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『雨と泉の真実』
la3088

 そこは泉(la3088)にとって特別な友人の店だった。
 もう今日の営業は終わっているので、泉と店主である泉の友人の他に人はいない。
 泉はその友人に話したいことがあると言って、閉店後も居続けることを許してもらった。
 いつもと違う様子に気付いたのだろう、友人は快く承諾して泉に場所を提供してくれたのだった。
 店主は泉を急かすことはせず、静かに彼女から口を開くのを待っている。
 その無言の優しさをありがたく思いながら、カウンター越しに友人と向き合い、泉はやがてぽつりぽつりと語り出す。
「ほんまは誰にも言わんつもりやった。子犬も知らへん……言うてへん……ウチの家族しか知らんこと……」
 そんなふうに、泉の話は始まった……。


「……なんで? ……なんでなん? ……ずっとそう思い続けた結果がウチ……『泉』やねん……」
 泉の脳裏に、幼かった『泉』の運命を変えた日のことが、ありありと蘇る。
「あの日ぃ、あの子を助けられへんかった。罠に駆け寄った時には見えとった……せやけど、声出したら……声出してしもうたら……」
 一瞬、泉はそこで言葉を切る。
 まさにそのシーンが目の前で再現されているかのように。

 殺気を発する自分より大きな獣を前にして、泉は動けなかった。
 少しでも動いたり声を出してしまったら。

 ――ウチが食べられるっ――

「そう思うてしもうてん」
 泉は己を恥じるように目を伏せて俯く。
 友人は子供だったのだから仕方ない、泉の反応は普通のことだ、と慰めてくれたが、泉は微かに微笑むだけで、先を続ける。
「あの子は『逃げてぇ!』て叫んだ……ウチが出されへんかった声張り上げて。せやけどウチの脚は震えるばっかりで一歩も動けへんで……」
 そしてあの子は泉を突き飛ばして庇い、獣の餌食になった。なってしまった。

 沈黙によって、友人にも泉の言う『あの子』の末路が分かったようだった。悲しい色を瞳に宿して泉を見つめている。
「いっつも……『全部半分こや』って言うとったのに、勇気だけは全部押し付けてしもうた……。ウチ……『お姉ちゃん』やのに……。……『妹』ちゃん……護ってあげれんかった……」
 泉はさらに下を向く。
 友人は今の彼女の言葉に違和感を感じ、ちらりと疑問の目を向けるが、何も言わずそのまま話を聞き続ける。
「せやから……全部あの子にあげることにしてん」
 再び顔を上げて、友人を真っ直ぐ見つめる泉。
 これは大きな告白。
 泉が、自分の心の奥底のさらに奥に秘めていた、自分とあの子にまつわる秘密。
「ウチがあの子から奪ったもん、全部ぜぇんぶ……あの子にあげる……せやから……」

 『ウチのこと、一生赦さんとって』

 それが今の泉のただ一つの望み。
 自分のせいであの子は未来を、あの日以降も送って行くはずだった生きる営みの全てを奪われてしまった。ならば、自分の未来も自分の存在も、全てを捧げなければ償いにならない。
 だから自分は『泉』になった。
 赦されるつもりなんて最初からない。
 だって、どれだけ償おうとしたって本当に償えるはずはないのだから。
 だって、まだこんなに悲しみが生々しく己を責めるのだから。
 赦されないことで、自分の全部を捧げ続けるしかできないのだ……。

「『妹』一人護られへんかった『姉』。せやけど……居らんなったんは『お姉ちゃん』。家族は皆ちゃうて言うけど……ほんでも、ウチは……『泉』やねん……」
 辛そうな声で、泉は言った。
 あの日、『泉』は『姉』に助けられ生き延びた。
 ずっとそう言ってきた。そう思い込んできた。そう記憶しようとしていた。
 自分は『泉』だから。
 だけど本当は逆で。
 『姉』が『妹』に助けられていたのだ。
 そして残ったはずの『姉』も、もういない。
 それが真実。

 『なんであの子が死ななければならなかったのか』

 何度そう自問したことだろう。
 子供だった自分にとってそれは簡単に答が出るものではなかったけれど、それでも、周りが言う『仕方ないことだった』というのは違うと思った。
 明らかに原因の大部分が自分だということだけは、十分すぎるほど理解していたから。
 何回も、何日も、同じ問いを繰り返して考えて……、泉は自分の結論に至った。

 家族は自分を泉だと言いそう振舞う彼女を憐れんでいたのか、それとも双子の片割れを失ったショックのあまり気が触れたと思っていたのか。
 世界を隔てた今となっては泉にも分からない。
 家族が違うと言っても、泉は泉になり、泉として生きた。
 いつからか皆そのことには触れなくなった。

「ウチのこと……頭おかしなったと思ってる……?」
 少しだけ怯えた目で、泉は友人に尋ねる。
 友人は悲しそうな労わるような表情で、かぶりを振った。彼女のしたことを間違っていたとも、どうしようもなかったのだとも言わず、ただただ真摯に向き合い、泉の話を受け入れている。
 そんな友人の心遣いが泉には痛いほど伝わった。だからこそ、この友人に話す気になったのかもしれない。

 泉の、大きな秘密。
 そして大きな罪を。

 泉はこれからも『泉』として生きるだろう。
 自分の半身がいなくなってしまった泉は、そうして生きて行くしかないのだ。
 それが獣と対峙した時勇気を『半分こ』しなかった代償。

 命は半分こ出来ないから、全部をあげる。
 もう半分こはしなくていい。全部あの子のもん……。


 話し終えても、泉はカウンター席から立ち上がることができなかった。
 まるで全ての気力を話すことに費やしてしまったみたいに。
 今が何時なのかも分からない。むしろ時間を気にしてなどいなかった。あまり長居すると、店主である友人が迷惑だろうなどという気持ちさえも、すっかり泉からは抜け落ちていて。
 でも友人は泉に彼女の好きな飲み物をそっと差し出し、好きなだけ居ればいい、と小さくうなずく。
「……おぉきに……」
 薄明りの店内で、二人を冒し難い静けさだけが包んでいた――。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お久しぶりのご注文、ありがとうございます!

前回を受けてのとても重たい告白のお話で、泉さんの心情を丁寧に描写したく思い、書かせていただきました。
ご希望通り描写できているでしょうか……?

こちらが補った部分にイメージと違う所などありましたら、小さなことでも構いませんのでご遠慮なくリテイクをお申し付けください。
(明らかに妹さんを指す名前の『泉』は、NPC描写ガイドにより記載を避けています。どうかご了承ください)

気に入ってもらえたなら幸いです。
またご縁がありましたら嬉しいです。
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久遠由純 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年09月16日

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