▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『叶うなら、そう口にすれば叶わないような気がして』
ヴィルマ・レーヴェシュタインka2549

 カタカタとリズミカルなときもあれば、唸り声が聞こえることだってある。
 どちらにしても無防備で、様子を見に来る度に目を見張ってしまう。
 違うのだと知っていても。
 同じだとわかっていても。
 何度繰り返しても、同じことを考えてしまうのだろう。

(冷めてしまうのじゃったな)
 バスケットの中身に視線をおろして、目的を思い出す。
 本来の役目を満たさなくなったドアはボロボロで、どうせ閉まらないならと開けっ放しだ。
 かろうじて残っている無事な部分でノックの音を響かせるが、やはり部屋の主はヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)を振り向くことはなかった。
 周囲の気配に無頓着なところはどうにかならないのだろうかと、最初こそ主張してみたのだけれど、それも適当に流され続ければ繰り返す気力もなくなっていた。
(プライバシーというものは気にならないのじゃろうか)
 個人として尊重されるべきだと親切心を向けた自分が馬鹿みたいだと思ってからは、周囲と同じように対応するよう努めているつもりだ。
 当人が気にしないならそのままでいい、というのが今は皆の共通認識になっている。
 いつでもこの作業部屋の中を見通せるほうが、何をやっているのか把握しやすくて都合がいいのだ。
 だから、ドアの修理計画が立つことは今後もないのだろう。この住居がワンルームタイプじゃないからこそ、それがまかり通っている。
「邪魔するのじゃ」
 返事が来るはずもなく、そもそも開放されているのだから入り放題だ。一応の礼儀は通したからと、慣れた足取りで目的の場所へと進んでいく。
「……」
 しかしバスケットの置き場所が見つからない。必要最低限の家具として置かれているテーブルセットの上には、新たに入手したのだろう資料が積み上がっている。
「また増やしたのじゃな」
 ため息が溢れるのはもうどうしようもない。書付や書物の順番が変わらないように気をつけながら持ち上げて、近くの棚の上に重ねておくことにする。
 重し代わりに乗せるのは、バスケットから取り出したキャンディ入りの小瓶だ。こうして目新しいものを乗せておけば、移動先を探す手間も省けていいはずだ。
 これも部屋の主であるヴォール(kz0124)に断りをいれずにやっている。集中している時にまともな返事が来ないのはわかりきっているからだ。
(それにしても)
 来る度に、どう考えてもヴォールの趣味には見えない小物が増えている。
(考えることは同じようじゃな)
 むしろ、相手が相手だから皆同じ行動になるのかもしれない。そんな結論を導きながら、場所を明けたテーブルの上にバスケットの中身を並べていく。
 まだあたたかさを残すミートパイを食べやすい大きさに切り分けて、フォークを並べて。
 魔法瓶に詰めてきたお茶をカップに注ぐ。自分用のカップは持ち込みだが、ヴォール用は簡易キッチンから出したものだ。流石に水回りはそれなりに片付いている。むしろそうじゃなかったら来る気も起こらなくなったかもしれない。
 すべての用意を整えてから、未だパソコン型のデバイス前に陣取るヴォールに近づく。
 足音を忍ばせるなんてことはしない。むしろわざとツカツカと音を立てる。
 求める結果にならないことはわかっていても、毎回やってしまう。
 このくらいでこちらを振り向くような精神構造なんてしていないのだ、この研究者は。
 だから延々と手指を動かし続けている男のすぐ横に立って、深く息を吸った。
「休憩の時間なのじゃが!!!」
 できる限りの大声を、至近距離で浴びせるのがヴィルマのやり方なのだった。

