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『力で解決ラミアちゃん』
松本・太一8504

 松本・太一(8504)は、足取り重く自宅に向かっていた。
 会社は居心地の悪い場所になっていた。何をどう間違えたのかもわからない。
 取引先との会話で、冗談を冗談として流せなかっただろうか。
 それとも、上司の出した企画書にあった矛盾点を、たくさんの社員の前で指摘してしまったからだろうか。
 それとも、それとも、それとも……。
 考えられる要因をいろいろ出してみるが、どれもピンとくるものはない。どれも太一にとっては良かれと思ってやってきたことではあるし、その事で感謝をされたことだってある。
 だが、どうだろう。
 感謝してくれたはずの人間も、上司に怒鳴り散らされる太一を遠巻きに見ているだけだ。昔は、後からこっそり慰めてくれたりもしていたのに、今やそれすらない。
 触らぬ神に祟りなし。そんな言葉が、社員たちの間でひそやかに囁かれていることも知っている。
 最初は同情してくれていたのかもしれないが、触らないようにと遠巻きにされ、上司の大きな声に流され、会社内での自分の地位は落ちるところまで落ちてしまった。
 新入社員でさえ、一か月もすれば太一の存在を『そういうもの』と認識してしまう。太一が弁明しようとしても、聞いてももらえない。
 仕事ばかりが増え、残業ばかりがかさむ。体も心もへとへとになってしまった。
 横断歩道に差し掛かる。目の前の信号は、赤。
「このまま、飛び込んでしまいましょうか」
 はは、と力なく太一は笑う。このままふらりと倒れ込めば、明日会社に行かなくてもよくなる。
 ポンと投げされた体は、宙を舞うかもしれない。頭を強く打ち付け、血が一杯流れるかもしれない。ぽっくりいけば楽かもしれないが、もしかしたら動くこともままならぬまま生きながらえるかもしれない……。
「あ、いけません。迷惑になっちゃいます」
 太一ははっとして、踏み出そうとする体を止める。その途端、信号が青に変わったため、太一は歩きだす。
「会社に行きたくないのなら、辞めちゃえばいいのでは」
 歩きながら、太一は呟く。そう考えたのは、初めてではない。過去何度も考え、それでも今は決算月だから引継ぎなんてやっている場合ではないかも、などと考え直してきたのだ。
「だけど、そう言ってもいられないかもしれません」
 ガチャリと家のドアを開け、中に入る。暗い室内に小さなため息をついてから、電気をつける。朝出た時と変わらぬ、いつもの部屋だ。
 太一はふらふらしながら冷蔵庫に行き、缶ビールを一本取り出す。背広も脱がず、鞄も持ったまま、部屋中央に置いてある机のそばに座った。
 鞄の中から、何度も書いている退職願を取り出して机の上に置いた。そろそろプロ級の文章になってきた、退職願。
 その隣に缶ビールを置き、ぷしゅ、と栓を空けた。ほろ苦い香りが鼻腔をくすぐる。太一はビールをぐびぐびっと飲み、缶を机に戻す。
 爽快なのど越しと、陰鬱な心がぐちゃぐちゃに混ぜられる。目が離せなくなった退職願と、握り締められた冷たい缶ビール。太一は思わず口にする。
「死にたいです」

――ぼんっ!

