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『ドラマ「コールド・ロータス」シーズン3 第8話「暴力は人の形をしている」』
柞原 典la3876


 柞原 典(la3876)が、ナイトメアの攻撃を受けて昏倒したとき、相方のヴァージル(lz0103)は別の持ち場にいた。連絡を受けて駆けつける。
「典、大丈夫か?」
 揺さぶるが、起きない。呼吸と心拍は正常なので、恐らく眠っているだけだろう。ナイトメアは残りのライセンサーたちですぐに片付け、典は救急車で病院に搬送する。
 検査の結果、異常はなかった。目を覚ますまで病院で寝かせてくれると言うので、ヴァージルはそれに付き添った。そこまでは良かった。いや、良くはないが、普通にライセンサーとして依頼を請けていればあり得る範囲のことだった。
 問題なのは典が目を覚ましてからだった。

「誰や、あんた」
「俺だよ! ヴァージル・クラントンだよ!」
「……?」
 様子がおかしいことは明白だったので、すぐに医者を呼んだ。診察の結果、ヴァージルに告げられたのは、記憶と精神が五歳程度に戻っている、という事実。
「何ですって?」
 体は成人のままですが、記憶と精神が五歳程度です。数日で戻るとは思いますが、一人にはできません。ご家族に連絡を。
「連絡の取れる家族はいません……」
 前にも言ったぞこれ。
「とりあえず、彼の家を知っているし、上がって看病したこともあるので俺が連れて帰ります」
 突然中身だけ五歳児になってしまったというのは大変衝撃的なことではあったが、ヴァージルは正直なところ、五歳の典に興味があった。元に戻ったら弄ってやろうと思って病室に迎えに行く。今、あんなに俺のことからかってくるんだから、五歳の時はさぞややんちゃで……。
「……」
 全然やんちゃじゃなかった。
「どうしたんだよ。ほら、帰るぞ」
「どこに?」
「お前の家だよ」
「……?」
「良いか、よく聞け。今は五歳までの記憶と自覚しかないかもしれないが、本当は二十八歳。望んで相手の合意が取れれば結婚だって出来る歳だ。ちゃんと自分で金を稼いで、一人で暮らして生活してる。その家に帰る。俺は二十八歳のお前の相棒だ」
「……さよか」
 警戒とも怯えとも人見知りとも違う、温度のない視線。ヴァージルの印象で一番近い言葉を当てはめるなら。
 諦念。


 スマホで撮った写真なども見せながら二人の関係を説明し、面倒を見ることをひとまずは納得させた。諦めた様に溜息を吐かれる。ヴァージルの知る五歳児と違う。
 いや、知らないでもない。治安維持の仕事に就いていれば、こう言う状態の幼児を見ることは少なからずあった。
 典が若いころから、いくつかの意味での「暴力」を受けていたことは知っている。それがこの年齢か、それ以前からだったのかと思うと、知らず眉間に皺が寄った。
 触るのも距離を詰められるのも嫌がるので、少し離れて後ろを歩いて一緒に帰る。前を歩くと知らない内にいなくなりそうに思えたのだ。アパートに戻ると、荷物を置いて、
「とりあえず、飯は買ってくる。鍵貸してくれ。俺以外の奴が来ても絶対開けるなよ。何が食べたい? 俺の奢りだけど」
「……なんでもええよ」
「そうか……」
 とりあえず、レトルトのカレー(甘口)と惣菜屋のサラダを適当に買っていく。この前看病に来たから、食器の在処は知っていた。典は出された物を大人しく食べていた。その間も会話と言う物はほとんどなく、
「美味い?」
「……うん」
「辛くない?」
「……うん」
「そうか……」
 食器を片付けていると、知らない間に風呂に入って上がっていた。この頃から自力だったらしい。
 知識だけで知っていた典の過去や、彼が受けていた被害が生々しくそこにある。血の気が引く思いだった。
 典の安心が一番だが、恐らく、今の彼にとってヴァージルは安心の形をしていない。判断は保留で、おそらくは暴力の形を取ることを予想されている。ヴァージルも専門家ではない。あまりにもこの状態が続くようなら、カウンセリングなどのケアを手配した方が良いのかもしれない。


