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『接着剤も大切な素材』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

●始まりは一本の電話から
 シリューナ・リュクティア(3785)の元に一本の電話が掛かってきたのはその日の夕方だった。
 ファルス・ティレイラ(3733)に仕事を頼んだ人物からだった。
「どうしたのかしら?」
 ティレイラがきちんと仕事をしないとは思ってはいない。しかし、何か事件が起こったのでは、と考える。
 事件も多種多様ではあり、ティレイラが起こすことから、もらい事故まで。
 話を聞くところによると、魔法液が垂れたらしく、本人が固まってしまったというのだ。
「あなたこそ、どうにかできないのかしら? それだけ強力な接着液なら緩める液体もあるはずよ?」
 至極当然のことを返す。依頼人の口調からすると、容器の問題だったことが推測された。そうなると、そちらでどうにかできてしかるべきだ。
 相手は黙った。言い訳のような、現状を述べる。
 生物に使った場合は一定期間で魔法は解けることになっているとか、固まったとしても動けなくなるだけだとか告げてくる。
 その上、解除を早める薬剤がないというのだ。納品予定はあるが今日ではない。
「そうねぇ、そのままだとティレがかわいそうよね」
 シリューナは出かける。
 魔法液を無効化にするための薬剤や、魔法に必要なモノを持って。

●接着剤と竜の問題
 ティレイラは手伝いを頼まれた魔法液を運んでいた。それは樽のような容器に入っており、大きさも重量もある。
 竜の姿に戻り、それらを運ぶ。人の姿で運ぶよりも、早く終わる。
 竜の姿のなるのは。依頼人に許可は取ってあった。なにせ、竜になると必然的に大きくなる。羽や尾があるためだ。
 結構な量のあるその容器を、丁寧かつ早く運ぶ。倉庫の奥に順番に積んでいく。
 容器は丈夫なため、よほどの衝撃が加わらなければ壊れないとは言う。それでも丁寧に扱わない理由にはならない。
 中に入っているものは液体だ。運んでいる最中揺れているのが分かる。
 それが何かは容器に書かれている製品名を見て知る。
 接着液である。
(これが空気に触れると固まり出すんですね)
 容器が頑丈なのだから壊れることはないし、恐れることはない。
 ただ、ティレイラは不安を覚えていた。
(容器だって絶対じゃないですもんね……)
 過信は禁物として容器から漏れている場合はすぐに依頼主に声を上げた方がいいと考えた。
 そのほうが、依頼主にとっても、ティレイラにとっても良いことだ。
 ティレイラは順調に運んでいた。ただ、何か動きが鈍くなってくる気がしたのだ。
 おかしいと思って足元を見る。
 白く糸を引くものが見えた。
 ティレイラの脳内で警鐘が激しく鳴る。接着液は早く対処しないと固まり始める。
(まだ、範囲が少ないうちに)
 ティレイラは運んできたものを置くと、外に向かおうとした。
 その時、ティレイラの翼が容器に当たった。
 容器は宙を舞い、天井に当たり、ティレイラに降ってきた。それは破損しかかっていたものだった。
 その上、天井にぶつかりティレイラに当たることで、容器は完全に壊れた。
 中身はぶちまけられ、ティレイラは接着液まみれになる。ねっとりとした液体は動きをそれだけでも阻害する。
 このままではいられないため、ティレイラは依頼主のところに行こうとした。
 この液体を被る前にすでに少し引っかけていた部分が、固まり始めていた。それは足元だ。
 歩いて外に向かうにはかなり難しい。足が固定されることで、飛行にも影響は出る。
「ま、まだ、ゆるいはずです。動かせば、なんとか動けるかもしれません」
 固まりかけならば、動かすことでそれを鈍くする事もできると考えた。
「翼のはさっきので重くなってます。吹き飛ばしてしまわないと」
 ティレイラは急ぐ。翼が重くなるだけでなく、動きがおかしい。
「うっ、まさか」
 徐々に固まってきているようだ。
「あっ」
 頭に乗っていた液体が、顔の方に垂れてくる。首を振って落とそうとするが、粘着質なそれは、うまく飛び散らない。ティレイラから離れるどころか、垂れてまとわりつく。
 体中に付着した液体をどうにかしないと、像のように動けなくなる。
 動くのではなく、外にいるはずの依頼人を呼べばいいと思った。
 助けを呼ぶため口を開いたところ、液体が口の中に垂れてくる。
 垂れてくる前に助けを呼ぶ方がいいか、それとも口を閉じてから急いで移動するのがいいのか、迷った。
 本当に短い時間だったが考えた。
 それでも、あごの動きを鈍くするには十分だったらしい。
 まだ、動くのだから、声を上げようとした。
 垂れてきた液体は舌に絡みつきだした。発声がうまくできない。
 舌を動かしどうにかしようとしたが、接着液がより一層絡まる。
 考えを切り替えて、力のかけ方や動きの具合から、口だけの対処より、全身運動を駆使して移動することにした。
 足や翼を動かそうとした。
 一瞬動いたかもしれないが、角度が若干変わった程度のような気がした。
 尾が、地面に張り付いている感覚が伝わる。引き上げようとしたが先端が動いただけだった。そのせいで、動きが想定した物ではなく、尾が胴体についた気がした。固まりかけ同士が付くと固まるのは早い。
(固定されてしまっています!?)
 口に意識していた間に、固まるのが促進したようだ。
「うっ」
 舌はもう動かない。
 なんでこうなったのだろうか。
 ティレイラは反省する。
 自分を省みたところで、現状が変わらない。
 時が巻き戻るか、助けが来ない限り。
 嘆くしかなかった。

