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『すれちがい海』
狭間 久志la0848)&不知火 仙火la2785)&日暮 さくらla2809)&不知火 楓la2790)& 音切 奏la2594

 音切 奏(la2594)はつま先立ちでちょこちょこ砂浜を渡り抜けてしずやかに止まり、波に濡れる足をぱたぱたさせた後にくるりと振り向き――
「……」
 びくっと肩を跳ねさせ、3回深呼吸した後、あらためて。
「海ですわー」
 その後方でビーチパラソルを張っていた狭間 久志(la0848)は誰からも見えないよう、息をついた。奏にインカムを仕込んでおいてよかった。

 自称姫の奏と自称おじさんの久志は先日、「奏が想い人へ告白する練習」をするためこの浜へ来ていた。
 そこで一連の流れを確認したわけなのだが……奏が重ねた失敗はもう、酷いもので。
 正直、学生時代の久志であればあっさり見捨てていただろう。最後まで付き合えたのは、社会という苦行の場にて、我慢とはなんぞやをそもさん説破してきた経験あればこそだ。

「なあ。今日の奏、おかしくねえか? だって戦装束じゃねえし剣持ってねえんだぞ!」
 奏を見ていた久志へ、早口な小声で問いかける不知火 仙火(la2785)。
 水着と合わせてラッシュガードを着用しているのは、肌を見せるのが恥ずかしいなどという乙女心ではもちろんない。日焼けした肌が痛み、剣の扱いに障ることを避けるためである。
「今日、奏は告白するって決めてきたんだよ」
 隠しておくことでもないだろうからと白状すれば、仙火は「は!?」。
「いや、だって、マジかよ。それ知ってるってなんで」
「? 本人に相談されたからな」
 なにかが噛み合っていないことはわかるのだが、なにが噛み合っていないのかがわからない。
「任せとけ。今日は完璧な普通ってのを演出してみせるからよ」
 力強く言い切る仙火に、不安しかない久志だった。

『さくら』
 自分の肩を越して突き出された仙火の真剣な顔に、日暮 さくら(la2809)は声をあげかける。実際にあげなかったのは、ごくシンプルにプライドあればこそだ。
『……なんですか?』
 仙火同様、他者に聞きとがめられるを防ぐ不知火流忍術の特殊発声で聞き返せば、仙火は難しい顔をわずかにさくらへ傾け、
『今日はいつも通り、普通にしてろよ』
 さっぱり意味がわからないので聞き返そうとしたさくらだったが。
「さくらの羽織、紗だろ。夏の着物に仕立てるイメージ強いけど、こういう使いかたも悪くねえな。粋だし、綺麗だ」
 仙火が普通に言い置いていった言葉で、その場へ縫い止められてしまう。
 綺麗――いえ! 私がではなく! 羽織が! ですけど!
「……仙火は“普通”が下手過ぎます」
 仙火の背にまで届かないよう声を絞り、さくらは羽織の襟をかき寄せた。
 仙火に押しつけられたテーマはあれだが、今日のさくらの個人テーマは大人っぽさ。羽織の下に隠したビキニは特に意識して選び抜いてきた。
 別にあなたのためではありませんけどね。ええ、あくまで私自身のためですけど。

「姫若様――きゃっ」
 パーカーとハーフパンツのセットアップという、「気取らず遊ぼう」な心を体現した不知火 楓(la2790)が、波に足を取られかけた奏の手を取り、引き寄せる。
「そ、べ、で、あ、う」
『そんな、別にどうということはありませんわ。でも、ありがとうございます。うれしいです』と言いたかったんだろう。
「お手をどうぞ、姫。そう言いたかったんだけど、ごめん。待ってる時間がなくて事後承諾になっちゃって。と、このままじゃ結局いっしょに倒れちゃいそうだね」
 波で崩れゆく足下を一瞬見下ろした楓は、奏の重心をかるく後ろへ反らさせた次の瞬間、ふわり。
「緊急の事態ゆえ、この無礼をご容赦いただけますか? 姫」
 楓はお姫様抱っこした奏へ笑み、優美に片目をつぶってみせたのだ。
「あ」
 一音漏らしたきりガチンと固まった奏はもう、瀕死である。
 先日の練習でしがみついているべきなのはわかていたが、いざとなると動けない。そんなはしたないことできるわけありませんわー!?
「水着、すごくいいね。いつもの衣装は心も体も鎧われてる感じで、それは奏を凜々しく飾ってるけど。こうして包み隠さない奏はかわいらしくて、どこか危なっかしくて。僕が彼氏なら、必死で隠して守りたくなるよ」
 姫若様!? まさかそれは、つまりなのですか!? それとも実はきゃーだったり!?
 はい、私どろでろに溶けますわ。これまで応援してくださったみなさま(久志様)、どうぞ姫らしからぬ末路を嗤ってやってくださいませね――

