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『変わらぬ強さと想い』
イアル・ミラール7523

 イアル・ミラール(7523)が魔女にビスクドールとされ、全身を砕かれてしまってから、長い月日が流れていた。
 茂枝・萌(NPCA019)が召喚儀式を阻止したあの日、一旦はその場を離れてしまったが、萌は一人きりでイアル救出の手立てを探り、決して諦めてはいなかった。

 ――時間をあげるわ子猫ちゃん。

 一人の魔女がそう楽し気に放った言葉を、萌はずっと脳裏に焼き付けたままであった。
 その後、魔女はイアルの一部を持って立ち去り、萌も彼女を追わずに拠点を出た。出直さなければいけないと判断したためだ。
 幸いにも、魔女はその後はその活動範囲を大きく縮小し、なりを潜めるかの如く静かにしていた。
 萌の所属する組織、IO2の調査が強化された為であった。
 最新式のシステム導入、アメリカ本部から派遣されたエージェントによる支部の強化などが徹底され、何かを暗躍するには居づらい場所となってしまったらしい。
 それでも魔女たちは、土地を移すわけでもなく、変わらず東京の地に居座り続けていた。
 萌が一向に仕掛けてこない事を不審にも思わず、逆に油断していた彼女たちは、拠点であったホテルを別のホテルへと移し、その地下で日々遊興三昧を送っていたのだ。

「結局、子猫ちゃんは子猫ちゃんのままだったのかしら。どんなライオンになるか、期待していたのだけど……」

 豪奢な椅子に腰かけつつ、紫色のマニキュアを爪に塗っている魔女が、そんな独り言を悩まし気に零していた。
 その傍らには、結社に囚われ下僕と化したままであった響・カスミ(NPCA026)の姿もある。洗脳され切っている彼女は、ビキニアーマーを纏いつつも犬のような姿勢で機嫌を窺っているように見えた。

「さて、今夜は祝宴よ。イアル・ミラールを煮込んで、魔力の元として全てを吸い取ってやるわ……」

 魔女はそう言いながら、高笑いをしていた。
 彼女の趣味で各地から集めた少女をメイドに仕立てて世話をさせているが、彼女たちは常に無言のまま光の無い目をしつつ、お茶を用意したり魔女の服を仕立てたりと日常生活の全てをそれぞれに担っていた。
 ――その少女たちの中に、萌が紛れ込んでいたのだが、完璧な気配絶ちと変装によって、魔女たちは何も気づかなかった。
「…………」
(……やっと、やっと見つけた。イアル、もう少しだから、待っていて……)
 萌は心で静かにそう呟きながら、手にした銀のトレーを持って、魔女の部屋を他のメイドたちと共に後にした。
 彼女たちも、魔女に操られたままのカスミも助けなければならない。
 萌に課せられたものは大きく、二度と失敗は許されないものであった。
 ――だが彼女も、成長した。
 本部のエージェントに鍛えられ、得意とする潜入調査にはさらなる磨きがかかった。今ではNINJA部隊としては右にでる者さえもいないと噂されるほどだ。

「……今度こそ」

 萌は小さくそう呟いた。
 全ての調べはついている。このホテル全体の構造も人数も、システムすらも。
 あとは今夜の魔女の宴を待つだけ。魔宴には各地に散らばっている他の魔女たちも集まってくる。イアルの砕けた部位を全て持ち寄り、儀式を行うのだ。
 


 夜になり、魔女たちが地下の特別室に集まっていた。
 その場の中心に大釜が用意され、紫色の液体の中に次々と放り込まれるのは、イアルの各部位であった。
 魔女の言葉通り、イアルはあの中で出汁とされ、魔力の餌となってしまうらしい。
 それを目にしていたメイド服の萌は、自分の心が妙に凪いでいくのを感じてうすら笑った。
 迷いも不安も何もかも、もう無いのだ。

