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『背筋を伸ばす』
アリオーシュ・アルセイデスka3164)&ラディスラウス・ライツka3084

 ラディスラウス・ライツ(ka3084)は門扉横にあるポストを開けて覗き込んだ。
 中には小さな小包が一つ。
 送り主は確認せずともわかる、甥からだ。そも自分に何かを送ってくれるのは甥くらいしかいない。
 それを掴むと周囲に誰がいるわけでもないのに猫背気味の背をさらに屈め、そそくさと自宅へと戻っていく。
 長年染みこんだ習性と言っていいだろう。
 抱えた負い目に人目を避けるように小さく、小さくなろうというのは。
 それは甥が手元を離れ半隠居生活となった今も改善する兆しはない。
 寧ろ育ての親として甥を支えていた頃にはあった彼のためにも、という気持ちも失われ益々悪化している。
 ラディスラウスは窓際の椅子に腰かけ小包を開く。
 中はチーズと手紙。
「今は北部方面にいるのか」
 世界の運命を左右する大きな戦争から数年、甥は今、王国各地を巡り復興に力を貸している。
 そして行った先々の名物などを添えて手紙を送ってくれるのだ。
「立派になったものだ……」
 独り言ちたラディスラウスの声音に少しだけ苦いものが混じる。
 甥の成長を誇らしく思うと同時に酷く眩しいと感じてしまう。
 死に場所すら見つけられず、かといって自死を選ぶことすらできなかった臆病者の自分と比べ――。
 そしてそう思ってしまう自身に言いようのない救いのなさを感じてしまうのだ。
 せめてやりたいことでも見つけることができたら違うのかもしれないが――自嘲の笑みを浮かべラディスラウスは手紙に目を通した。
 手紙に書かれているのはたいていラディスラウスの体調を案じる言葉や、手間をかけずともできる料理のレシピなど日常の話題が多い。
 それに対しラディスラウスは「元気だ。心配するな」とだけ返す。
 生活のためハンターとしての仕事に出るときは家を空ける期間を付け足すこともある。
 一度、手紙に気付かずに酷く甥を心配させたことがあり、それ以来できるだけ毎日ポストを確認し、返事だけは書くようにしていた。
 せめても甥の足を引っ張るような真似はしたくはない。
 しかし今回の手紙はいつもと異なる内容だった。
 読んだ後、ラディスラウスは窓の外へと目を向ける。
 そうだ、間もなくあの子の命日……。

 妹の墓参りに一緒に来てくれませんか。

 自身の力が足りなかった故に救えなかった姪。
 果たして己に墓前で祈る資格はあるのだろうか……。
 だからといって目を逸らし背を向けるわけにもいかない。
 それが自身にできることならば――と了承する旨を書いて返信した。

 いつからだろう悪夢を見なくなったのは――。
 早く、早く始まっちゃうよ――飛び跳ねながら手招く子供たちをアリオーシュ・アルセイデス(ka3164)は小走りで追いかけていく。
 今日は戦火で破壊された広場のシンボルである時計台の落成式だ。
 お気に入りのぬいぐるみを抱えた少女が戻ってくるとアリオーシュへ手を差し出す。
 人が多いから迷子になったら大変――お姉さんぶったませた話し方。
 亡くなった妹と同じ年頃だろう。
 以前はその世代の少女に苦手意識があった――がアリオーシュは自然と手を繋ぐ。
 己が無力さを悪夢に突き付けるたびに、自身の胸を抉りたくなるような悔恨に襲われてきた。
 だが悪夢は少しずつ減り、気付けば最近みた記憶はほとんどない。
 子供たちと向かった広場には人々の笑顔と活気が溢れている。
 何一つ失わなかったという人は此処にはいないだろう、この先乗り越えなくてはならないことも山積みだ。
 それでもなお、諦めずに前へと進もうとする意志、未来を拓こうと尽力する姿。
 それらがアリオーシュに教えてくれたのだ。
 変えられぬ過去を苦しみとして引きずっていくことは、己だけではなく死した妹をも呪縛する事ではないのか、と。
 過去を忘れる必要はない。
 しかしそれを背負い、その先へ歩いていくことができる強さが人にはある。
 アリオーシュはポケットの中にしまった叔父からの返事を握りしめた。

