▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『然るべき彼岸花・後』
白鳥・瑞科8402

 吸血鬼は、うううう、と唸りながら、既に動かなくなった床に転がる己の腕と、それを斬り落とした白鳥・瑞科(8402)を交互に見る。
 瑞科は持っているナイフを勢いよく振る。びしゃ、と床に赤い花が咲く。ナイフの刃についた血を、遠心力で振り払ったのだ。
「吸血鬼ならば、まだ、大丈夫でしょう? わたくし、まだあなたの腕を一本しか斬り落としていませんもの」
 うふふ、と瑞科は笑った。その笑みがあまりにも艶めかしく、そうして瑞科の持つふくよかな肉体にあまりにも合っていた。
 吸血鬼は思わず、ごくり、と喉を鳴らした。

 なんという美しい女だ。
 なんという強い女だ。
 なんという聡明な女だ。
 なんという艶めかしい女だ。
 なんという冷酷な女だ。
 なんという、なんという、なんという……!

 気づけば、吸血鬼は再び吠えていた。失われた腕の事など、既に頭の中にはない。
 あるのはただ、目の前の女が欲しいという、欲望だけだ。
「あらあら、何か勘違いをさせてしまったのかもしれませんわね。ですが、残念ながらあなたには指一本触れられないんですのよ」
 吸血鬼が残されている手に持ったナイフを振りかざし、地を蹴った。吸血鬼の頭の中は、瑞科への渇望でいっぱいだ。
 瑞科はそんな吸血鬼を一瞥し、肩をすくめる。
「あなたには、わたくしの髪の毛一本すら、触れさせませんわ」

――ザシュッ!

 ぼたり、と再び腕が落とされる。ナイフを握りしめたままの腕が、びくびくと痙攣をしている。
「二本目」
 吸血鬼は大声で叫び、よろよろと後ろに下がる。そうして、フーフーと息を整えたのち、じろり、と瑞科の方を見据える。
 ぎりぎりと歯ぎしりをし、瑞科を見つめる。
「ああ、そうですわね。あとあなたに残されているのは、その口でわたくしに食らいつくことですものね」
 うふふ、と瑞科は再び笑った。そうして、まっすぐにナイフを吸血鬼の方へと突き付けた。
「ですが、どうでしょう。あなたはもうわたくしに食らいつくことはできないんですの。なぜならば、とっても当たりやすい的になってしまったんですもの」
 瑞科は笑う。冷酷な目で吸血鬼を見、形のよい唇で宣言し、肉欲的な修道服を翻す。
 びりびりとナイフの先に光が集中する。
 瑞科の電撃弾だ。
 青白く輝く火花が走り、ナイフの先へと集っていく。
「さようなら」
 瑞科がそう告げると同時に、吸血鬼は叫んだ。
 ナイフの先に集まっていた稲妻が、あっという間に吸血鬼を包み込み全身を焼いたのだ。
 びりびりと全身を駆け抜ける光の中、その一瞬の中で、吸血鬼は走馬灯を見る。


 □ □ □

 いつどこかもわからない。
 瑞科は何かと戦い、倒れていた。
 髪一本触れさせぬと豪語していたのに、髪を覆っていたヴェールはぼろ布と化しており、艶やかなロングヘアーはぐしゃぐしゃになってしまっていた。
 スリットの入った修道服は、スリットが入っていたことさえ分からなくなってしまっていた。破れ、汚れ、元の形がよくわからなくなってしまっている。
 瑞科は地に這っていた。地に這うことしか許されていないようだった。形のよい唇は醜く歪み、光のない瞳で相手をにらんでいる。
 これは、慢心からくる敗北だ。
 素晴らしい実力を持ち、一目置かれる聡明さを持ち、誰もがうらやむ美貌を持ち、それらに遠慮することもない自信を瑞科は持っていた。
 敗北などあり得ないし、予期すらできない。
 その傲慢さは、瑞科よりも強い相手に出会ったその時に、それがどういう形で返ってくるかを見えなくしている。
 無様だ、と笑われるだろう。
 蹂躙された痛々しい姿に、憐れみを持たれるだろう。
 そうして、瑞科自身に深い傷跡を植え付けるのだ。
 プライドと自信をへし折られ、死よりも酷い末路が、そこに待っていることだろう。
 そこに嘗ての瑞科はいない。
 華麗で聡明で圧倒的な実力を持ち、自身に満ち溢れていた修道服を着た美しい女は、その瞬間から消えてしまうのだ……。

 □ □ □

 吸血鬼はこと切れる。
 さらさらと灰になって風に流れていく様を、瑞科は見つめた。
「大した事ありませんでしたわね」
 投げ捨てたままの剣を拾いに行き、瑞科はそう呟いた。
「なんだか、最後に目を見開いていたようですけれど、何か変なものでも見たのでしょうか」
 瑞科はそう言いながら、風に乗り切れなかった灰を一瞥する。
 教会内には、未だに赤黒いしみが残っている。被害者のものと、先程消えていった吸血鬼のものだ。肉体は灰になって消滅する癖に、染みついた血は残される。
 まるで、そこに吸血鬼がいたのだと主張しているかのようだ。
「完全に消え失せれば良いものを……最後まで見苦しいですわね」
 吐き捨てるように瑞科は言う。
 何人の被害者が出たのだろうかと、心が痛む。もっと早く消してやればよかった、とも。しかしそれは、瑞科の所属する教会からの指示がなければ動くことができない。
「まあ、いいですわ。こうしてさっさと片づけてしまえば、次に行けますもの。まだ、ここだけじゃありませんわ。まだまだたくさん、へし折るべき相手がいるのですものね」
 ふふ、と瑞科は微笑む。
 依頼が届いてすぐ任務を達成していけば、被害者の数も減っていく筈だ。何しろ、瑞科はすぐに掃討することができるのだから。
 任務など、早期達成するためにあるようなものだ。
 
――慢心を……。

 瑞科ははっとして辺りを見回す。
 警戒して見回すが、誰もいない。吸血鬼だった灰が、最後まで風に乗っていっただけだ。
「何か、聞こえたようだ」
 瑞科は呟き、今一度辺りを見回すものの、やはり何も見つけられなかった。
「まあ、どうでもいい事ですわね。わたくしが、何者かがここに来たとしても、見逃すわけがありませんもの」
 瑞科はそう言うと、教会の扉へと向かって歩いていく。
 任務完了したのだから、次の依頼を受け取るために戻らなければならない。もしかすれば、次の依頼書が届いているのかもしれないのだ。
「それでは、さようなら」
 瑞科は扉に背を向け、優雅にお辞儀をする。
 至る所に赤黒いしみがある教会内は、月あかりの柔らかい光が差し込むことも手伝い、まるで彼岸花が咲く野原のように見えたのだった。


<かくあれかし・了>

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
初めまして、こんにちは。霜月玲守です。
この度は東京怪談ノベル(シングル)の発注、ありがとうございました。
こちらは、連続した3話のうちの3話目になります。
少しでも気にって下さると嬉しいです。
東京怪談ノベル(シングル) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年09月04日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.