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『菊の節句』
桃李la3954


 旧暦九月九日。重陽の節句。
 奇数は「陽の数」と言って縁起が良いとされ、もっとも大きな奇数である「九」が重なるめでたい日とされている。

「で、この時期は菊が咲くからね。菊の節句とも言うんだよ」
 桃李(la3954)はグスターヴァス(lz0124)にそう説明した。場所は日本酒を提供するバーで、テラス席も設けられている。グスターヴァスは店の外に置かれた「本日は重用の節句です! 菊酒ご用意あります。一杯いかがですか?」と言うボードを見た。桃李は事前に予約してあったようで、すぐにテラスへ通される。
 案内された席には「御予約席」と書かれた札が置かれていた。店員はそれを回収すると、ご注文お決まりの頃にお伺いします、と言って去って行った。
 テーブルの上にはメニューが置かれている。限定メニューはやはり菊酒で、掲載されている写真を見てグスターヴァスは、
「ジャスミンティーみたいですね」
 グラスの中で開く菊を見て呟いた。
「ああ、中国茶のね。ガラスポットの中で開いてるの、綺麗だよね。お手軽なのだと、食用菊の花びらをちぎって浮かべる、というのもあるけど……やっぱり丸ごと入ってた方が香りも良いよ」
「楽しみです」
 二人は額を付き合わせてメニューを見た。酒の中でも日本酒が一番好きだと言う桃李は相応に詳しく、
「菊の香りを楽しむならやっぱりお酒そのものの香りが強くない方が良いから」
「日本酒って結構独特の味がするからね。ああ、このオススメに載ってるのは比較的飲みやすいかな」
 などとアドバイスしてくれる。グスターヴァスはふむふむと頷きながら、
「じゃあとりあえずこれで……」
 店員を呼んで注文を終えた。つまみも数種類頼んで、運ばれるのを待つ。少しずつ客も増え始め、やはり菊酒を注文する声が聞こえて来た。

 この日は日中から天気が良かった。日没後も空には雲一つなく、星と月がよく見える。
「良いお天気ですね」
「秋らしいね」
 十月も終わりに差し掛かると、「涼しい」が「寒い」に変わってくる。そろそろ冬物を出しましょうかねぇ。そんなことを言い合いながら夜空を眺めていると、注文したものが運ばれてきた。
「わあ」
 グスターヴァスは思わず歓声を上げる。透き通った日本酒の中で、黄色い花が浮かんでいる。風に乗って、酒と花の香りが漂ってきた。
「ああ、良い匂いですねぇ」
 背の低いグラスはシンプルで、よりいっそう、花の浮かぶ酒を美しく見せた。
「月が浮かんでるみたいだね」
「本当だ! 綺麗ですねぇ」
 水没した菊花は、湖面の月に似て歪だが揺れる姿は幻想的だ。


 二人はグラスを傾けながら、のんびりと話をしていた。依頼で面白かったことや、知人と話して楽しかったことなど。笑い話の様なこともあったけれど、大声を出すような話題でもなく、穏やかに時間は過ぎていく。
「どんちゃん騒ぎの席も嫌いじゃないけど」
 桃李は微笑んだ。
「こうやって静かに飲むのも乙なものだねぇ」
「良いんですか、その静かに飲む場に私がいて」
 冗談めかしてグスターヴァスが言うと、桃李も大袈裟に腕を広げて、
「良いから呼んだんじゃないか」
「本当かなぁ」
「え、なんだいグスターヴァスくん、俺のこと信用できないの?」
 桃李は空になったグラスを見て、手を上げた。やって来た店員におかわりを頼む。
「グスターヴァスくんは?」
「じゃあ私ももう一杯……今度はこっちのお酒で……」
 飲み慣れない酒を、グスターヴァスはちびちびと飲んでいたが、桃李は結構なペースでグラスを口に運んでいる。口に合う酒があったらしい。つまみも間に挟みつつだったが、それでも美味しい美味しいと言っておかわりを注文していた。
 静かな宴もたけなわ。ふと、グスターヴァスは桃李の変化に気付いた。白い肌に赤みが差している。アルコールが回っているらしい。
「酔ってません?」
「そうかも……ちょっとね、結構強いつもりなんだけど……ピッチ早いと酔っちゃうことがあるんだよね……」
「いけませんよ、そんなお酒を早く飲んだら……気持ち悪くないですか?」
「まだ平気」
 気分良さそうに、桃李は息を吐いた。第二ボタンまで開けたシャツから除く鎖骨も、ほんのり色付いている。薄紅に咲いた菊のような。気怠そうに背もたれに体を預けている様は、なんというか、ただならぬ雰囲気を醸し出している。それは一言で言ってしまえば「色気」と言うもので。グスターヴァスは少しだけどきっとしてしまう。

「どうしたの?」

 声から菊酒の香りがした。

「桃李さん、大分酔いが回っているようで……」
「うん、そうかも」
 なおもグラスを取る手を、グスターヴァスは押しとどめた。その手は既に熱い。
「お水もらいましょう。すみません!」
 手を上げて水を頼んだ。桃李の分だけのつもりだったが、自分の分ももらえたので一緒に飲む。妙に冷たく感じて、グスターヴァスは思ったより自分も酔っているのだと悟らざるを得なかった。
「グスターヴァスくん」
 桃李はそんな彼に、頬杖から見上げて笑う。
「きみも顔が真っ赤だよ」
 桃李さんにあてられたんですよ。彼は喉元まで出かかった言葉を水と一緒に呑み込んだ。無造作に水のグラスを呷る桃李の、細い喉。その喉仏が動くのがやけに目に付いた。


 不思議と「酒臭い」とは思わず、声に香りがついたような印象を受ける。お開きにして店を出ると、タクシーを呼んで後部座席に並んで座った。運転手が菊酒の話を振ったので、グスターヴァスは桃李から聞いた話をそのまま伝えた。話し好きの運転手で、二人の関係なども尋ねるので、
「ライセンサーなんですよ」
 と言うと納得したようだった。確かに、異色の取り合わせだっただろうが、ライセンサーならあり得ると思ったらしい。それっきり詮索するような質問は鳴りを潜めた。
 窓の外を過ぎていく灯りが、いつの間にか居眠りしている桃李の肌を照らしている。タクシーに乗る直前はまだ赤かったように思えるが、色とりどりの光がそれをわかりにくくしている。シートベルトで留められた薄い胸は呼吸に合わせて上下していた。
 その姿をぼんやりと眺めている内に、自分も眠くなってきた。つられたわけではないが、つい飲み過ぎたらしい。

 あくびをしながら、明日二日酔いになりませんようにと思うのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
私は下戸なのでハイペースで飲む人見ると大丈夫かと心配になってしまうので、今回も書きながら「え……桃李さんこんなに飲んで大丈夫……?」とはらはらしてしまうなど。健康に気を付けながら楽しんでいただきたく。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年09月23日

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