「人数が多くて、逆に助かった……」

 萌はそう言いながら、まずはメイド服を脱ぎ捨てる。
 下に着ていた光学迷彩服を存分に発揮し、まずは下級の魔女を数人、目にもとまらぬ速さで仕留めていく。
 その際、カスミも一緒に気を失わせて、部屋の隅へと移動させた。
 そして彼女は、魔女たちの群れに紛れながら、大胆にもその場でサイキックアローを見舞う。この能力も強化済みで、一度にチャージできる精神力も多くコントロール出来るようになった。
 結果、電波のような矢の雨が、特別室を次々と濡らしていった。
 魔女たちは、声すら上げられずに次々と倒れていく。高位の魔女も数人、身の危険を感じたのか逃げるようにして姿を消そうとしたが、萌はそれすらも許さなかった。
 一人、二人と彼女たちは倒れていくのだ。

「……子猫ちゃん、ついにライオンになって現れたのね」

「もう何も躊躇わない。イアルを返してもらう」

 萌はそう言いながら、背にあるブレードに手をかけた。
 そして魔女に向かって地を蹴り、横一文字に薙いだ。

「あ、あぁ……っ!」

 萌と最も因縁の深かった魔女は、その場で体を真っ二つにされ、悲鳴を上げた。
 冷酷無比の『ヴィルトカッツェ』は、魔女の拠点をあっという間に壊滅させたのだ。


 時刻は23時を過ぎていた。
 気を失ったままのカスミと、砕け散ったままのイアルの各部位を全てき集め、萌は廃ビルへと戻ってきた。
 それは、彼女の隠れ家であった。
 むき出しのコンクリートの床の上に、草臥れたカーペットと、使い古された一人用の椅子、そしてパイプベッド。
 女の子としては殺風景すぎる光景だが、彼女はその場を気に入っている。
 そして萌は、言葉なくカーペットの上にイアルの部位を並べて、深呼吸をした。
 彼女の髪の毛は粉々になってしまい集めきることは出来なかった。おそらくは魔女が魔力の足しに使ってしまったのだろうと思いつつ、人型へと並べ切ったあと、その場で萌も衣服を脱ぎ捨て、静かに膝を折った。
 長い時をかけてしまった。
 そんな後悔と懺悔の気持ちを抱えつつ、萌はイアルの欠片たちに覆いかぶさるようにして体を曲げ、そうして彼女の唇にキスを落とす。
 何度も、ゆっくりとキスをした。
 すると、イアルの体は光を放ち徐々に部位が繋がっていき、どくんと鼓動が動く気配があった。

「……あ、わ、わたし……?」

 イアルの一声はそんな途切れがちな言葉であった。
 だがそれでも、萌にとっては大切な人の、久しぶりの声音だ。

「イアル……おかえり。やっと、解放されたんだよ」
「も、萌……? ……そう、だったの……わたし、帰って、……、っ!?」

 萌の言葉にイアルは一度は安堵の言葉を漏らした。
 その直後、鼻を突く悪臭に表情を歪めて、自分の手を持ち上げて汚れた体に悲鳴を上げる。

「いや、こんな……っ」
「……イアル、大丈夫。落ち着いて……ちゃんと綺麗にしてあげる。もう、何もかも大丈夫だから……」
「萌……」

 狼狽えるイアルを落ち着かせたのは、萌だ。
 彼女は彼女を優しく抱きしめつつ、そんな言葉を並べて、また触れるだけのキスをした。
 するとイアルも、徐々に気持ちを落ち着かせて、うっとりとした表情を浮かべる。

「……萌。わたしを見捨てないでくれて、ありがとう」
「どこにいたって、助けに行くよ」

 汚れたままの体であったが、それでもイアルは、受け入れてくれる萌を抱きしめた。
 そして萌も、それに応える為に自分で腕を回す。
 三年分の想いを確かめる為に、離れることは無かった。

 後日、カスミもきちんと元通りになり、長く行方不明となっていた一連の件は、無事解決と至った。
 萌もイアルも、二人並んで日々を過ごしている。肩を寄せ合い、相手を想い合い――この先も、ずっと。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ライターの涼月です。この度はありがとうございました。
最後に…と思いつつギリギリの窓開けだったので、見つけて頂けたときはとても嬉しかったです。
イアルさんと萌ちゃんのお話、少々駆け足にはなってしまいましたが無事に終えることが出来て良かったです。本当に有難うございました。
少しでも楽しんで頂けますと幸いです。
東京怪談ノベル(シングル) -
涼月青 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年09月07日

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