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『いつか、その日まで』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 電話が、鳴る。
 芸術品として飾られていてもおかしくない程に美しい造形の魔法の電話が、音と共に心地よい魔力を発し、この魔法薬屋の店主に着信がある事を知らせてくれた。
 店主は、弟子に店番を頼み電話のある場所へと向かう。この電話に電話をかける事が出来る者は、限られていた。
 第一に、ある程度魔力がある者。第二に、店主、シリューナ・リュクテイア(3785)と同じ趣味を持つ者だ。
 電話の相手は、シリューナが予想していた人物だった。とある美術館の館長をしている、知り合いだ。
 電話口の向こうにいるその人物は、シリューナへと何やら頼み事をしてくる。
 頼み事を聞いてくれたら、掘り出し物を譲るという交換条件を相手が出してきたので、シリューナは一瞬思案を巡らせた後に、頷きを返した。
 掘り出し物も気になるが……シリューナの興味を何よりひいたのは、今回の頼み事の内容であった。
 彼女の視線が、店の商品が並んでいる方向へと向けられる。
 また新商品に興味を抱き、ついつい手を伸ばしてしまったのだろう。「やばっ! ……わ、割っちゃった〜!」という元気な声がそちらからは聞こえてきた。
 妹のように可愛がっている愛弟子、ファルス・ティレイラ(3733)の声だ。
 シリューナは、普段はさして変わらない落ち着いた表情を、美しい愉悦の表情で彩った。

 ◆

「す、凄い大きな美術館ですね〜! 師匠っ!」
 師匠であるシリューナに突然呼び出され、つい先程まで困惑していたティレイラだったが、足を踏み入れた館内に並べられたものを見てパッと花が咲いたような明るい笑みを浮かべる。
 好奇心に満ちた瞳は、飾られている数々の美術品が気になって仕方ないとばかりにキラキラと輝いていた。
 ここには普通の美術品だけではなく、いわゆる魔力の込められた美術品もあるらしい。
 ただでさえ好奇心旺盛なティレイラは、先程から興奮した様子で辺りをきょろきょろと見回していた。
 綺麗なだけじゃなくて、不思議な力も持ってるかもしれないなんて……! と、ついついじっくりと観察し始めようしたティレイラの事を、シリューナは無理矢理引っ張っていく。
「今日は鑑賞のためにきたんじゃないわよ、ティレイラ」
「え〜、ちょっとくらい良いじゃないですかぁ……。それに、何しにきたのかなんて、私はまだ聞いてませんよっ!」
「それは……お楽しみよ」
 何故かはぐらかすシリューナに、ティレイラは首を傾げる。
 戸惑うティレイラとは違い、今日のシリューナはいつもよりも機嫌が良さそうだ。
(もしかして、師匠のお眼鏡にかなう凄い美術品を、ここの館長さんに譲ってもらえるのかな? 私は、その美術品を運ぶために連れてこられたとか?)
「じゃあ、ティレイラ……竜姿に戻ってちょうだい」
「へ!?」
 一人思考を巡らしていたティレイラは、突然のシリューナからのお願いに驚いたような声をあげてしまう。
 突然竜になれと言われても普通の人間ならば困るであろうが、ティレイラは何を隠そう竜族である。彼女の本来の姿は、大きな翼と立派な角、長い尻尾を持つ巨体。猛々しい竜なのだ。
 言われた通り竜の姿に戻ったティレイラは、シリューナに言われるがまま美術館の中にあった少し開けた空間に立った。
 未だ事態が飲み込めないまま、竜は従順にシリューナの望むポーズを取る。
 この後何が始まるのかと、ドキドキしながら待っていたティレイラの耳に次の瞬間聞こえたのは、流暢に何かを喋る師匠の声だ。
 その声が何なのか分かった時、ティレイラはぎょっとする。周囲を、何やら良からぬ魔力が渦巻いていた。
 ……呪術だ。どういう事か、シリューナはティレイラに向かって封印の呪術を唱えているのだった。
「ちょ、ちょっと、師匠!? 何をする気ですかっ!?」
「ティレイラ、私はこの美術館の館長に頼まれたのよ。イベントの目玉となる、展示品が欲しいって」
 シリューナは、美術品を蒐集する事を趣味としている。この美術館に相応しい美術品も、数え切れぬほど所有していた。
 けれど、館長の頼みを聞いた時、シリューナの頭に真っ先に浮かんだ展示品は――これだった。
 石と化した、我が弟子ティレイラ。封印の呪術のせいで石の像になってしまった彼女こそ、シリューナが思い描く、イベントの目玉に相応しい最高の展示品なのであった。
「師匠の都合で、何で私も巻き込まれないといけないんですか〜!?」
 当然、何も知らなかった弟子の口からは非難の声があがる。
 大きな口を開き、竜は足掻いた。自らにまとわりつく呪術から逃れようと、全身で必死に抗おうとする。
 しかし、すでに全てが遅かった。
 封印の呪術は、暴れる竜を物ともせず、彼女の身体を蝕んでいく。
「安心して、ティレイラ」
 くすり、と魔性の笑みを浮かべたシリューナが、そんな竜へと近づいていく。宥めるように竜へと触れた彼女の肌もまた、呪術により徐々に石化し始めていた。
 シリューナは、自らも展示品の一部にするつもりだったのだ。
 気付いた時にはティレイラの嘆きの声も聞こえなくなり、館内は先程までの喧騒を忘れたかのように、しんとした静寂が支配していた。
 訴えるように口を開けたまま、竜は完全に石の像と化してしまっている。
 何も知らない者が見たら、鱗一つ一つすら丁寧に彫られて作られたように見えるこの石像の出来栄えに、感嘆の声をもらした事だろう。
 まるで本物の竜をそのまま石に変えたかのように、精巧だ、と。
 もっとも、『まるで』ではなく、この石像の正体は本物の竜族……ファルス・ティレイラに他ならないのだが。
 自慢の角から鋭い爪まで、全てを石にされてしまったティレイラの傍らには、女性の石像が佇んでいる。
 そっと竜へと手を伸ばす、長い髪の女性の像。
 ローブを身にまとっている彼女は、凶暴な竜を封印するために代償として共に石と化した巫女のような雰囲気だ。口を開き暴れている姿の竜に対して、どこか満足げな笑みにも見える慈愛の表情を浮かべている。
 このオブジェを見て、竜は完全なる被害者であり、全てを企んだのはこの巫女、シリューナ・リュクテイアだと気付く事は難しいであろう。