●像と言えば像
 連絡を受けてシリューナが来た。そして、真っ白な物体を倉庫で見た。
「この接着液、固められたヒトへの影響は」
 再度確認する。いくら問題ないと相手は言ったが、一般的に接着剤は体につくのは良くないものだ。
 依頼人は接着液の説明書をシリューナに渡した。ぱっと読み込んだシリューナは溜息を漏らした。
 かなり強力な物なため、安全第一である必要があるのは分かった。
 容器の強度も。
 ティレイラに頼んだのも、彼女が丁寧な仕事をするからだ。
 事件は起こったわけだ。依頼人の商品管理の問題なため、そこはきちんと文句を言っておく。被害者のティレイラだと言わないかもしれないから。
 依頼人が頭を下げたところで、シリューナはひとまず溜飲を下ろした。
 ティレイラの安全は確保されているとわかると、好奇心も湧いてくる。
「あらあら、オブジェみたい」
 どこか楽しげな声だった。
 いそいそと近づくと、ティレイラを観察する。
 床に伏したような姿であるが、接着剤ならではの状況も見受けられる。
 魔法や魔法の薬での硬直だと、固まった物はその物の姿となる傾向があるが、接着剤はそれ自体も残るためだ。
 そのため、翼を広げようとした場合、液体は体についてた物と線でつながり、重力を受ける。弧を描いてまとわりつき、中にはつららのように垂れ下がる。
 尾は動かそうとしたのか、弧を描いたまま固まっている。そのうえ、接着液は垂れて床についている物もある。人が作った置物で、支えを作ったかのようだった。
 魔法で作るオブジェとは違う。
 その液体の流れがそのまま生かされた、躍動感ある、素晴らしいオブジェだ。
「これは……」
 シリューナはそっとティレイラの肩に触れる。
 非常に硬い。なめらかさはなく、べたつきもしない。
「あらぁ」
 なめらかではないのは、固まるまでにティレイラが動いたからだろうと想像できる。
「それがこの固まり、具合で表現されるのよね」
 シリューナはそこから首に手を動かす。鱗のような手触りが伝わる。
 なめらかではないからこその、リアリティ。
 手はすっととがった顔に移る。
 目の位置は分かるが、接着液の影響で状況は分からない。目を覆うように垂れて固まってしまっている。
 シリューナの指先はティレイラの鼻に進む。眉間というべきか、鼻と目の近いくぼみの液体はたまり、垂れたようだ。
 重力で落ちて固まった液体の波打つ模様が手に伝わる。
「鼻の所はあまりついていないわね。……口はこれ、つっかえ棒? それとも、何かしらね?」
 竜は元々牙があるが、接着液が垂れて口の上と下をつないでいる部分がある。それが想像をかき立てる。
「慌てたのよね……」
 顔から今度は胴体の様子に移る。接着液の粘度が上がっていったことで、動きづらかったのだろうどうのねじれになっている。尾の先端は、足にぶつかる位置だ。
「これはどういう状況かしらね」
 突然止まるのと異なり、徐々に固まっていたのだろうことは想像できた。
 ティレイラには複数の動きが見られた。
 翼は早々に重みで固まっていったのかも知れないし、逃げようとして前足は上げて止まってしまったのかも知れない。さらには液体を振り落とそうとした筋肉の動きも分かる。
「爪の間にも……そうよね、液体を全身で浴びてしまったのだもの……。動けば動くほど変に固まるのよね……」
 シリューナは一通り見て回った。
 一通り見終わったに違いないと考えたのは、様子を見守っている依頼主だけだった。
 シリューナはさらに見て回っていた。

 ティレイラは時間の感覚は全くなかった。
 ただただ、眠りについているのと同じ感覚。体がだるいとこはない。
 動けるようになることを願うのと、反省と嘆きの繰り返しをするのだった。
 いつ、ティレイラが元に戻れるかは不明である。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 ふと思ったのは接着剤、現実社会において種類あるなぁと言うことでした。
 さて、シリューナさんとティレイラさん、発注、ありがとうございました。
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東京怪談
2020年09月03日

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