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『彼女の名は(3)』
水嶋・琴美8036

 敵組織の拠点へと潜入した水嶋・琴美(8036)は、扉の前にあるディスプレイへと迷う事なくコードを打ち込んでいく。
 暗号により厳重に守られていた扉も、聡明な彼女にかかれば大した問題ではない。
 拠点内に設置されていたトラップも、相手の心理を読み罠の位置を予測した琴美は難なく突破する事が出来た。
「ずさんなセキュリティね。警備も大した事ないし、本当に今回の任務は危険な任務なのかしら? 司令の勘違いだったというオチではなくて?」
 そう冗談まじり独りごちた彼女の足元には、何人もの敵が倒れ伏している。
 その身体に塗れた血はどれも黒く濁っており、彼らが人体実験の末に生まれた改造人間だという事を無言で教えてくれていた。戦闘のためだけに改造された身体は、半ば異形と化している。
 ひどく哀れで惨めな末路だ。何よりも哀れなのは、それなのに琴美には指一本触れる事が出来ず、一方的に倒されたという事だろう。
 そして、また一人。コードを入力している琴美の事を、背後からこっそりと狙う影があった。
 気配を隠し不意打ちをくらわせようとしてきた相手を、琴美は振り返ると同時に蹴り飛ばす。
 振るわれた華麗な回し蹴りは、相手の側頭部へと直撃した。スカートが翻り、美しく伸びたしなやかな美脚がさらされたが、それを堪能する余裕は相手にはなかった事だろう。
 不意打ちという卑怯な手を使ってきても、琴美に傷一つ負わせる事の叶わなかった哀れな敵を見下す琴美の後ろで、ゆっくりと扉が開いていく。
 建物の外観から、ある程度この拠点の内部構造を琴美は予測していた。恐らく、この扉の向こうが拠点の最深部だ。

 ◆

「……あなたが、この組織のボスね」
 開いた扉の向こうに、『それ』は居た。
 不気味にうごめく、巨大な影。
 実験を繰り返したせいで、もはや人の姿すらも保っていられなくなったのであろう……元人間でありこの組織のボスである異形が、琴美の来訪を喜ぶかのように不気味な笑みを浮かべていた。組織のボスは、力を求めるあまり自らも実験体にしたのだ。
 ――轟音。ただ『それ』が腕を振るっただけだというのに、周囲は振動する。
 しかし、琴美は微動だにもせず、じっと相手の事を睨むように見つめていた。挨拶もなしに放たれた一撃を、彼女はナイフで受け止めたのだ。
「まったく、マナーのなってない人は嫌われるわよ」
 そのまま、彼女は空いている方の手で拳を作り敵へと叩き込む。風を味方につけた彼女の一撃は、その見た目からは想像も出来ない程に重く、力強い。
 苦悶の声をあげ相手が怯んだ隙を狙い、追撃。琴美のブーツに包まれた脚が、鮮やかな軌跡を描き敵を穿った。
 敵はまるで弾丸のように、体の一部を変形させ琴美を狙い撃とうとする。だが、放たれた仮初の銃弾は琴美の体に届く前に彼女の操る風によって叩き落された。
 敵は、そんな琴美を見て――笑みを深める。耳障りな笑い声が、琴美の鼓膜を無遠慮に撫でた。
 心の底から、相手は琴美の強さに喜んでいるようだった。力を求める敵にとって、もともと強い上に美しい琴美ほど理想の実験体はいないのだろう。
「悪いけど、あなたの実験ごっこに付き合う気はないわ。これで、終わりよ」
 しかしその笑い声は、だんだんと悲鳴へと変わっていった。
 いつの間にか敵にくくりつけられていたワイヤーが、黒い花を咲かせるかのように相手の身体をどす黒い血の色で彩る。
 最後に敵が口にしたのは惨めな命乞いだった。罪なき者達を、実験のために犠牲にした自分の事など棚に上げみっともなくすがってくる相手へと、琴美は軽蔑の視線を返す。
「――無様ね」
 その艷やかな唇に侮蔑という感情を乗せ、琴美はそう告げた。
 再び、黒い花が咲く。
 悪しき肉体を魂ごと縛り上げたそのワイヤーは、操る琴美が引き受けた任務通り、組織の者達を一人残らずせん滅したのであった。




東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年09月10日

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