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『空の下、波間は煌めく』
神取 アウィンla3388)&神取 冬呼la3621

いつ訪れても不可思議なものだ、と。
寄せては返すさざ波を聞き、アウィン・ノルデン(la3388)は目を細めた。
眼前にはただ大海がある。夏らしい蒼穹を映した真っ青な海面を見る、アウイナイトの瞳もまた深い青をしていた。
かつてカロスの地にて海を知らず過ごしたアウィンにとっては、これもまた地球に来て初めて見たものの一つだ。
遠く水平線を臨めるほどの水が波を作り、休むことなく繰り返す。仕組みのほどは書物を通し既に理解しているが、それにしたって神秘的であることに変わりは無い。まるでそう、生命力の満ちたるような感慨がある。





「ええと、あっくん。待たせちゃったかな」
少し小さく呼ぶ声に、アウィンは振り返った。その呼び方で自分を呼ぶものは一人しかいないし――否、本当の意味で一人しか居ないのだ。このビーチは今日泊まることになるコテージタイプの宿を含めて貸し切りであるため、ここに居るのはアウィンと、彼女。神取 冬呼(la3621)の二人だけ。
それもこれも、このプライベートビーチを神取家の関連企業が経営していたという縁あってのものだ。これまで海には何度か足を運んでいたアウィンは、夏の海の賑やかさも人の多さも知っている。それ故に、二人きりでゆっくり過ごせるというのはとても希有なことだ。その事実を今まさに噛み締め、改めて感謝をと開きかけた口はそのまま、思考が止まった。

さんさんと晴れた空の下。濃い青と白い砂浜によく似合うビタミンカラーのビキニに、ふわりとパレオの裾が揺れる。動きやすそうに纏めつつ垂らしたツインテールの紫もまた美しく、それは見事なまでの夏の装い。
少し、いやかなり思い切ったのではないだろうか。その水着は冬呼によく似合ってはいるものの、いつもであれば選ぶことはなかったであろうタイプのものである。
露出した肌が白く、それがまた水着とのコントラストに映えている。真夏の洗礼に暫し固まった後、アウィンは思わずぽろりと言葉を零した。

「……スク水じゃないのか」
「スク水が良かったの!?」

彼の名誉のためにも書くが、断じてスクール水着が良かったわけではない。断じて。
それもこれも、以前に彼女が面白半分にスク水を着用していたことに起因するのだが(しかも、彼女はかなり幼く見えるため、奇跡とも言うべき違和感のなさを発揮していた)、そうではなくアウィンはただただ驚いたのだ。
もう長い付き合いになるが、冬呼がこんなに肌を露出した水着を選んできたことは無かった。スク水……は置いておいても、夏服と相違ないワンピース型の水着など数多く存在することを知らぬわけではない。
つまり、敢えて選んだのだ。二人きりで過ごす海に、この水着を。

「スク水はネタ枠として比類無いインパクトがあるからね。なるほどなー、瞬間火力で負けたかぁ……」
どこか遠い目でズレた自己評価をしつつ、少しばかりパレオの裾を引っ張る。否、インパクトがありすぎた故の結果であるのだが、それに彼女が気付くべくもない。その様子に気付き、慌ててアウィンは言葉を継いだ。
「いや、まさかそういった水着を着てくると思わず。とても似合っている。ビキニというものだったか」
そう言って、ちらりと腹に目をやってしまう。彼女の均整のとれたしなやかな身体、腹部には既に知るところにある大きな傷跡が残っている。実はそのことも含めて、きっと露出度の低い水着を選ぶだろうと思っていた。
「いやぁ、せっかくのプライベートビーチだし、夏だし、大胆にいくのも良いと思って。でもまあ、胸も大きくないし、背も低いし、選択としてはまあまあだったかも」
「そんなことはない」
冬呼がごにょごにょと言った後半の言葉を聞くや、アウィンはすぐさま否定した。
「胸の大きさは魅力とは本質的に関係が無いものだ。ふゆはバランスのとれた美しい体躯だと思うし、白磁の肌の柔らかさも知っているし」
「お、おお!? ちょっとあっくん、ちょっと!」
思わず、冬呼は周囲を確認するように見回した。これは癖だ。二人以外の人間がいようはずもない。いやそれでもちょっと、いやかなり恥ずかしい。
とはいえ思っていることをそのままに発露しているだけのアウィンである。少し首を傾げ、そして特に恥じること無く続ける。
「俺にだけ見せてくれる姿ということなら、とても嬉しい」
アウィンの言葉に、冬呼はじわりと頬を赤く染めた。矢継ぎ早に褒められるのはやはり照れくさい。
かくいうアウィンも水着姿だ。露わになった上半身はしなやかに、しっかりとした筋肉が付いている。割れた腹筋もこういう時でないと臨むことはできない。普段は美青年といった風体の彼も、脱いだら戦いに臨む男らしい体格をしており、なんだか目のやり場に困る。なるほどこれがギャップ萌え。
「……よし、せっかくの海だからね。泳ごう」
そう言うと冬呼はアウィンの手をひいた。透明な波間に足を浸けると、くすぐるような冷たさが心地よい。
今日は彼をめいっぱい楽しませるつもりでいるのだ。時間はいくらあっても足りない。