「ガチ王子マジすげーな」
 一方、唸るしかない久志である。
 お姫様抱っこなんてクライマックスイベントだろう。それをあっさり第一幕でかますとは、出し惜しみがなさすぎる。
 感心してる場合じゃねーか。
 インカムで瀕死の奏へ心臓を動かせの指示を送り、ついでにひと言添えてやる。
「死んでる場合じゃねーぞ。お姫様っぽいこと言っとけ」
 奏はかくかくうなずいて、
「よろしくってよお願いいたしますわ!」
 なんとか絞り出した言葉は「教えろください」レベルのアレで、なんとも決まらない。
 んー、こりゃ酷ぇ。そっと目線を外した久志は次の瞬間、楓に見られないようこちらへ向けた奏の鬼気噴き上げる両眼と向き合うはめに陥った。
『ひっひひひっひさしさまっ! 私、薨御しますっ! いえ実は卒去しますわああああああああ』
 用語解説しておけば、薨御(こうぎょ)は皇太子や大臣位の死に際して用いられる語であり、奏は自分が第一王位継承者であると主張したわけだが、“実は”身分的にはそれより劣る(それでもかなり偉い)姫が死ぬのだということで卒去(そっきょ)と言いなおしたのだ。ようするに、実はと言いつつ相当に見栄を張っていたし、そもそも謙譲語だから自分へ使うものじゃない。
 が、受け取った久志はと言えば。
 香魚って、鮎のことだったか? 海で鮎するってなんの隠語だよ。あとソッキョはなんだ? 相撲取りの構え……ありゃ蹲踞(そんきょ)か。海で鮎する蹲踞?
「わかんねーし、とりあえずビールでも買ってくっか」
 久志と入れ違い、嵐のまっただ中へ突っ込んでいったのは仙火、そして巻き込まれ中のさくらである。
『ったく、楓は素がアレだからな! 姫じゃなくても女子にゃ刺激強すぎだって!』
 この発言に首を傾げるさくら。
『奏はむしろ本望なようですが……それよりもなぜ、常は争い合う間柄の奏を気にするのですか?』
 言葉の端から突き出す棘に気づかぬまま、仙火は難しい顔を振り向け、
『いろいろあんだよ。とにかく今日の俺らは奏が好き勝手動けるようにしてやらねえと』
『それもよくわかりませんが、普通に遊んでいればいい。のですよね?』
『ああ、いつもよりもっと普通にな』
 奏と仙火と久志、三者はそれぞれ今日という日に思うところがあり、楓とさくらだけがそれを知らされていないことはわかった。普段のさくらなら、仙火に的を絞って問い詰めているところなのだが。
 仙火は私を謀(はかりごと)の相方に選んだということです。楓ではなく、私を。
『とにかく、奏の自由を取り戻せばいいのですね?』
 するりと体を抜いた後の羽織を仙火へ放り、さくらは加速した。
 果たして空と海の青の狭間に躍る水着――基調の黒を薄紅のレースで飾った、大人かわいいビキニ。いつもとちがう装いに挑戦! と心を決め、激烈な緊張を胃薬で鎮めつつ独りで買いに行った一品である。
『夜桜って感じだな。最高に似合ってる』
 駆けながらさくらの羽織を器用に畳みつつ、仙火はいい笑顔で言う。
 ええ、あなたが見逃さずに褒めてくれることはわかっていましたよ。心を揺らすことなくいつも通り、ごく普通に。
 先の浮き立ちはあっさりと塗り潰され、さくらの足を重くするが、それでも彼女は無理矢理に足を速め、楓の腕から奏を引っこ抜くのだ。
「王子と姫のふたりで遊んでいては、下々の私たちが困ります」
「僕は王子じゃないよ」
 空いた両手をかるく挙げ、苦笑する楓。いつも通りであるはずなのに、どこか引き絞られた空気を感じるのはさくらの気のせいだろうか?
 ここで追いついてきた仙火は、大げさな苦みを乗せた顔を楓へ向ける。
「普通はお姫様抱っことかしねえんだって王子様。実際、俺の彼女だった子もそこそこの数持ってかれたしな」
 全力の自虐で場の空気を和ませにいった仙火なのだが。
「仙火? そのお話、少しくわしく聞かせてもらいましょうか」
「そうだね。それは僕も、ちゃんと聞いておきたいかな」
 さくらと楓の笑みの圧が、仙火をぐいぐい押し込んでくる。
「いや別にそういうことじゃねえだろ!? 奏も見てねえで」
 今そこにいたはずの奏が、忽然と消えていた。必死で見回せば、海の家で仕込んだビールの小瓶を抱えて帰ってくる久志のほうに全力疾走していて……
 よしわかった。俺が踏ん張るとこってことだよな。
「聞かせてやるぜ。俺のはずかしい昔話」
 心の内で久志へサムズアップ、仙火は迫り来る笑みふたつへ踏み出した。