「……」
 耳を抑えながら振り向くヴォールの青には、間違いなく恨みがましい意思が籠もっている。
「ふん、さっさとこちらを向かないのが悪いのじゃ」
 衝撃が落ち着くまでは言葉が返って来ないことも知っている。
「そなた、また徹夜したのじゃろう、どれだけその隈と同居すれば気が済むのかえ」
 だからそれまではヴィルマの言いたい放題だ。
「無理をしろと誰かに言われたわけでもないのじゃろ?」
 抵抗が薄いのを幸いと、いつもどおりにテーブルセットへ誘導する。やりたい放題でもあった。
「……興がのったところだったのであるが」
 やっとヴォールから絞り出された言葉は意味だけを考えれば反抗の意思を示しているけれど、行動に現れるほどの勢いがない。
「今は我という客がいるのじゃから、休憩の時間なのじゃ」
 後ろに回り込み、勢いをつけて肩を押す。むしろ叩き落とすつもりでやっている。
「ぐっ……み、自らでもてなしの準備をするような汝が客であるとは、滑稽であるな」
「ここはそなたの暮らす場所であるのだから、我は必然的に客なのじゃ」
 当たり前に対面の椅子につけば、テンポよく続いていたはずの会話が止まった。
「……むぐむぐ」
「! 待つのじゃ、そなた手を拭いたかえ!?」
「……むぐむぐむぐ」
「そこでさらに押し込むとは、どういうことじゃ!」
 目を見張り一度止まってしまったが、慌てて用意しておいたお手拭き、ヴォールから一番近い場所に置いた筈が全く使われた形跡のないそれを手に取るヴィルマ。
「そなたが手を洗うのも面倒だというからわざわざ用意して……って、おかわりはあとじゃ!」
「むぐむぐ」
「飲み込む前に話そうとするでない!」
「……むぐ」
「溢れるのじゃ!」
 ため息をつく暇もない。仕方がないと、強引にヴォールの手をとり、乱暴な手付きで拭う。
「痛いのであるな」
「なら最初から自分でやるのじゃ」
「……ごくごく」
「どれだけ面倒くさがるのじゃそなた……」
 結局、ヴィルマが両の手を力任せに拭くに任せるだけ。その合間にミートパイの半分がヴォールの腹に消えていった。

「贄の対価であるが」
「別に何も、と言いたいところではあるのじゃが……我の分まで食らったのじゃから、何か頼むとするのじゃ」
 ミートパイの皿が空になって、お茶もそれぞれに最後の一杯だ。そうしようと思えばすぐに飲み干せるはずの温度だけれど、ヴォールが手を付ける様子はない。
「進捗報告ならしているのであるぞ」
「それはここで暮らす上での必要条件じゃろうが」
「……汝はよく報告をしろと喚いていたと思うのだが」
「そなたが規定の時間に報告をよこさないと、相談が……愚痴が届くから仕方なくじゃ」
「……」
 ヴォールの視線がどこか知らぬ方向へと逸れた。
「自覚があるのかえ」
「……報告書の作成時間など無駄なのである」
「偉そうにできる立場ではないと、知っているのじゃろうに」
「知ってはいるのであるが」
 少しの、間。
「「効率が悪い」」
「……ぐ」
「そなたの言いそうなことくらいわかるのじゃ」
 なぜなら。
 何度も聞いて、何度も抗い、何度も倒してきたのだから。
「……なればこそ、汝の望む対価は」
 ヴィルマの意識が回想に沈みそうになったところで、それまでよりも落ち着いた声が耳に届く。
「……そなたを」
「……」
「殴りたいという願いは、もう何度も叶えてしまっているからのう」
「汝は、魔術師だったと記憶しているが?」
「それだけそなたが憎らしい存在だということじゃ」
「……ぐっ」

「そなたが」
 青と青が交差する。
「その研究を完成させること……やはりそれが、一番じゃ」
 返事を待たずに、随分と軽くなったバスケットを抱えて。部屋の隅に置かれた素朴な木箱に向かう。
 空になった小瓶を回収して、そのまま、部屋をあとにした。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【ヴィルマ・レーヴェシュタイン/女/23歳/霧魔術師/そのひとときが、いつかの未来につながると】
【ヴォール/男/30歳/堕落者……?/求めた道とは違う形での、永久に近い何か】

このノベルは(ほぼ)おまかせ発注にて執筆させていただいたものになります。
シングルノベル この商品を注文する
石田まきば クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2020年09月04日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.