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『然るべき彼岸花・中』
白鳥・瑞科8402

 白鳥・瑞科(8402)を男は睨みつける。
 否、ただの男ではない。獲物を狩ろうとする吸血鬼だ。
「どうされました? わたくしの血を飲ませろ、と粋がってらっしゃったじゃないですか」
 吸血鬼は忌々しそうに顔を歪める。
 目の前の美しく艶めかしい女は、単なる獲物ではない。吸血鬼を吸血鬼として捉え、恐怖を覚えることなく、かといって戦闘態勢に入るわけでもなく、ただ目の前に立っている。
 思考が読めない、と吸血鬼は少し戸惑う。
 今までの獲物たちは、襲い掛かると同時に恐怖におびえたり、叫んだり、逃げまどったり、時折立ち向かおうとしてきたのだ。
 いずれの場合も、吸血鬼の持つ圧倒的な力でねじ伏せてきた。そうして、思う存分恐怖に染め上げられた血を啜ってきた。その血のおいしさに、獲物に対してまず恐怖を与えて狩りをするようにしてきた。
 だが、瑞科は違う。
 今まで見てきたどの獲物とは違い、ただただ静かに微笑んでいる。
「そちらが来ないのでしたら、こちらから行きますわよ。紙への祈りが、せっかく通じたのですもの」
 ふふ、と瑞科は更に笑う。そうして、すらり、とどこからか剣を取り出して構える。自然な動きに、美しさを感じるほどだ。
「……さあ、参りますわよ」
 瑞科はそう言い、剣を構えて吸血鬼の方へと駆け出す。吸血鬼は小さく舌打ちをし、剣に備えて戦闘態勢を取る。
 ヒュッ、と風を斬って剣が振りかざされた。

――カキンッ!

 瑞科の剣は、吸血鬼の持っていたナイフで弾かれ、小さな火花を散らした。
「獲物を持っていたのですか。存じ上げなかったわ」
 瑞科はそう言い、更に剣を振る。剣は的確に吸血鬼を狙っていくが、そのどれもが綺麗に弾かれてゆく。
 長い剣が短いナイフによって弾かれるその様は、まるで剣を窘めているかのようにも見える。
「大したことはねぇな」
 ぼそり、と吸血鬼はそう呟く。そして、いなしている剣をより強い一振りで弾き飛ばす。

――ガキンッ……!!

 鈍い音がしたのち、剣は瑞科の手を離れて空へと放り出され、くるくると回転しながら地面へと落ちていく。
 がちゃん、という無機質な音が教会内に響いた。
「なかなかやるじゃないですか」
 ふふふ、と瑞科は笑う。吸血鬼はそれを、強がりと判断した。
 瑞科が振った剣の全てを、吸血鬼が持っていたナイフでいなし、尚且つ手から離させたのだ。実力を図っていた吸血鬼は、その剣を受け止めて判断する。
 目の前の女は、確かに獲物たるべき存在だと。
 吸血鬼はにやりと笑い、べろり、とナイフを舐めた。白く光を反射するナイフが女の肉を咲き、赤い血を噴出させることを想像するだけで、喉の奥底から笑いが溢れてくる。
 瑞科の白く細い首筋に牙を突き立てるのは、さぞかし気持ちの良い瞬間だろう。
 ぐふふふふ、と笑う吸血鬼に、瑞科は「変な人ですわね」と吐き捨てるように言う。
「剣を弾いたのが、そんなに楽しいのですか?」
 瑞科はそう言うと、吸血鬼はぎらりと輝くナイフを瑞科へと向ける。
「お前の負けだ、シスター」
 吸血鬼はそう言って地を蹴った。剣を落としたままの瑞科の手には、獲物がない。丸腰だ。剣を取りに行く隙を与えず、このまま攻めてしまえば何もできない。
 楽しい楽しい狩の始まりだ。
 瑞科はナイフを振りかざす吸血鬼を一瞥し、はあ、と小さなため息をつく。
「勝った気になるのは自由ですけれど、なかなかに見苦しいですわよ」
「戯言を!」
 負け惜しみだ、と吸血鬼は判断して瑞科にナイフを突き立てる……!