「なんでこっち来んだよ。インカムもあんだろ」
「高貴なる私の御手をお借りできることを光栄に思いなさいですわ!」
 ひと息で言い切り、傲然なる手でもって久志から数本を奪い取った奏は、ふと表情を困らせて、ぽつり。
「まったく上手にできません……呼吸すら怪しくて、あのままでは息絶えてしまいます」
「刺激強いのはわかるけどな。でも、奏はこの前なんのために練習した? 今日なんのために来たんだよ?」
 オレンジジュースを渡してやりつつ、言う。炭酸にしなかったのは、大事な局面でげっぷが出ないようにとの気づかいだ。
「ご指導とお気づかい、痛み入りますわ」
「ほら、ビーチボール持ってきてあるし、痛み入るよか動いて揺らして、楓にナイスバディ見せつけてこい」
「私には揺れるものが、久志様は品が不足していますわ!」
 それでも元気を取り戻した奏は、ボールを取りに駆けだしていった。
「ビール、楓に持ってってやれよー」
 後を追う形で歩き出した久志は苦笑し、すでに無人へ戻ったパラソルの下へ腰を下ろす。
 やれやれ、若いってのはいそがしいな。
「――久志、どうだった!?」
 ビーチボール登場のおかげでさくらと楓から解放された仙火が、こちらもいそがしく駆け込んでくる。
「どーもこーも。ちょっと話してただけだって」
 そしてビールを示せば、仙火は「なんだよ、せっかく俺が」などとぶつぶつ言いつつ1本を一気に干し、息をついた。
「キンキンじゃねえのにうまい!」
「暑い中だとな。氷水で冷やしたくらいが実はいちばんうまい……っと、俺はこのまま荷物見てっから、仙火はあっち混ざってこい。そしたら2対2になるだろ」
「わかってるって」
 立ち上がった仙火は心得顔をうなずかせ、力強く拳を握り締めた。
「今度こそ任しとけ」
 え? なにこの気合? しかもなんか、俺のために動いてやるぜって顔してね? 久志の疑問を丸っと置き去り、仙火はビーチボールを膨らませるべく去って行った。
 と、そこへそっと踏み込んできたのはさくらである。
「今日の仙火、おかしくありませんか? それに奏も久志も」
 うーわ、なんて答えんのが正解だ? しかし先頭に来んのが仙火なあたり、さくらの素直さだよなぁ。

 ビーチボール、海の家で昼食、スイカ割り、海水浴。5人はひとつずつイベントをこなしていく。
 楓の濃やかな王子様っぷりにめろめろな奏は今にも息絶えそうな有様だが、しぶとく生きているのでよしとしよう。仙火とさくらの妙なぎこちなさもまあ、よしとしておく。それよりもだ。
 いつものごとくに飄々としている楓……なんというか、飄々としすぎてはいないか?
 やわらかな笑み、爽やかな言葉、かろやかな身ごなし。すべてをもって奏をエスコートしつつ、逆に一定の間合を保っているようにも見えて。
 いや、俺が気のせいに引っぱられてちゃしょうがねーか。奏のアシストしてやんねーと。
「仙火、さくら、ちっと景品買い足しに行くんで付き合ってもらっていいか?」
 実はつい先ほど、最後の締めに皆でビーチフラッグ対決をすることになったのだ。しかもルールは「なんでもあり」。相手を邪魔しようが徒党を組もうが、素手であればすべてが許される。
「久志、わかってるよな」
 発案者の仙火は低く念を押してきたが、なにをわかればいいというのだろう? ともあれ逃げられないことは確定なので、逆に状況を生かしていくよりなかろう。

