『彼女の名は(4)』

水嶋・琴美（8036）

　せん滅対象である敵を全て倒した水嶋・琴美(8036)は、任務達成の報告と現場の処理を頼むために司令へと通信を繋げた。
「こちら水嶋。……任務のキャンセル？　違うわ。終わったから、その報告よ」
　通信機の向こうで、司令が動揺する気配がする。強大な力を持つ組織を、一夜どころか数時間足らずで琴美は滅ぼしたのだ。あまりの速さに、司令が驚くのも無理はない話だった。
「ええ、簡単な任務だったわ。正直期待はずれね。司令が大げさだっただけじゃなくて？」
　からかいまじりの言葉を放ち、琴美は悪戯っぽく笑う。あれ程危険だと言われていた相手だったのに、難なく倒せてしまい琴美は少々拍子抜けしていた。
　あれでは、トレーニングをしていた方がずっと良い運動になったに違いない。気分を晴らすために、拠点に帰ったら今日は自主トレーニングをして過ごそうと琴美は心に決める。
　報告をし終えた琴美は、拠点へと向かい歩いていく。その足取りは、ショッピングを楽しんでいた時よりも軽快であった。
　今回も、任務は無事成功した。任務達成の高揚感を、彼女は満喫するのであった。

　◆

　自室のワードローブにて、琴美は一着の衣服を取り出す。それは美しい赤色に染められた軍服ではなく、先日買ったばかりの私服であっだ。
「今日は、どのコーデにしようかしら？」
　休暇中に緊急の任務が入って以来、色々あって連日任務を引き受けていたためにゆっくりとショッピングをして過ごせるのは久しぶりだ。
　もっとも、司令は琴美を気遣い休暇を与えてくれようとしてくれていたのに、任務があるなら引き受けたいとねだったのは琴美の方なのだが。
「先日の相手は期待外れだったから、もう少し強い相手と戦いたかったけど……結局、私と対等に渡り合える敵はいなかったわね」
　ここ数日引き受けた任務の内容を思い返しながら、琴美は残念そうに肩をすくめる。
　どれもこれも、世界を脅かす程の力を持った敵や、強大な組織と戦う危険な任務ばかりだったが、それでも琴美を満足させる事の出来る相手は一人たりとも現れなかった。
「……あら？」
　不意に、通信機が着信を告げる。まるで先日の休暇の時をなぞるように鳴るそれを見て、琴美は笑みを浮かべた。
「どうやら、この服はまたお預けになりそうね」
　取り出したばかりの新品の衣服を、再び琴美はワードローブの中へと戻す。今日も、彼女が着るのはあの軍服になりそうだった。
「さて、どんな内容の任務かしら？」
　いったい、次はどんな相手と戦えるのだろうか。自分を楽しませる事が出来る強敵ならば良い。
「誰が相手だろうと、私は決して負けないわ」
　この美しく艷やかな身体は、敵の攻撃を受けるどころか触れられる事すらないだろう。
　圧倒的な実力と自信を胸に、琴美は今日も堂々とした足取りで任務へと向かうのだった。

　◆　

　琴美が常に抱いている自信は、決して揺らぐ事はない。彼女は強い。しかし、その強いという事実が彼女にとって最大の弱点である事を、琴美は知らない。
　敵を見下し、自らの力を信じている琴美に慢心が生まれるのは自然な事だった。敗北を知らない彼女が、自らが敗者になる可能性を考えた事があるはずもない。
　いつだって、彼女の唇が口づけるのは勝利の味だけ。甘美な味に慣れた舌は、這いつくばった者が味わう屈辱の味を想像する事すら出来なかった。
　だが、水嶋・琴美の名を知る者は、彼女が思っている以上に――多い。
　いくつもの組織をたった一人の力で潰してきた少女。その上、それがとびきりの美少女ときたら、自然と裏の世界の者の興味をひくというものだ。
　彼女は、自分が想像している以上の数の相手にその身体を狙われていた。ある者は復讐を掲げ、ある者は一方的に恨みをつのらせ、ある者はその美しい顔が絶望に染まる様を想像して愉悦する。
　彼女の名は水嶋・琴美。圧倒的な実力と、そして知性を兼ね揃えた美しき少女。
　けれど、彼女が「水嶋・琴美」であるせいで、その名が知られ始めてしまったせいで、いつか少女は地獄へと引きずり込まれてしまうのかもしれない。
　彼女自身は敗北など全く予期していないが、その傲慢さと慢心はいつか彼女の足をすくう。思わぬ形で敗北し、完膚なきまでに蹂躙された時に、琴美は何を思うのだろうか。
　自信がへし折られた少女は、彼女が今まで倒してきた敵達のように、惨めでみっともない命乞いをし、無様な末路を追うのだろうか。
　いつか訪れるかもしれないそんな未来を、捕食者達は琴美の事を隠れて監視しながら、待っている。

「司令、今日の任務の内容は何なの？　どんな任務でも、完璧にこなしてみせるわよ」
　何も知らない琴美は、笑う。自分の歩く道の先には栄光と勝利しかないと信じる少女は、楽しげな様子で今宵もまた危険な任務へと向かうのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
華麗に敵を打ち倒す琴美さんのお話、このような感じになりましたがいかがでしたでしょうか。
琴美さんの魅力を少しでも表現する事が出来ていましたら、幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、ご依頼誠にありがとうございました。また機会がありましたら、いつでもお声がけくださいね。

東京怪談ノベル(シングル)

しまだ

東京怪談

2020年09月10日