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『願う権利と望む資格』
日暮 さくらla2809)&不知火 仙火la2785

 私はいったい、どこで踏み外してしまったのでしょうか?
 自問した日暮 さくら(la2809)は自答を待ってみたが……当然、訊いている本人に答えられるはずはなく、虚しい数秒が過ぎてゆく。
 ちなみに、踏み外したものは士道もしくは人道。さくらはそのど真ん中を歩み続けている自信があったのだが……
 彼女は今、オリーブドラブのミニスカート軍服をまとい、超自由主義な国ですら絶対採用しないだろう腿丈のステイフィット・黒タイツをつけている。
 ステイフィットは脱着自在! 我が軍(店)の勝利(儲け)のため、志願兵(バイト)は絶対領域(死語)の形成に励め!
 酒保(しゅほ)を自称するミリタリー・カフェにてバイトをまとめる軍曹(社員)は、選び抜いた衣装をさくらへ貸与する際、熱く言い切ったものだ。
 世事に疎い自覚があるさくらは、あれこれ疑問に思いつつもそういうものかと納得してしまったわけなのだが、とにかく。
 供給とは需要あってこそのもの。店内に押し詰まった男性客は志願兵の到着を待ちわびている。
 あの方々は望むサービスを受けるためここに在り、志願兵は尽くしたサービスの対価を受け取るべく務めを果たすのです。それを忘れてはいけませんよ、さくら。
 自らに言い聞かせ、さくらは一歩を踏み出した。
「民間のみなさま、よくお越しくださいました! 兵一同、力の限りおもてなしをいたしますので、軍票(交換チケット)のご用意をお願いいたします!」
 ここはある意味で戦場。ならば日暮の名に恥じぬ武働きをお見せするのみです。
 ミリタリー・カフェは世を忍ぶ仮の名。その実「軍服タイツカフェ」というピンポイント過ぎる店のただ中へ、さくらは心を据えて踏み出していく。
 仙火もホストクラブ? でバイトをしたそうですし、私だけ初心なままではいられませんし、なによりこれはあれです。私の面目のためではありますが、仙火のためと言えなくもありませんし。……理由ふたつが繋がっていませんね。でもいいのです。決意を推して通すことがサムライガールの道なのですから。
「日暮 さくら、推して参ります――!」


 一方、不知火 仙火(la2785)は、さくらと共に通っている久遠ヶ原学園にいた。
 自身も携わっていた、サボタージュ学生を捕獲するバイト。目的を達成したことで一応辞めているのだが、今はさくらが引き継ぐ形で入っていることもあり、手が足りないときには臨時雇いされてもいて。
 だからこそ、事務局へひょっこりと顔を出した仙火に、担当者は仕事を探しているのかと訊いたわけだ。
「いや、さくらがこっちに来てるかと思ってな」
 仙火の妙な歯切れの悪さになにかを察した担当者は、午前中には彼女がバイトに入っていたこと。そして午後からは、同級生に紹介された別の、しかも歩合ながら最低保証時給がこちらの2倍という高額バイトに出かけたことを告げた。
 たまたま横で聞いていたことをそのまま伝えているんだ。個人情報の保護規制に引っかかると困るから、ここで聞いたことは秘密にしてくれよ。担当者は苦笑しながら言う。
 対して仙火は生真面目な顔をうなずかせ、「不知火の家名にかけて、この命尽きても約束を違えはしない」。
 ああ、不知火と日暮はよく似ている。どちらも結局、相当な堅物なんだ。担当者は思いつつ、あいまいにうなずいてみせた。