 久々に訪れた故郷は、驚くほどに悪夢のようなあの日の面影はない。
 邪神戦争でもそこまで被害がなかったのか平穏そのものだ。
 村人がアリオーシュとその叔父に向ける視線も妹を犠牲にして生き残った兄、幼い子供たちを助けることのできなかった臆病者といった侮蔑よりも、ラディスラウスの大きな身体に対する好奇が多いことに時の流れを感じる。
 久しぶりです。元気だったか。通り一遍の挨拶を交わした後、叔父がおずおずと花束を差し出す。
 無骨な叔父には似合わない妹の好きな花ばかりを集めた可愛らしい花束だ。
「ありがとうございます。妹も喜ぶと思います」
 それは叔父上から渡してやってください、と言えば困ったように「あぁ」とか「むぅ」とか唸り顎を撫でる。
 そして観念したのか「わかった」と短い返事。
 やはりまだ妹の――ひいては自分たち兄妹のことを気にしているのだろう。
「俺も妹も叔父上が遊びに来てくれるのをいつも楽しみにしていたんですよ」
 ラディスラウスは一瞬何か言いかけたがそのまま口を噤ぐ。
 墓地までの道のり、アリオーシュは妹の話題は出さずに訪れた先の話などに終始した。
 墓地に人影はなく時折風に揺れる葉の音以外静かなものだ。
 墓石の前に二人並ぶ。
「久し振り。今日は叔父上も来てくれたよ」
 アリオーシュは花束を手向け目を閉じた。
 最近思い出すのは血に濡れた最期の姿ではなく、まるで子犬のように草原を走り回ったり、笑う屈託のない姿。
 己の記憶もずっと妹を縛り付けていたのかもしれない、と改めて思う。
 指は無意識のうちに額からこめかみに走る傷痕へ。
 そうあの日の事は決して忘れない。己の力が足りなかった事実も含めて。
 それでも未来に希望を見出し、進んでいく。
 それは過去に対し何ら不誠実なことではない。生きていく人々の力なのだと思う。
 だから俺は叔父上にも……。

 まるで墓石に隠れるかのように背を縮こませ手を合わせるラディスラウス。
 表情はアリオーシュからは見えない。だが墓石に映る叔父の影よりも濃い影がその内に落ちているのはわかる。
 叔父が自身を許せない限り、その影は消えることはないのだろ。
 それでも自分は叔父に伝えたかった。
 叔父が自分を救ってくれたことを。
 烏滸がましいかもしれないが、叔父に明日の希望を見出して欲しいことを。
 項垂れた背中に「叔父上」と声を掛けた。
「俺は各地でみてきました」
 いきなりどうした、という視線を向けられたが言葉を続ける。
「確かに歴史に名を遺すのは英雄や大商人など成功した者たちでしょう」
 叔父に浮かぶ表情にアリオーシュは思わず「でも」と語気を強める。
「世界を作るのは成功者だけではありません」
 アリオーシュの脳裏に浮かぶのは絶望の淵から立ち上がり復興を志す人々の姿。
「必ず良い結果にならずとも、可能性を諦めないこと。歩みを止めないこと。其々の――其々が生きた軌跡……その尊き経験が世界を紡いでいく。そうして未来に繋がっていくのだと、いうことを」
 アリオーシュはまっすぐにラディスラウスの目を見た。
「叔父上が生きることを望んでくれたから、今の俺があります。こう言えるようになったのも、叔父上がいたからです」
 ラディスラウスが驚いたように目を瞠る。
 叔父が繋いでくれたのだ。絶望していた幼い自分を今の自分へと。
 一度大きく息を吸ったアリオーシュはありったけの想いを込めるように腹に力を込めた。


 アリオーシュが何か伝えようとしてくれている、ということはラディスラウスにもわかる。
 後ろ向きな自身の性質はそれを別離の言葉か――と当初予想した。
 命日に二人で墓参り、それは一つの区切りとして丁度良いようにも思えたから。
 どんな言葉が来たとしても動揺し甥を困らせまいと身構えていたというのに思わぬ言葉に驚きを隠すことができなかった。
「ずっと自慢の叔父上です。何度だって、言いますよ」
 浮かべられた満面の笑み。
 まるでラディスラウスがいたからこうして笑えるのだと伝えてくれるかのように。
 アリオーシュの言葉がゆっくりとラディスラウスの中に広がっていく。
 乾いた砂に水がしみわたっていくように目的を失い空っぽのままのラディスラウスの心に。
「子供の頃から、そして今も、これからもずっと自慢の叔父上です」
 ラディスラウスが呆けていると甥は先ほどの言葉を本当に実行した。
 甥の背後に広がる青い空。
 あぁ、今日はとても天気がいい、ということを今更ラディスラウスは知る。
 あまりにも下を見過ぎていて気付かなかった。