 砂浜のただ中、1本だけ立てられたフラッグから2スクエア離れて5人が並ぶ。距離的には全員がもれなく10秒以内に届くので、つまりはいかにライバルを排除できるかが勝負だ。
 景品を買いに行くという名目で奏を楓とふたりきりにしてやったのに、どうやら告白はできていないようで……これがラストチャンスだぞ。わかってんだろうな、奏!
「じゃあ、スタート」
 楓の合図と同時、久志がスイカ割りに使ったプラスチックバットを抜き出して、
「仙火、さくら、すまん!」
 その声音に、同じバットを手にした仙火の声音が重なった。
「さくら、楓、悪ぃ!」
「え、ふたりとも私ですか!?」
 あわてながらも跳びすさり、流木の枝を拾い上げて構えるさくら。
「いいでしょう。お相手仕ります」
「……仙火の相手が僕がするよ」
 やけに迫力のある顔で仙火の背中に蹴りを入れ、楓が言い放つ。
 奇襲は完全に失敗した。しかしこのまま一対一の真っ向勝負に持ち込まれるのはまずい。
「仙火!」
「久志!」
 互いの左と右とに位置取り、共闘の構えを作った久志と仙火。すれはあれども思いは一応ひとつ。それ以上の言葉はいらなかった。
「先は任せます」
「心得た」
 こうなれば自然にさくらと楓はアイコンタクト、共に木棒を携え、これに対する。
 と、そこへ。
「姫若様、私がお相手を――!」
 これまで眼前のカオスにぐるぐるしていた奏がようやく我を取り戻し、そして楓へ向かったのだ。
 久志様のご尽力、無駄にしては姫がすたりますわ!
 が、それを見た楓は小さく息をつき、
「3対2か。僕もさすがに本気出さないといけないかな。ね、仙火」
 なんで俺に訊くんだよ!? 言わせるより先に、楓がパーカーとハーフパンツをふわりと脱ぎ落とした。
 姫若様のご神体がご開帳ですわ――息を飲んだ奏は、次の瞬間「え!?」、全部吐き出し、目をしばたたいた。

 わずかに赤を帯び始めた空の下、露われた“楓”。
 シンプルな黒ビキニのみをまとった肢体はしなやかで、すべらかで、淑やかで。
「兵法家が脚を見せるのは問題かな」
 どこからか取り出したパレオを腰に巻き付ければ、安い海辺を会員制ビーチさながらに変容させる淑女がここに顕現する。

「……今までの格好のほうが動きやすかったのでは?」
 楓の素肌の破壊力を思い知っているさくらは、どうにもおもしろくない顔で言うが、楓はすました顔でさらりと言い返す。
「敵の目を惑わせて釘づけるのも兵法だよ」
 いったい誰の目を? 訊きかけたさくらに、楓は特殊発声でぽつり。
『さくらに譲ってあげる気はないから』。
 その目を迎える揺るぎない笑みは、つまり――

 一方、久志と仙火も楓のご開帳を受け、うろたえていた。
「あれってあれか!? ビキニは空気抵抗少ねーとか!?」
「おい、あっちの得物棍棒だぜ!?」
「……楓がビキニなの、わかってるか?」
「今さら驚くかよ。俺と楓がどんだけいっしょにつるんできたと思ってんだ?」
「とにかくこれじゃ奏に」
「とにかくこれじゃ久志に」
「は? なんで俺だよ?」
「久志が奏から告白されるってハナシだろ!? だから俺、影ながらサポートしてきたんじゃねえか!」
「仙火、それでか。あのな、最初っから最後まで、全部まちがってっから」

