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『因果は巡り廻りて舞い戻ってくる』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 思えば今日は、顔を合わせた当初から妹分であり弟子でもあるファルス・ティレイラ(3733)の様子は少しおかしかった。いつもならば元気が取り柄である彼女は何かにつけては世話を焼いてくれるが、そわそわした顔で取ってつけたかの様な笑顔を浮かべる。何か実は疚しさがあると顔面に書いているかのようだった。判り易い性格だから、企みがあると師匠のシリューナ・リュクテイア(3785)も気が付いた。但し内容がどういったものかまでは不明である。店番の合間に品出しする為にちょこちょこと姿を見せる様子を観察してみたが、やはりよくは分からない。身体の具合が悪いのかと逆に心配になった。
「ティレ……貴女一体何があったのかしら」
「――ふぇっ!? 別に何にもないですよ!!」
 店仕舞いする時間になって最後の客もいなくなった後。そう直球に問いかければ、彼女はやけに大きな声で言い手をぶんぶんと振って否定した。すっと目を逸らす辺り如何にも怪しげだが、彼女はそれに気付いた様子もなく、あははと乾いた笑顔を浮かべてみせるのだ。急にそうだと手を叩いて、
「お姉さま、倉庫内を片付けしたいって確か言ってましたよねっ。私見てきます!」
「――あっ、ちょっと……!?」
 止める暇も与えず、先程売れた商品を棚に補充したティレイラは急ぎ駆け出していく。シリューナの伸ばす手は半端に宙に浮いたままになった。扉が開閉され最後にぱたと音がしたっきり、彼女が向こう側に行ってしまって、店に静けさがただ広がる。額に手を添えシリューナの唇からははぁと溜め息が零れ出た。一体何を企んでいるのか。よもや彼女に嫌われたとは思いたくないが、可能性は零ではない。それにしても言いたいことは、はっきり言う筈だが――もしも仮に嫌われたならば、少々心当たりはある。例えば狐像の宝玉を取ったことを理由に石化したり、魔法修行中にガーゴイルを操り間接的に石化をさせたり、呪われた衣装を無断で着て踊るのがやめられなくなった彼女に対して呪術を掛け黒曜石の石像を作ったり、損傷させられた品々の代わりに大浴場の彫像にしたりと、己の趣味に忠実に何かにつけて彼女をオブジェにしては、鑑賞し美貌を楽しむ――そんなことを繰り返し、それなりの月日が経っているのだった。好奇心で被害を及ぼした彼女が悪いのもあるが、しかしこじ付け気味にお仕置きだと称して一人楽しんだのも事実でもある。だが今更感は否めないだろう。腑に落ちない気持ちを抱えてシリューナは一人レジの中身を確認した。そうすると物音が何処からか聞こえる。
「お姉さま」
 と呼ぶ声にシリューナは振り返った。――すぐに後悔することになるなんて知らずに。

 廊下を駆け抜け店の奥の倉庫へと飛び込んだ矢先、扉を背にティレイラは息をついた。心臓がどきどきして早鐘を打っているのが判る。シリューナの血に似た赤い瞳に顔をじいっと見られると、得意ではない嘘も喉の奥に引っ込んでしまって頭を悩ませた。ここ最近の気まずさは先日のシリューナのお仕置きに端を発している。いつもだったら寝て起きたり、あるいは彼女に美味しい食べ物を出されたらすぐ様簡単に忘れてしまうが、今回ばかりはそうはいかない。何故なら秘蔵のお菓子を食べ損ねたからだ――人に話せば馬鹿らしい話だと笑われるかもしれないが。しかしティレイラは本気だ。食べ物の恨みは恐ろしいものである。とはいえだ。
「……どうすればいいのかなあ?」