 そこからの仙火の動きは迅速であり、それ以上に緩慢だった。
 さくらへバイトを紹介した同級生を割り出し、探し出すのに5分。
 バイト先の仕事内容について、なぜか言いたがらない同級生の口を手練手管――別にいやらしい方向ではない――でこじ開け、『軍服タイツカフェ』であることを突き止めるまでに3分。
 なんだよその軍服タイツカフェって風俗かよお触り禁止だから安心安全とはならねえだろってあー俺なに考えてんだよ全部さくらのせいだけどな! などと、超高速でぐるぐるすること12分。
 その間に去って行った同級生を全力追跡して再捕獲。カフェの場所を確認するのに2分。
 さくらへそのバイトを紹介した理由を問い詰め、いつもの日暮さんの服ってそんな感じだし、超似合うって思ったから推薦したんだけどおかしい? 同級生の返答に、確かに軍人っぽいとこあるな。立ちかたがまっすぐで綺麗だし、タイツもそりゃ決まるし! などと納得するまでに3分。
 いやこんなことで納得してる場合じゃねえ! と我に返るまで1分。
 情報がそろったことを確かめた上で心を落ち着かせ、なにを見てもわめき散らさずにいられると確信できるだけの明鏡止水を整えるまでに34分。
 ……諸々に約1時間を費やした仙火は、ようやく学園から駆けだした。
 さくら、なんでそんな怪しいバイトに行ったんだよ!?


「タイトスカートへの履き替えはいたしかねます! 私は常在戦場を志す剣士です! そのような足捌きを阻む装束では、いざというとき存分な働きができませんので!」
 必死で論を返しつつ、さくらはじりじり後退する足を止められない。
 客であるフリークスどもは、専門用語とそれを元に捻った屁理屈でさくらへ迫る。そして要求してくるのだ。タイトスカートを履け……オールスルー&ヌードトゥタイプのストッキングに履き替えろ……ツーマンセルでチェキを撮れ……。最初はともかく後のふたつは店の正式メニュー――軍服タイツカフェの名は伊達じゃない――なので、さくらに拒む資格も拒んでいい権利もない。しかもだ。すべてのサービスはバックヤードならず、客の眼前にて実施されることとなっている。
「そもそもステイフィットならいざ知らす、この場でパンティストッキングに履き替えるなど、侍としても女子としてもできかねます!!」
 迫り来る客どもは、さくらに椅子へ腰かけて脚を上げつつ履いたらいいだろうと言うのだが、そんなはずかしいことができるものか。そして、そのはずかしい様を多数の男に凝視されるくらいなら、全員誅殺した上で自らも果てる!
 だがしかし。さくらが思い詰める間にも突きつけられる軍票はその枚数を増し、さくらに対する少尉(店長)のプレッシャーもいや増していく。
 憤死、悶死、恥ずか死。死因は選び放題ですね。
 さくらはふと苦笑し、さらに思う。
 私は報酬を得るため、自らここへ来たのです。だというのに自分の誇りばかりを優先し、職務を放棄する……果たしてそれが人道と士道とにかなうものなのでしょうか?
 幾度自問したところで、自答は「否」のひと言である。
 自らの進む道を穢すわけにはいきません。私は、サムライガールなのですから!
「――ストッキングの履き替えとチェキ? のお務め、この日暮 さくらがしかと承りました」
 おおおおおおお! どよめく店内のただ中、さくらは店長が用意したストッキングの包装を開ける。さらに高まる歓声を意識から追い出し、無心でストッキングを取り出して……
「待て」
 短く低い、しかし鋭く強い声音がさくらを押し止め、声の主は次いで、店長の手へ10万G分の軍票を押しつける。
「とりあえず、ステイフィットっていうのか? それでいいじゃなくてそれがいい。早く履き替えろ。そうすりゃ、義理は果たせるよな」
 果たして、世にも不機嫌な顔で特等席へ腰を落とした仙火は促したのだった。