 静かになった館内は、足音により久方ぶりに音を思い出す。少し離れた場所で様子を見ていた美術館の館長の靴が、床を叩く小気味の良い音が辺りへと響いた。
 館長の目の前には、つい先程までシリューナとティレイラという一人の女性と一体の竜だったはずの、大きなオブジェがある。
 そっと、館長はシリューナの頬へと優しげな手つきで触れた。手のひらに伝わってくるのは、無機質な石の感触。
 これが、元は人間だったなんて、誰も気付かないであろう。事情を知る館長以外は。
 磨き上げられた美しい石特有の美しい光沢を持つオブジェに魔法の道具がつけられ、シリューナ達は館長の手によりゆっくりと運ばれていく。
 向かう先は、台座だ。オブジェに傷一つつけないように、慎重に館長は彼女達を目的の場所まで運ぶ。
 台座の上に佇むシリューナ達は、ただこれだけでも人の視線を奪う程の迫力があった。どこか厳粛な雰囲気に包まれた美しいオブジェは、人を惑わす魔法を放っているのかと勘ぐってしまいそうになる程、館長の心をすでに虜にしている。
 より見栄えがよくなるように、館長は周囲を飾り付けた。
 まるでここに在るのが当然だとでも言うように、美術館の一角にシリューナとティレイラは佇む事になる。
 弟子をからかう落ち着いた師匠の声が発せられる気配も、元気で好奇心旺盛な弟子の瞳が動く気配もない。
 完全に石の像と化した彼女達は――もう、逃げられない。
 館内に、笑声が響く。
 笑い声の主は、館長であった。不気味に歪んだその唇は、象る。上手くいった、と。
 驚く程事が狙い通りに進み、館長は笑いを止める事が出来なくなっていた。邪悪な笑い声に、シリューナ達のオブジェは包まれる。
 けれど、彼女達が動く事はなかった。シリューナが想定していたよりも、ずっとずっと長い時間、この呪術が解かれる事はない。
 館長の狙いは、これだったのだ。
 シリューナに、イベントの目玉となる展示品を要望すれば、必ず彼女は自分とティレイラをオブジェにする提案をすると館長は分かっていた。
 最初から、館長が求めていたのはシリューナ達のオブジェだったのだ。
 石化したまま、シリューナとティレイラは長い時間を過ごす事になる。
 瞬きをする事も、助けを呼ぶ事も、指先一つ動かす事だって出来やしない。
 いつ終わりがくるのかも分からないまま、人々の視線にさらされる。
 いつか訪れるかもしれない、その日まで……彼女達は封じ込められ続けるのだ。
 この美術館を賑わせる、最も素晴らしい展示品として。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
美術館の展示品になってしまった、シリューナさんとティレイラさんのお話……このような感じとなりましたが、いかがでしたでしょうか?
お二方のお眼鏡にかなう作品になっておりましたら、幸いです。
何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
ご依頼、誠にありがとうございました。またいつかどこかで機会がございましたら、その時は是非よろしくお願いいたします。
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東京怪談
2020年09月17日

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