▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『ドラマ「コールド・ロータス」シーズン3 第10話「泥濘の蓮華」』
柞原 典la3876


 メイスが空を切って叩き付けられた。ヴァージル(lz0103)は対抗スキルで防御する。最後の一回だった。シールドの残量は半ば。
 柞原 典(la3876)は最後の回復スキルを使い切った。それでも回復は追いつかない。グスターヴァス(lz0124)が早いところ撤退してくれないと、ヴァージルは確実に倒れる。一方の典は全くの無傷。
 二人は、エルゴマンサー・グスターヴァス出現の報を受けて現場に急行していた。しかし、グスターヴァスの巧妙な誘導で他ライセンサーたちと分断されてしまっている。相手の狙いが知れるところだ。
「ぐっさん、何でそないに俺にご執心やの」
 銃口を上げて典は尋ねた。
「あなたは」
 グスターヴァスは全くの場違いな笑みを浮かべた。心の底から尊ぶような眼差し。
「あなたは人類という泥濘に咲く蓮です。冷たく何者も寄せ付けない、審判の花」
 Cold Lotus。汚泥に咲く孤高の蓮。
「だから、あなたは人類を抜けてこちらに来るべきです」
「そういうの迷惑なんやけど。兄さんのこと、目の敵にしとるの何でや」
「だって」
 グスターヴァスは片手を上げる。
「あなたのこと、変えてしまうじゃないですか」
 典は眉を上げた。ヴァージルは二人の顔を交互に見ている。
「何言うてんねん。俺が変わった? どこがや。言うてみ」
「では」
 指が鳴った。それを合図に、彼の配下は一斉にヴァージルへ飛びかかった。持っていた武器で防御を試みるが、それでもなお生命力は削られていく。
 ヴァージルのシールドが全損した。イマジナリーシールドは想像力を強固な盾としているため、ダメージは使用者の精神に跳ね返る。そのシールドを失うほどのダメージが蓄積して、ヴァージルは膝を折った。グスターヴァスがメイスを振り上げる。典はその間に入って立ち塞がった。
「──ほぅら」
 グスターヴァスは我が意を得たりとばかりに微笑んだ。
「以前のあなたなら、構わず私に攻撃してきた筈です。『報酬は減るかもしれないがここで敗走すればもっと減る』と言って」
 顔にこそ出さなかったが、指摘は当たっていて、顔には出さないものの、典はその事実に愕然とする。
「……」
 グスターヴァスは意味深長な微笑みを湛えたまま、視線だけをヴァージルに投げかけた。
「気に入らないんですよ。花につく虫は消すしかありません。ですが、それで花もろとも焼いてしまっては本末転倒。今日の所は、これで」
 エルゴマンサーは、上着の裾を翻して典の前から立ち去った。


 ヴァージルは病院に運ばれた。意識はないが命に別状もない。アメリカの医療費は高いのだとぼやいていたことを思い出したが、彼の事だから保険にでも入っているだろうし、ライセンサーの稼ぎならそう負担でもないだろう。傷の処置を受けて、よく眠っている。
 元々頑丈な人のようなので、意識はすぐに戻ると思いますよ。そう説明した医師が去ってから、典はスツールに腰掛けた。
 彼は相方の顔を眺めるという真似はしなかった。その代わり、曇り空を景色に入れた窓の外を眺めている。
(俺の傍におったら、兄さん危険やねぇ)
 思えば、随分と長く傍にいたものだ。確かに、典としては珍しい。新しい傷に服の上から触れる。
「……」

 変わってしまったのだろうか。自分は。
 変わってしまったのだろう。自分は。

 不覚にもほどがある。誰にも頼らず、また誰も信用せずに生きてきたつもりだし、これからもそうするつもりだ。ヴァージルのことだって、お人好しのゼルクナイトだから盾に使える都合の良いライセンサーの一人と言うだけで。

 過ごす時間が長すぎたように感じる。こんなに特定の誰かと関係を結んでいたことは今までなかった。これからもない。
 最初で最後になるだろう。
(一人もおる予定なかったんやけど)


 ヴァージルはびっくりするくらい早く意識を取り戻した。やはり元々が頑健なのだろう。傍にいる典に、特段負傷がないのを確認してほっとしたような顔をする。
「無事で良かった」
「そうですか」
「ん?」
 口調の変わった典に、ヴァージルは戸惑ったような顔を見せた。
「急な話になりますが、コンビを解消します」
「ど、どうして?」
 灰色の目は狼狽えた様によく動いた。それが面白くもあるが、まったく笑えない。
「どうしても何も……元々教育係でしたから」
 顔見知りだから典に白羽の矢が立っただけだ。
「あなたを庇っての無用な怪我もごめんですし」
 それを言われるとヴァージルが弱いことを、典はわかっている。
「足手纏いは不要です。ヴァージル・クラントン」
 そこでようやく、笑みを……冷ややかは微笑みを浮かべて告げた。その声は、彼が降らせる青蓮の花弁が如く温度を──マイナスの温度を──持つようで……ヴァージルは氷に触れたかのように身を竦める。
「さようなら」
 呼び止める声も聞こえないかのように、その場を去る。スタッフステーションから足早に出てくる看護師とすれ違った。忙しくて、誰も典を気に留めない。そう、これくらいの接触のなさが良い。
 エレベーターに近づくと、事務員らしい女性がドアを開けて待っていてくれた。微笑んで会釈すると、典は既に点灯している一階のボタンを一瞥して、息を吐いた。


 ヴァージルは病院の玄関から出て行って、振り返りもせずに去る典の背中を窓から見送ってから、ベッドに戻った。

(あなたのこと変えてしまうじゃないですか)

 グスターヴァスの言葉が思い起こされる。

 自分が典を変えられるなんてそんな傲慢なことは思っていない。誰があの頑固者を変えられると言うのだ。徹頭徹尾ビジネスライクで特定の相手を持たない、持とうともしないあの男を。
 先日幼児退行した典の事を思い出した。他人からの接触が害であることも多く、その傷がケアされないまま大人になった。あれでは誰も信用するまい。できなくて当然だとも思うし、ヴァージルだって「そんなんじゃ駄目だよ、ほらもっと心開いて!」なんておぞましいことを言うつもりもない。

 けれど……あの警戒心の強い典が、同室での宿泊や、偽装結婚の配偶者として触れることをヴァージルに許したのもまた事実だ。
 それも計算の内なのか……あるいはそれがグスターヴァスの言う「変化」なのか。

 わからない。

 冷たい眼差しを思い出す。ひんやりとした石のような瞳を。ショーケースに入るアメジストのような断絶と距離。

 典が発した拒絶の言葉を、ヴァージルは無視できない。

 だからこんなことになったのだけれど。


 病院を出ると、典は振り返りもせずに歩いた。
 道中で脇に白い花が咲いていた。柊の花だ。典はその横を通り過ぎる。

 花言葉は、用心深さ、先見の明。
 あなたを守る。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
これからどうなっちゃうの〜〜〜><ってそわそわしながら書かせていただいております。
グスターヴァスは蓮について典さんと同じものは見ていない感じで。彼の言う「審判の花」というのはエジプト神話の方から引っ張っています。
典さんは他人との考えの差異というか、本人の自覚と周囲からの解釈違いの落差みたいなところをねじ込むのが楽しいというかなんというか。
またご縁があったら……というか来週(概念)もよろしくお願いします。
シングルノベル この商品を注文する
三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年09月23日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.