というわけで。
二人は何故か潮だまりにいた。ちなみに潮だまりとは、干潮の際に海水が取り残されて出来たタイドプールのことである。
「泳ぐのではなかったか……?」
「いやあ、ちょうど干潮だったから」
てへへと笑う冬呼は、ぴょんと跳ぶように背伸びをして麦わら帽子をアウィンへ被せてやる。降り注ぐ陽射しは、くっきりとした影を足下に落としていた。
「足下には気をつけて。夏の直射日光もなかなかきついからね。まあ、あっくんには釈迦に説法かもしれないけども」
「ふむ……。ところで、この一帯に何かあるのか?」
「ふっふっふ。まあまずは付いてきて」
得意げな表情で歩み始める冬呼に、アウィンは首を傾げながらついて行く。干潮時に露わになった地表は小石や海藻など様々なものが落ちており、アウィンは彼女の言葉をすぐになるほどと受け入れた。
「ほら見て、ここ。ここ」
ちょいちょいと冬呼が指差す先を覗けば、そこには鮮やかな青の小魚が数匹。水たまりのような海水の中を泳いでいる。
「これは……」
「ソラスズメダイだね。綺麗でしょう」
胸を張る冬呼。ついついと泳ぐ青は、水族館などで見るそれとは幾分違う雰囲気だ。アウィンは目を丸くして、暫し眺める。
「引き潮に間に合わず取り残されたのか」
「そう! 潮だまりを見れば海中の様子がわかり、海中の様子がわかれば生態系もわかる。ここはちょっとした知識の宝庫なのだよ――って、あはは。なんだか講義みたいになっちゃったけど」
そう言って笑う冬呼はとても楽しそうだ。だからアウィンも釣られて、柔らかな笑みを浮かべてしまう。
「なるほど。それなら写真を撮って――」
「あっくん! これも!」
その間にもさらに別の箇所を覗いていた冬呼が戻ってきたかと思うと、その手の中から小さなカニが現れた。
「イソガニ……か?」
「いえす。綺麗な海だからか、生き物がいっぱいいるみたいでわくわくするね。心の男子小学生が喜んでいるよ」
「男子小学生……?」
いつのまにか厚手の手袋まで装備している冬呼。海のこういった遊び方は初めてで、アウィンは目を瞬かせるばかりだ。ただ、海の中に生物が多様に居るという事実も、こうして改めて目で見ると感慨が深かった。彼らは当たり前のようにここで生き、海にはそういった生物が数え切れないほどに存在する。『母なる海』という表現も、実に的を得ているのだろう。
冬呼に習い、アウィンも他の場所を探してみる。幾つかを眺めた後に、何やら鮮やかな生物を見つけた。
「これは知っている。ウミウシだな?」
「そうそう。よく見つけたね。これは負けてらんないなー」
そう、元より知的好奇心の高い二人である。さらに種類を調べんと小さな図鑑を覗くようにするアウィンの様子に、ことさら嬉しそうに冬呼は目を細めた。