 あ……

 と気付く。アリオーシュが墓参りに誘ってくれた意味を。
 それは――……。

「本当に……立派になったな。アリオーシュ」
「大きな背中を見てきましたから」
 今度は自身の声に苦さは混じっていない。
 ただ少しだけ語尾が震えたかもしれない。
 それは青空が目に染みたから、だとラディスラウスは空を見上げた。

 墓参りを終え、アリオーシュは「少し寄りたいところがあるのですが」とラディスラウスを子供の頃遊んだ丘へと連れ出す。
 そしてバスケットから取り出す酒と肴。
 酒は現在逗留している地域の特産品。とても美味しかったので叔父にも飲んで貰いたかった。
 肴は手作り――とはいえあまり手の込んだものを作れなったのだが。
「何を大きな荷物を持っているのかと思えば……」
「良い酒を手に入れたので。送るよりは此方のほうが早いかと」
 驚く叔父にアリオーシュは言う。
 乾杯、というのも違う気がして互いに無言でカップを翳す。
 少し酒が進んでからアリオーシュは本当のことを言う。
「幼い自分の夢だったのです。叔父上と酒を酌み交わすことが。物語の主人公が仲間達と酒を飲んでいる場面が楽しそうで……憧れたものです」
 本当は居酒屋でもと思ったのだが、不特定多数がいる上に酒まで入っていればおかしな絡み方をしてくる輩もいるかもしれない。
 だから外で飲むことにした。
 叔父の家で飲みたい気持ちもあったが、自分は墓参りを終えたらすぐに戻らねばならない。
 自身のために目的を疎かにすることを叔父は喜ばないだろう。
「……物好きなことだ」
 戸惑ったような叔父の声。暫しの間をおいて「それくらいでよければいつでも付き合う……ぞ」とぼそり。
「はい。お願いします、叔父上。肴に叔父上の好物を作りましょう」
「……じゃあ酒は俺が用意しよう」
 何時か、とは決まっていない。でも未来、一緒に飲もうと言ってくれた言葉がとても嬉しかった。

 よもや甥と酒を酌み交わすことになろうとは……。この丘で遊んでいた子供が成長したものだ、と思いを馳せないわけにはいかない。
 久々に食べるアリオーシュの料理は相変わらず旨い。
 酔い覚ましに――とアリオーシュは丘を歩いている。
 丘はいつかの記憶と同じで緑が揺れていた。
 ただ教会は修繕されなかったらしく廃墟となっていたが。
 風が吹く。
 波の如く揺れる草原――その合間に転げるように駆けていく幼い兄と妹。
 思わず伸ばしかけた手を降ろした。
 胸の痛みは未だ取れない。
 それでも……。
「叔父上!」
 アリオーシュが手を振る。いつもより少し陽気にみえるのは酒のせいだろうか。
「本当にまた一緒に飲んでくださいね」
 おかしなやつだと思う。さして話もうまくない陰気なばかりの男と飲みたがるだなんて。

 ずっと自慢の叔父上です

 甥の声が脳裏に蘇る。
 そんな立派な男ではない、と思う。

 それでもお前がそう俺に言ってくれるのなら……
 失敗ばかりの人生だとしても最後には良かったと思えるように。
 甥にそう遺せるように。

「……少しだけ前を向いて生きてみるか……」
 おろした手を握り胸に当てる。アリオーシュの言葉をそこにしまうように。
 立ち上がる。意識して背筋を伸ばすと、胸に当てた手を再び挙げた。
「あぁ、約束だとも」
 それは幻の兄妹ではなく、今そこにいるアリオーシュに向けて。
 楽しみです、とアリオーシュはとても嬉しそうだ。

 悪く……ない、な……。

 まっすぐに伸ばした背筋で取り込む風はこんなにも心地よかっただろうか。
 自然と柔らかな笑みが口元に浮かぶ。
 いつもより気持ちが少しだけ晴れやかな気がした――。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃
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アリオーシュ・アルセイデス(ka3164)
ラディスラウス・ライツ(ka3084)


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございます、桐崎です。

大切なお話をお任せ下さりありがとうございました。
叔父上さまが少しでも前を向かれたことが大変嬉しいです。
落ち着いたらお二人で飲みながら色々お話しされるのかなぁ、などと思いながら執筆させて頂きました。

気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
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2020年09月07日

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