 典をベッドで寝かせ、自分はSALFで手配してもらった寝袋に入って寝ると言う生活も、三日目に入った。この日も典は一人で風呂に入って、布団に入ると丸くなって寝てしまった。ヴァージルも他人の家ではやることがないので、早々に就寝したのだが……。
 夜中になって、呻き声で目が覚めた。典がうなされているようだ。
(典? どっか苦しいのか? 熱出した?)
 慌てて起き上がり、ベッドに近寄ると、
「……ん……で……」
(ん?)
「……触らん、で……」
 ぞっとした。「叩かないで」ではなく、「触らないで」。当時、彼の周りは五歳児に何をしたんだ? そう考えると怖くて仕方ない。
「大丈夫か?」
 少し迷ったが、背中をさする。
「安心して良い。ここにはお前を害するものは何もない」
 本人は何でもないように……むしろ、逆手に取っているのだと言わんばかりに振る舞っているけれど、少年の典にとっては心の傷であったに違いない。
 癒えぬまま大人になったのか。
 けれど、過ぎた年月は取り返しが付かない。ヴァージルに出来ることはもうない。今こうやって背中をさするだけ。それだって、たまたま典がナイトメアの攻撃で退行しなければ知りようのなかったことだ。
 しばらく言い聞かせて背中を撫でていると、落ち着いてきたのか典は静かになった。寝顔も穏やかになる。ヴァージルの手を掴んで、そのまま離してくれない。
(えっ、どうすんだこれ。添い寝して良いの?)
 朝起きたときに、信用ならない大人が一緒にベッドに入っていたら、それこそ心の傷になるのではないかと心配にもなったが、安心を求めるように掴まれた手を振りほどくのも気が引けて、ヴァージルはそのまま添い寝することに決めた。


(ぬくい)
 典が、独り寝ではあり得ない温度を不審に思って目を覚ますと、目の前でヴァージルがすやすやと寝ていて驚いた。あろうことか、自分の方が彼に抱きついて寝ている。
「……何やの、この状況」
「ん……? ああ、起きたか。ていうか、お前今何歳?」
「二十八やけど、何やの、この状況」
 改めて尋ねると、かくかくしかじかと事情を説明された。典はこめかみを押さえて息を吐き、
「はぁ、世話かけたなぁ」
「別に、大した世話してねぇよ」
「……兄さんにまた借りか」
「この程度のことを借りって言うな」
「逆に何なら貸してくれるねん。タダより高いもんなし言うから怖ぁてしゃーないわ」
「じゃあ、一般人のころにたくさん貸してもらったから、今返してると思ってくれ」
 苦笑した彼に背中を叩かれた。
(まあ、本音言うならもうちょっと手の掛かる子供でも良かったんだけどな。むしろ俺には世話焼かせてくれれば良いのに)
 相手がそんなことを考えているとは露知らず、典は怪訝そうに、
「何にやにやしとんの? やらしいわぁ。こわ」
「うっせ! とりあえず朝飯にしようぜ。パン買ってあるから……」
「ここ、誰の家? 順応性高いわぁ……」
 なおも世話を焼こうとするヴァージルに苦笑しながら、典はベッドから降りた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
ちょっとセンシティブなテーマで悩んだのですが、CLのヴァージルならこう言うだろうと。
最初「ソファで寝る」って書こうとしたんですけど、典さんのお部屋って多分ソファないですよね、と思って寝袋にしました。
余談ですが、典さんは、身の回りの異変は「不思議」ではなくて「不審」に思うかな〜というイメージがあります。
また、ヴァージルが「『連絡の取れる』家族」と言う物の言い方をするのもちょっとしたこだわりです。典さんが家族から連絡を絶たれた、というニュアンスで使っています。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年09月03日

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