「無駄遣いは感心しませんよ」
 仙火が体を張ってガードする裏にて、無事タイツを履き替えたさくら。運んできた戦闘糧食セットを彼の前へ置き、渋い顔で告げる。
「俺だってこんなことになるとか思ってなかったっての」
 俺は名家の御曹司ぃ!! と言わんばかりのクレジットカード無双を決め、さくらを独占している仙火である。
 ちなみにカードの資金源は家や親の金ではなく、自らの装備を強化するために貯めてきた依頼料なのだが、現在すさまじい勢いで目減り中。ただしそれは店のせいではない。その原因は指名システムが存在しない店へ無理矢理それをねじ込んだ仙火自身にある。
 ったく、文句言える相手がいねえのは辛いとこだな……。
「ところで。なぜ仙火がここにいるのですか?」
「たまたま、通りがかった、とかだ」
 さくらの疑問はもっともなのだが、仙火には答えようというものがなくて、結局苦しい嘘をつくはめに陥ってしまう。『さくらが心配で来た』と真実を語れば、これまで築いてきた剣の相方としての関係性に障るし、『俺の趣味だ』と虚偽を吐けば仙火の面子に関わるし。
 さくらは仙火の心に気づかぬまま、ただ怪しむ目を向けて。
「まったく信じられませんけど、とにかく酒保との契約時間内は志願兵としての務めを果たさなければなりませんし、私の直属の上司はあなたになったとのですので。ここはひとつ信じたふりをさせていただきます」
 務めを果たしているとはとても言えない言葉を残し、踵を返して厨房へ向かうさくら。ここからだと、彼女の凜然に男たちの視線が引き寄せられていく様がよく見えてしまう。
 さすがに見るな、とまでは言えねえよな。
 そんなことを考えてしまうのは、つまり「とまで言いたい」からこそだ。いくら仙火でも、さすがに自覚せざるをえなかった。
 だとしても、俺にはそれを強制できる資格も権利もねえんだけどな。
 さくらは仙火のものではない。だから、こんなバイトはすぐにやめていっしょに帰るぞと強制はできない。そもそも生真面目なさくらが自ら受けた仕事を途中で放棄するようなとはしないだろうが、ともあれ。強制できないからこそ店の特等席を占拠して、大事な貯金を崩落させてまでさくらの時間を買い上げているわけで。
 って、なんで俺、こんなにさくらのこと気にしてんだろうなあ。思った途端に浮かんできた単語を急ぎかき消して、仙火は苦い息をついた。
 わからねえんじゃなくて、わかりたくねえんだな、俺は、少なくとも今はまだ。
 心が定まらなければ、答を掲げる資格はない。それをさくらに告げる権利もだ。
 と、もっともらしい理由を盾に時間を欲しがるのは、結局のところ逃げを打っているのだと理解しながら、それでも仙火は逃げずにいられなかった。
 なあ、もう少しだけ逃がしといてくれよ。これまで積んできた全部がなくなっちまうかもしれねえのに今すぐ思い切れなんて、さすがにできねえよ。
 もう少し、互いにそのままで。いつかじゃなくもうじきに見極めるから。仙火は胸の内で唱え、そして。
 いそいそやってきた店長へ新たな軍票の束を突きつけて、仙火はさくらの戻りを待つ。
 自分がいじましい真似をしでかしていることは十二分に理解していた。だからせめて、そんなたまらない不格好はさくらの見えないところで演じ終えておきたい。
 あれだけやらかしといてまださくらに格好つけたいとか、俺も大概だよなあ。笑えねえ。

 一方、厨房へ帰り着いたさくらは仙火のいつにない様子を思い出し、心をわざつかせていた。
 仙火はいったいどうしたのでしょう? あんなに苛立って、ほかのお客様をにらみつけたり威嚇したり。あれではまるで、私を独占したいように見えます――
「ど!?」
 思わず語頭を声に出してしまって、続く音をあわてて噛み殺して。さくらはうろたえる。独占とはつまり、自分だけのものにしたいということだろう。仙火は確かに剣の相方で、それ以下ではありえないながらそれ以上でもありえず、独占しようとするなどありえない、ありえない、ありえない。
 本当に、ありえないのでしょうか?
 ふと漏れ出た疑問へ、さくらは今まで以上にとまどった。これではまるで、私が「ありえてほしい」と願っているようですよ!?
 さくらはその後に続く思考を強引に断ち切った。
 もう少しだけ時間をください。確かめる決意と失う覚悟を据えられるまで、あと少しだけ。
 そして心を鎮めたさくらはあらためて思案するのだ。今日の歩合があれば、お祝い品はいいものを選べますね。
 先日仙火からもらった誕生祝いへのお返しを、彼の誕生日にする。そのために彼女はバイトの斡旋を受けたのだから。ただ、だからこそ複雑だ。歩合の出どころの大半が仙火の財布となってしまったわけなので。
 もっとも仙火のせいですから、気にしないしかありませんけどね。

 仙火は、戻ったさくらへあれこれ注文をつける。
 それを何食わぬ顔で聞きながら、さくらは静かに自問を続けるのだ。
 私の願いは――私の望みは――?


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2020年09月23日

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