「ふゆはすごいな」
ぽつりと、アウィンが言葉を零し、冬呼は目を見開く。
「え、え。なに、なにが」
「ああいや。同棲も始めたし、俺もそれなりに長く共に居るつもりだ。海も何度かは訪れている。なのに、まだ新しいことをこうして教えてくれる」
共に歩むたび発見がある。この世界の美しさであろうが、教えてくれるのはいつも彼女だった。
「あ、あ――、どちらかというと子供っぽいって言われてしまうのだけど、でも、そっか。そうかあ」
こうして真っ直ぐ褒められるのはむず痒いとばかり、冬呼は頬を赤く染めた。
「あっくんが勉強家だからだよ。私も教えられることのが多いし」
「そうでもない。この世界を知るのが、ふゆの助けによるもので良かったと思うことは今でもとても多い。理知的で、けれども楽しむことを忘れない。それに、」
ただ本を読み知るばかりでは、こうした発見は少なかっただろう。煌めくようなこの世界の美しさを共感できるのは、彼女が本当に自分の世界を愛しているからに他ならない。
「あー、あー、もう! そこまで、そこまで−!」
冬呼はわたわたと立ち上がり、そして手袋を放り投げると逃げ出すように走り出した。
優しげに苦笑してアウィンも続く。ざぶんと水飛沫をあげて、海は心地よい冷たさを保っていた。





やがて日が傾き、海はいつのまにか赤々と染まり始める。
どちらからともなくコテージへ帰ろうとなり、冬呼は少し先を歩きながらアウィンを振り返った。
「夕ご飯はどうしようか。何か作ろうと思うけど」
「勿論手伝う所存だが、そうだな。少し前に食べた、オムライスはとても美味かった」
言ってみて、少し子供っぽかっただろうか――と、アウィンは少し考える。そんなことは露知らず、冬呼は「了解ー!」と嬉しそうに笑っていた。

きらきらと輝く海面に、ゆらゆらとツインテールが揺れている。二人を見て、到底十四もの差があるように気付く者はいないだろう。そう思うくらい冬呼は愛らしく、けれども美しいのだ。
なれば隣に立っても違和がないほどの大人であろうと思うも、十四年の歳月自体が縮まることは無い。頼りにされたいというのも少し違うが、頼りないと思われるのは不甲斐ない。
彼女が生きる世界は優しいだけのものでは無いのだ。であれば自身が与えるべきは『安心』であるはずで。
変わらず髪を揺らして波間を跳ねる彼女へと手を伸ばす。海から――否。世界から少し、此方側へと引き寄せる。
「……!? あっく、ん?」
驚いたように、冬呼はアウィンを見た。その目はほんの少し、独占欲が滲むような、そんな気がして。こういうとき、冬呼は胸がちりちりするのだ。
どうしても埋まらない距離がある。それは世界にいた時間であるかもしれないし、離れた歳の差そのものかもしれない。この差を、冬呼は埋めてあげることができないでいる。
アウィンは美しい人だ。気高く、嘘が無く、いつも真っ直ぐで。真っ直ぐに向けられる独占欲を嬉しいと思ってしまう自分も、申し訳ないと思ってしまう自分もいる。貴方が思ってくれるほどに、自分が素敵な人物で居られているかもわからないのに。
「……いや、なんでもない。ただ、少し近くに居て欲しくなった」
複雑な表情を滲ませて言うアウィンに、冬呼は少しだけ寄りかかる。
「うん。私もちょうどそう思ってた、から」
照れくさそうに言う冬呼の表情は優しい。そうしてそっと握った手が、答えだ。ほんの静かに、同じように、冬呼もまたアウィンの隣に居ることを願っている。

「美味しいご飯を作るから、期待しててね。海で食べるものはなんだって美味しいのだけど」
「ふゆが作るものはなんだって美味しい。楽しみにしよう」
互いの距離の近さを咎めるものは何も無い。だから、感情を取り繕う必要も無く、ただ落ち行く夕日だけが二人を見ていた。


オレンジと紫のグラデーションが彩る空に、一番星が浮かぶ。混じり合うことが難しい二色が重なるのを祝福するように潮騒だけが鳴っている。
いっとう美しいこの世界を、二人は寄り添って歩いて行くのだ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【アウィン・ノルデン(la3388) / 男性 / 放浪者 / 危ない言動も愛ゆえに】
【神取 冬呼(la3621) / 女性 / 人間 / わくわくと冒険心を忘れずに】

いつもお世話になっております。夏八木です。
相変わらずお二人の関係がとても微笑ましく、切実で、感慨深く思いながら書かせて頂きました。
絶対に埋まらない距離をお互いに抱えながら、見るたびに少しずつ近付いているのを
そっと応援していきたいと思います。
最後までどうか、悔いのないようにいられることを祈っております。
遅くなってしまい大変申し訳ありませんでした。
素敵な発注、今回も本当にありがとうございました!
イベントノベル(パーティ) -
夏八木ヒロ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年09月15日

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