 なんて思ってしまうのが本音だ。お店に来る前も考えたのだが、どうすれば復讐を果たせるのか見当がつかない。素直にまた食べたいと伝えるとは何故だか思いつかないティレイラだった。勿論復讐等と大それた言葉を使ってみても傷付けるとか、命を狙うだとかの本気の恨みという訳ではない。ほんの少し悪戯をしたいという程度だ。――例えば魔法薬を作る最中真剣な彼女の肩を叩いて驚かせるという感じの。精製中すると繊細な作業を要求される為、下手すれば何か事故が起きるかも――そう考えると躊躇ってしまう。うんうん悩みながらも、一先ずティレイラは宣言通り倉庫の片付けをすることにした。魔法道具の置き場にもなっているここには、沢山のティレイラの好奇心を刺激する品物が並んでいる。もう二度とお仕置きされるまいと真剣に種別毎に保管し直していると、一枚の紙が机の上から落ちてきた。何だろ、と首を傾げ、しゃがんで拾うと目を通した。
「えーっとなになに、呪いの鏡?」
 如何にも曰くありげなものだと、ダンボールの中のそれを見つめる。呪いという単語はシリューナにいつも掛けられている呪術を連想させ、つい少し腰が引けてしまった。とはいえ流石のティレイラも説明があれば、その恐ろしい効果を発動させる心配はない。ふんふんと興味深げに左から右へ文字を追っていく。読み終わると興味を惹かれて、封を開けてみる。するとそこには、呪いの単語とは無縁に見える、美しい鏡が大切に仕舞われていた。大丈夫と解っていても緊張しながら手を伸ばす。魔法の道具には魔力が込められている為か、鏡の中に取り込まれそうな怖さがある。慌てて目を逸らしたところで、ふと閃いてティレイラは瞳を輝かせた。何も小さな子みたいな悪戯で済ませずとも良いのではないか。
「お姉さまだっていつもお仕置きに呪術で遊ぶんだもの。これくらい、いいよね?」
 所詮独白なのでそれに応えてくれる者はいなかったが、ティレイラは勝手に納得した。普段は無邪気な笑みを浮かべる顔を悪戯に染めると、呪いの鏡を大切に抱え持って倉庫から出る。それはお仕置きと口にする際のシリューナの表情に似ていた。

「お姉さま」
 と呼ぶ声にシリューナは振り返った。店仕舞いした為客はもう一人もおらず、そしてお姉さまと己を呼ぶのもたったの一人きりである。見れば、ティレイラが徐々に歩み寄る所だった。それだけだったらまた何か余計なことをして置いてある魔法道具を壊してしまったのかもと顔を曇らせて、溜め息をついたらまた何かしらの反応がありそこで謝ればいつものお仕置きする流れになっただろう。しかし彼女の顔に小動物のような、罪悪感を感じ取れる表情はなくて、むしろどこか興奮しているように見えるのは果たして気のせいなのか。おまけにティレイラの手は両方とも背中に隠されており、何かを持っているのは明白だった。違和感は気のせいで今までと同じような展開になるのか、それとも本当に何か企んでいるのだろうか――疑念を抱きつつも、何故か妙に中途半端な位置で立ち止まった彼女の正面にシリューナからも近付いていく。緊張感を覚えて冷や汗が頬を伝う。
「どうかしたの、ティレ――ッ!? 貴女……!!」
 まるで何かを企むようにこそこそと――最初ティレイラを見たとき抱いた感想は間違ってはいなかった。ばばっと勢いを持って前に彼女が出したのは鏡。魔法道具に鏡を使っていることは珍しくもなく、倉庫内には幾つか同種の品物が置いてあったのだが銀色で持ち手の部分が緩い螺旋状なのは一つだけ――呪いの鏡、とのフレーズが脳裏によぎるより早く、シリューナはその呪いの鏡から視線が全く外せなくなっていることに気が付く。よくよく見れば、鏡面は不気味な赤い燐光を放っていて、魔法が効き出してしまっていることを知り思考が真っ白になった。頭部は接着剤で固定されたかのように微動だにしないが、足を引こうとしても動かないことで既に石化していることを悟り、
(何とかしなきゃ……!)
