったいどこで足を止めたのだろう。一体何に興を向けたのか。それを振り返りながら歩くというのも、やってみれば悪くなかった。狭い水槽を泳ぎ回る赤と黒の小さな命たち。出来たのまだまだだのと言い争う型抜き屋の少年と親父。過程からは完成が予想できない飴細工の職人芸。成程、成程。そうやって思い返すうちに、思い出してきた──スマホを手に何故か、これしかない、とでも言いたげにこちらを凝視していた少女!
「……もしかして、あの子じゃないかな?」
 絶対にじっとしていろ、とでも厳命されたのだろう、不安そうに足元をもぞつかせながらも我慢しているような浴衣姿を見つけて指さすと、後ろをついてきていた少女はああー! と声を上げて駆け寄っていく。再会の安堵に、少女は友人と二言三言と言わずにおれない言葉をかけるのに夢中なようだ。こちらの存在を忘れている訳では無いだろうが……と。
 また何か、ふと思いついて。桃李は笑みを──知人からは何故か、『底が読めない』『胡散臭い』と言われるその顔だ。全く、失礼な話だ──浮かべて踵を返した。それから、まるで実体を無くしたかのように滑らかに足早に人混みをすりぬけ、あっという間にその場を離れていく。
 振り向き自分が居ないことに気が付いたら、少女たちは今夜の体験をどう思うのだろうか? 煌々と橙の灯る、神仏のおわす元、非日常のこの空間で。
 参道を行くと、やがて石段の前へとたどり着く。屋台の並ぶ賑やかな灯りはそこで途切れ、静かな光が等間隔にぽつぽつと灯るのみの光景は異なる空間が繋がっているように思わせる。その手前には、大鳥居。
 くすり、笑って。
 今宵一つの不可思議になった桃李は、境界を、またいでいった。









━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
凪池です。この度はご発注有難うございました。
おまかせノベル感覚で、とのお言葉に甘え、本当に好きにさせていただきましたが大丈夫でしょうか。
初めは、馴染みの浅いPCさんにちゃんとネタが思いつくか……? と不安になり一晩ノミネートを保留させていただきましたが、「祭の夜っていうと不思議なことが起きそう」「でも桃李さんなら巻き込まれるより起こす側の方がお似合いか?」と思い至り、このような形に纏まりました。
演日、というとっかかりがあって非常に助かった形ですが、最終的にはとても楽しんで書かせてもらいました。そちらも楽しんでいただけたら幸いです。
改めまして、ご発注有難うございました。
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凪池 シリル クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年09月02日

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