 突如軽い音がしたかと思うと、白い煙がもくもくと太一の周りに立ち込める。
 死にたいとは言ったけれど、突如こういう齎されるタイプじゃなくて、そうじゃなくて……!
 太一が脳内で突っ込みを入れていく間にも、煙は落ち着いていく。いったい何事かと、落ち着く煙の中で周りと自分を確認していく。
「ぎゃあああああ!」
 電源のついてないテレビ画面に映る姿に、太一は思わず叫ぶ。
 胸についた大きな丸い塊、すらりとのびた細い両腕、さらさらと流れるような長い髪、きゅっと引き締まった腰、ぬめっとした蛇のような下半身。
 ぬめっとした、蛇のような、下半身……!
 脳内で何か声が響いてきたが、パニックになった太一には認識できない。何しろ太一が動けば画面内のラミアが動く。手を伸ばせば細い手が見えるし、ぬめっとした下半身は見間違いようもない。
「こここ、これは一体」
 太一は深呼吸をし、自分を落ち着けようとする。そうして、再び自らの姿を確認する。
「こ、これはなんてエッチな!」
 太一は思わずうずくまる。顔は真っ赤だ。自分が傍から見るととてもはしたない恰好をしているということに、気付いてしまったのだ。
 美しく、怪しく、艶やかなラミアに。
『新たに魔女の力を得たんです。きっと、問題解決できますよ』
 脳内に声が響く。今までいろいろと話しかけてきたようなのだが、パニックで何も頭に入ってこなかった。
 今、ようやく言葉を認識できるようになったのだ。
「魔女の力……」
 ぽつりと呟き、太一は気づく。
 脳内に響いた声は“私”だ。私によって、私は魔女になったのだ、と。
 少し冷静になれた今ならば、分かった。湧き上がる万能感がある。何事も解決できるという、確信。
 太一は手に入れたのだ。様々なことを解決する力を。ついでに恥ずかしくエロい畏敬の女性の体も。
「ラミアって……邪悪側ですけれど」
 ぽつりと呟き、太一はきゅっと手を握り締める。
 気を付けよう、と。

 □ □ □

 ラミアとなった太一は、一番太一を貶めてくる上司の家にいた。願えば一瞬で移動できた。
「では、会社の居心地をよくさせていただきましょうか」
 艶やかな唇を上にあげ、太一は笑う。塗られた赤いルージュが、きらりと月に照らされて輝く。
 上司は夫婦二人暮らしだというが、部屋は妻と別だと言っていた。
「好都合ですね」
 ふふふ、と太一は笑い、上司が過ごす部屋へと瞬間移動する。
 上司はベッドで眠っていた。さらなる好都合に、太一は笑いが止まらない。
 まずは部屋を現実世界から隔離し、助けを呼べないようにする。泣こうが喚こうが、上司が逃れることはできない。
「さあ、起きていただきましょうか」
 太一はそう言うと、長い爪の手で上司の首を掴んで持ち上げる。最悪な起こし方をされた上司は、現状把握ができないまま、己の首を掴む怪物に驚愕する。
「あなた、部下にひどい事をしていますよね? 私はすべてしっているんですよ。そう、すべて、ね」
 ふっふっふ、と笑いながら太一は上司の首をぎりぎりとしめる。上司は訳も分からないまま、ぶんぶんと首を横に振る。
「あら、していないとでも? 嘘をつくと、あっという間に終わりますよ」
 太一の脅しに、今度は慌てて上司が首を縦に振る。太一はにっこり笑い「よくできました」と上司の首を離す。落とされた上司は、げほげほとむせ返り、その場にうずくまる。
「ひどい事をするというのは、悪い事ですよね。だからこそ、今こうしてあなたは私にひどい事をされているんですよ。あなたがひどい事をすればするほど、あなたはひどい目に遭うんです。分かりますね?」
 太一がそう言うと、上司は真っ青な顔のまま顔を上げる。そうして、何度も首を縦に振った。
「分かればいいのです、分かれば。もしも分かってもらえなかったら」
 太一がそこまで言うと、上司は何度も何度も分かったと頷く。だから助けてくれ、と懇願までしてくる。
「では、どういう風に対処するか、明日から楽しみにしていますよ」
 太一はそう言い残し、部屋の隔離をやめてからその場を後にする。
 そうして、明日の出社を楽しみにするのであった。

<翌日、びくびくする上司に優しくされ・了>

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
再びこんにちは、霜月玲守です。
この度は東京怪談ノベル(シングル)を発注いただきまして、ありがとうございます。
少しでも気に入って下さると嬉しいです。
東京怪談ノベル(シングル) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年09月07日

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