 と危機感を募らせるも、預かったときに話を聞いて想像していたよりもよっぽど早い進行に動揺してしまい全く思考が纏まらない。必死になって考えを纏めようとするのだが、やはり脳は空回りして困った素振りを見せても、ティレイラは魔力を鏡に注ぐのをやめようとしなかった。
「お姉さま、いつもの仕返しですっ!」
 石化は既に足を過ぎて腰まで到達し、丁度臍辺りにある左腕も感覚がなくなってきている。仕返しと言いながらもティレイラは本当に無邪気そのものだった。自分がされてもそのときこそ嫌がりはすれ、後で元に戻ったときには何一つ後腐れはないと思っていたが、実際は根に持っていたか、それとも先日の一件で癪に障る出来事があったのか――果たして彼女が何を考えているのか分からないが、いざ自分の身に降りかかると厄介極まりない状況であることだけは確かだった。
「あぁ……」
 何とか抗おうと懸命になったものの、シリューナに出来たのは結局吐息を零すことだけだ。開いた口もこめかみに押し当てた指も全身が全く動かせなくなったのと同時にその意識も遠ざかっていく。感覚が麻痺して初めてお仕置きと称す趣味で石化されるティレイラの気持ちが理解出来たような気がした。最後に見えたのは目をきらきらと輝かせる愛弟子の姿だった。

「上手くいったのかな……?」
 期待にわくわくと胸を膨らませたが、シリューナの外見が完全に石化して暫し経つもティレイラは鏡を構えたまま動けずいた。なにせ石化された過去は多々あれども自分がする側に回るのは初めての経験である。素人目で石化出来たように見えていても本当にそうなのかは確証を持てずに困惑した様子で、呪いの鏡に魔力を注ぐのをやめて、一応鏡面を裏にし足元に置く。ティレイラに魔法を教えている師匠のシリューナが得意とするのは呪術だ。傍目にも混乱中で対処出来たように見えなかったが成功と見せかけて実はかかっておらずまたお仕置きされるという可能性も少なくない。傍に歩み寄り彼女が本当に動かないか確かめる為に恐る恐る手を伸ばした。髪飾りのついた一房を指で上へ下へなぞる。肩を叩いてみても彼女が動く気配はまるでなく、ティレイラは念入りに顔を覗き込んだ。口は開きっ放しで目も瞬き一つしない。これは完全に石化しているらしいとようやっと確信を持てた。
「やった〜、仕返し成功だ!」
 その場できゃっきゃと飛び跳ね、握り拳を天に掲げて喜ぶ。いつもされていることを仕返しただけなのだからこれで罰が当たるということもないだろう。歓喜に踊り、そして何をしようかと考えた結果彼女がしているように眺めてみることにした。自身が石化したとき大抵は意識がなくなるのだが薄ぼんやり記憶が残る場合もあり、シリューナはオブジェとして蒐集している品々のように見ては楽しんでいるようだ。
 今彼女が身に纏っているのは魔法のドレスだった。足の先も隠れるような長さのそれは不思議と歩き難くないようで、胸元から太腿へと至る全てが特注品も同然に体に張り付きその凹凸がはっきりしたボディラインを美しく浮かび上がらせている。仕草も顔付きも悩ましげな様子なのも相まって妖艶で綺麗な石像に仕上がっており、暫し見惚れるとティレイラは知らずに溜まり出す生唾を飲み込む。見ているだけだと惜しい気がしてそっと手を伸ばせば先程は確かめる為だったので気付かなかったが、石の滑らかな感触を心地よく感じ、ティレイラはうっとりと頬を緩ませた。手のひらで撫でるのに飽き足らず、後ろから抱きつき手を体の線に沿うようにして動かせば、硬さや冷たさ等を全身で感じられ、背筋からぞくぞくと快感が這い上っていく。両肩を手で緩く包み込むようにしながら顔を寄せる。ひんやりと頬に気持ちよさが伝わってきて、思わず目を輝かせた。ぼやける程近い距離に困り顔のシリューナの美貌がある。小さく開いた唇、ウインクするように片方だけ閉じた瞳。体を抱き締めた格好のままで谷間がくっきりと浮かんだ胸に視線を落としつつ、両手はそれぞれ下へと降りていって美しい曲線を描いた太腿の辺りに伸ばした。内股のそこは程よく脂肪がついているのだが今は触れても固い感触がするだけ。しかしティレイラの大好きなお姉さまに変わりなく、その彼女が何をしても抗わないのに完全に自分のものになってくれたかのような錯覚に陥り、興奮に全身を大きく震わせた。
「治す方法は解ってるし、いつも一杯されてるんだもん、私だってお姉さまをたっぷりと可愛がってもいいよね?」
 目で見ても触れてもこんなにも楽しめるのだ。五分十分程度では到底満足は出来ない。または明日の朝開店するまで掛かるかもしれないと思いながらティレイラは再び可愛がり始めるのだった。そして思う存分堪能する――物言わぬシリューナに拒む術は最初から全くなかった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
わたし個人はこれがシリューナさんとティレイラさんの
最後のお話になるということで、また最後にこれまでの
立場が逆転した為、お約束的な要素も踏まえつつも
過去のお話の内容に勝手ながらも触れてみたりとか、
幾らか最後らしさを意識し書かせていただきました。
回復した後に理由を明かしシリューナさんが息をついて、
秘蔵の菓子を取り寄せ二人でティータイムを楽しむ姿が
目に浮かぶようですね。特にティレイラさんも気にせず、
基本はまたシリューナさんが仕掛ける側に回りながらも
たまにまた逆転もあるかもと勝手に色々と想像してます。
今回も本当にありがとうございました!
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東京怪談
2020年09月07日

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