――キイン!

 瑞科の柔肌に突き刺さるはずのナイフが、鋭い音を立てた。
 吸血鬼のナイフは、瑞科の持つナイフにとめられている。
 いつの間に、と吸血鬼は眉間にしわを寄せる。
「不思議そうですわね」
 ふふ、と瑞科は笑い、吸血鬼のナイフをはじく。弾かれた吸血鬼は後方へと下がり、瑞科の全身を確認する。
 瑞科の太ももが、スリットから露わになっている。見れば、むちっとした太ももに食い込むように、ベルトが巻かれていた。
 あの曲線美に埋もれるベルトに、ナイフが括りつけられていたのだ。
「まさか剣だけしか持っていないとお思いでしたか? そんなわけがないですのに」
 瑞科はそう言い、ヒュン、とナイフを振りかざす。剣とは違い、小回りが利く。吸血鬼の持っているナイフよりも少し小ぶりだろうか。それなのに、瑞科のナイフは吸血鬼のナイフを弾き返したのだ。
「先程は随分と楽しそうでしたわね。見ているこちらも楽しくなるかのようでしたわ」
 ゆっくりと瑞科は間合いをはかりつつ、吸血鬼の方へと歩み寄る。吸血鬼はじりじりと後方へと下がる。
「そういえば、面白い事を仰っておられましたわね。戯言を、なんて。わたくしも、あの時同じことを思いましたのよ」
 瑞科はそう言い、ぴたり、と歩を止めた。「戯言を、と」
 吸血鬼は、うおおおおお、と吠える。
 目の前の女が、単なる獲物ではないことを実感したのだ。剣を弾いて勝った気になってはいけなかった。実力はこんなものか、と楽観してもいけなかった。
 瑞科も同じだったのだ。
 同じように、吸血鬼の実力をはかっていたのだ。
 剣で様子見をし、俊敏性の高さを確認した。だからこそ、瑞科は剣ではなくナイフを取った。吸血鬼の速さに対抗するために。
 そう、瑞科は剣を弾かれたのではない。

――剣を、捨てたのだ……!

「せっかく楽しそうにされていたのだから、合わせてさしあげようと思ったんですのよ。だから」
 瑞科はナイフを握り締め、吸血鬼に向かって言い放つ。
「最後まで楽しんでくださいませ」
 吸血鬼が反応する間もなく、瑞科は地を蹴った。小ぶりのナイフは剣とは違い、軽く小回りが利く。一撃の強さはないものの、先程の吸血鬼が振りかざしたナイフを弾いた際、瑞科には確信があった。
 吸血鬼は、瑞科よりも力が弱い、と。
 ならば一撃の強さは必要ない。徐々に徐々に削っていくだけでよい。
 瑞科のナイフならば、吸血鬼を削っていくことなど、他愛もない事だ。
 瑞科の振りかざすナイフに、吸血鬼は必死になって弾き返していく。先程の剣とは比べ物にならないほど速い。なんとか弾いていこうとするが、その間で何度も刃が吸血鬼の肌を切り裂いていく。
 血を啜ろうとする相手に、血を流させられている。

――ザクッ……!

 深く何かを斬り落とした音がしたかと思うと、ぼたり、と肉が落ちる音が直後に響いた。
 おおおおおお! と吸血鬼が叫ぶ。赤い血を振りまきながら、落ちてしまったものを見、顎が外れんばかりに口を大きく開けて咆哮する。
「まずは、一本」
 瑞科はそう言って、微笑む。
 吸血鬼の足元には、ナイフを持っていない方の腕がびくびくと痙攣しつつ、転がっているのだった。


<彼岸花のごとく・続>

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
初めまして、こんにちは。霜月玲守です。
この度は東京怪談ノベル(シングル)の発注、ありがとうございました。
こちらは、連続した3話のうちの2話目になります。
少しでも気にって下さると嬉しいです。
東京怪談ノベル(シングル) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年09月04日

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