 かくて男たちが順調にしばき倒されていく様を呆然と無視、海風のただ中に躍る楓の様へ釘づけられた奏は胸中でうそぶいた。
 おかしいですわね?
 あちらにいらっしゃる、私の数十倍いえ数倍美しい上にお胸もアレな麗人はどなたですの?
 これが巷で噂の熱中症ですかしら? だって、姫若様はご自分が女性などとおっしゃられたこと、ありませんもの。
 男性だとも、おっしゃられたことは、ありませんけれど。
 姫若様は、女性でしたの。私はそれを知らずに今まで……姫若様はこれまでいったい、どのようなお気持ちで私のお相手をしてくださっていたのでしょう? だって、こうして見ればすぐにわかりますもの。姫若様の目がどなたへ据えられているものか。そしてその方が、まるで気にされていないことも。
 奏は落ちている流木の中からもっとも太いそれを拾い上げた。
「とにもかくにも、全部仙火様のせいということですわね」
 流木を振りかざして仙火へ押し迫る奏。
「待っ、奏、死ぬ! それ俺死ぬ!」
「EXISではありませんし、大丈夫ですわ多分!」


「そういうわけでしたか」
 海の家の一席で抹茶シロップのかき氷をつつきつつ、これまでの経緯を久志から聞いたさくらはうなずいた。
「でも、久志が奏のまちがいに気づいていれば、騒動はこれほど大きくならなかったはずですよ」
 もっともな指摘にむせた久志は、ブルーハワイかき氷を意味も無く突き崩して、
「そういうこともあるよなって」
 言い終えて、深い息をつく。
「……おじさんの考え休むに似たりだな。みんなに余計な面倒背負わせちまったし、奏の心にも一生の傷つけちまった」
 これに異を唱えたのは、いちごかき氷を前にした仙火である。
「奏はそんな弱い奴じゃねえよ。だって姫だぜ?」
 言葉足らずは承知の上で言い切り、ふと表情を崩して久志に悲哀をぶちまけた。
「ってか、久志はちゃんと考えてること全部言ってくれよ。おかげで賭けるどころか落としかけたじゃねえか、命」

 少し離れた席で、楓と奏は同じレモンかき氷を食べている。
 楓は自らの男装の理由をぽつぽつ語り、奏は都度、静かにうなずいて。
「これまでの半生、女子から好きになってもらうばかりで。だから彼女たちのいい思い出になれるようにって考えて、振る舞ってきた。……結局のところ、誠意というものをはきちがえていただけなんだけど」
 声音に押し詰められた後悔は深く、重い。
 聞き終えた奏はかぶりを振った。はきちがえていたのは私ですわ。勝手に理想の人を姫若様に映して、ただ男性ではなかっただけで想いをなきものとしてしまえるのですから。でも、せめて魅せていただいた夢へのお礼をいたします。
 奏は静かに顔を上げ、問うた。
「それに気づかれたのは、ご自身が女子であることを思い出されたからですわね?」
 楓の頬に朱が映り、言葉ないまま答を返してくる。
 だから奏は力を込めて告げるのだ。
「見せてくださいまし。たったおひとりのために取り戻された姫若様の、最高の女子っぷり」
 小さううなずく楓から視線を外し、奏は多めに掬ったかき氷を口へ放り込んだ。
「甘いですわね」
 どんな気分でもかき氷は酷(ひど)く甘く、酷(むご)く冷たくて。
 うまく笑えないのはきっと、この酷さと酷さのせい。

 話が一段落したところで一同は同じ卓へ集まった。
 今日の話をしたり、なんでもない話をしたり。穏やかな時間の中、「お花を摘んで参りますわ」と立ち上がった奏。
 いろいろと整えて出てきた奏を、卓から見えない位置取りで久志が待っていた。
「先に出るか? 一応、裏から出してもらえるように言ってある」
 久志の気づかいが胸に染み入る。しかし奏はかぶりを振った。
「私だけ今日という日の思い出が途切れてしまうなど、もったいないでしょう?」
 まっすぐに顔を上げ、凜然と卓へ戻り行く奏の背に、久志は肩をすくめるよりなかった。
 参ったな。女の子ってのはいきなり女になりやがる。
 この瞬間、胸にあふれ出た万感はしっかり閉じ込めておこう。失敗続きのおじさんでも、我慢することだけは得意だから。


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2020年09月10日

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