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『然るべき彼岸花・前』
白鳥・瑞科8402

 白鳥・瑞科(8402)は、教会で神に祈りをささげる。
 白魚のような両手を握り締め、目を閉じて祈りをささげる様子は、ステンドグラスの光に照らされた一枚の絵画のようだ。
 瑞科の後ろで、ギイ、と扉が開く。瑞科はゆっくりと振り返り、来訪者へと目を向けた。
 スーツを着た男だ。やせぎすで、目がぎょろりとしている。男は口ひげを携え、瑞科を見て微笑んだ。
「お祈りですか? それとも、懺悔を?」
 瑞科が尋ねるが、男は答えない。笑みを絶やさず、コツコツと足音をさせながら瑞科に近づいてくる。
「それとも何か御用でしょうか。神父様なら、今、席を外しておりまして」
 瑞科がそこまで言うと、男はぴたりと足を止めた。微笑んでいた顔を、ぐにゃり、と歪ませる。
「用ならある。お前に」
「ああ、わたくしに御用でしたか。どういった御用件でしょうか?」
「お前の血を、飲ませろおおおおお!」
 男が咆哮する。その途端、ばたん、と大きな音を立てて教会の扉が閉まった。
 血だ、血をよこせ、と笑いながら叫ぶ男を一瞥し、瑞科は「そうですか」と冷たい声で返す。
「一昨日きやがってくださいませ」
 瑞科の言葉に、男は咆哮をやめて睨みつける。それに対し、瑞科はただ静かに微笑んだ。
 さらり、と被っているヴェールが揺れる。


 □ □ □

 瑞科が所属する教会から依頼が来たのは、昨日の事であった。
 人類に仇なす魑魅魍魎の類や組織を殲滅することを目的とする、太古から存在する秘密組織である「教会」の武装審問官である瑞科は、様々な依頼を請けてきた。
 今回も、特に珍しくもない依頼だ。
「吸血鬼、ですか」
 依頼書には、町はずれに建っている教会に、たびたび吸血鬼が現れるとある。町で女性を攫ってきたり、派遣された教会のシスターを返り討ちにしたりしているのだという。
 そうして、吸血鬼らしく血を啜るのだと。
「これは、確かに面白くないですわね」
 瑞科はそう言うと、すっと立ち上がってクローゼットに向かう。
 クローゼットには、瑞科が戦うときの為の戦闘服が一式そろえて置いてある。
 それらがきちんとメンテナンスされていることを確認してから、瑞科は今着ているすべての服を、はらりと脱ぐ。
 滑らかな肌の上に、薄い生地の下着を着る。ぴたっとした布地は瑞科の艶めかしいボディラインを余すことなく彩る。豊満な胸も、きゅっとしまった腰回りも、ぷるんと丸く柔らかい臀部も。色っぽさに磨きがかかる。
 次に、つるっとした触感の黒い光沢があるラバースーツを着込む。これは耐衝撃性を持っており、内臓まで衝撃が行かないようにできている。
 腰回りにはコルセットを巻いている。腰を絞り上げ、胸を強調するのが目的ではなく、腰回りを護るための軽量で薄い特殊な鉄が仕込まれているものだ。
 それらを隠すかのように、修道服を更に着込む。全てを隠すのではなく、動きやすさを重視したためか、腰下まで深いスリットが両脇に入っている。
 露わになっている両脚には、二―ソックスを履く。美しい曲線を描く脚に通されたソックスは、むちっとした太ももの肉に程よく食い込む。
 ソックスの上に、膝まであるロングブーツを装備していく。同様に、手にはロンググローブをはめていく。
「これで、完成ですわね」
 瑞科はそう言い、純白のケープを肩にかけ、頭にヴェールをかぶせる。
 全身が写る鏡で確認し、瑞科は微笑む。
 これで、戦闘の為に赴く「白鳥・瑞科」の完成だ。いつも通り、美しく強い自分の姿に満足する。
「覚悟していただきますわよ」
 瑞科は形のよい唇に手を当て、ふふ、と笑った。

 □ □ □

 
 町はずれの教会は、古いながらも落ち着くたたずまいをしていた。ギイ、と音が鳴る扉を開けば、太陽の光に透かされたステンドグラスの光が床できらきらと煌めいている。
「素敵じゃない」
 瑞科は教会内部を見渡し、感想を告げる。ぐるりと中を回ってみるものの、特に何かしら仕掛けられている様子もない。
 ただ、所々に赤黒いしみが見られるだけだ。
「愚かしいですわ」
 瑞科は眉間にしわを寄せ、吐き捨てるように言う。
 せっかくの素敵な教会なのに、吸血鬼によってつけられた痕が、醜く見えて仕方がない。
「大体、吸血鬼のくせに教会の中で凶行に及ぶということ自体が、愚かしくて仕方がありません。全く、何を考えているのかしら」
 一通り見て回った後、瑞科は椅子の一つに腰掛け、唇に手を当てる。
「随分傲慢な吸血鬼ですわね。暗がりに潜んで襲い掛かったり、ただ端の方で襲っていたりしたわけではないですわ。真ん中の方で、堂々と凶行に及んでいる……」
 ちらり、と真ん中の通路を見つめながら瑞科は言う。
 教会の真ん中に、赤黒いしみが花のように咲いている。
「全く、礼儀がなっていませんわ」
 はあ、と瑞科は大きくため息をつく。
 人を襲うのも言語道断だが、食い散らかすように、力を誇示するように、おおっぴらに教会を汚していくのが気に食わない。小さな子供が、できたことをほめてもらおうと大げさに主張しているかのようだ。
 見て見て、こんなにできたんだよ、と。
「躾をするなんて、お断りですわ」
 瑞科はそう言い、すっと立ち上がる。
「いずれにしても、夜にならないと現れないでしょうね。今までの凶行はすべて夜ですし、恐らく今もどこかでわたくしがここに入っていったのを見ているでしょうし」
 いつものように、教会にシスターがやってきた、と思っていることだろう。そして、己の力を誇示しようとする輩なのだろうと推測されることから、襲ってくるのは今日か明日と思われる。
 瑞科は太ももの辺りをそっとさすり、小さく笑った。
 今度はこちらが狩る番だ、と。

<訪れる獲物に心を寄せ・続>

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
初めまして、こんにちは。霜月玲守です。
この度は東京怪談ノベル(シングル)の発注、ありがとうございました。
こちらは、連続した3話のうちの1話目になります。
少しでも気にって下さると嬉しいです。
東京怪談ノベル(シングル) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年09月04日

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