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『月下美人の咲く夜に・中』
芳乃・綺花8870

 命からがら逃げて行った妖魔は、大した脅威でもなく、評価するに値しない存在だった。
 芳乃・綺花(8870)は、昨晩妖魔が出現した場所に、ぽつりと立っていた。辺りに人の気配はない。妖魔の気配もない。
 ただ、一人。
「弱い妖魔ではありましたけれど、私に気配一つ感じさせることなく、己の足を持って逃げおおせるのは、評価に値するかもしれませんね」
 そう呟きながら空を見上げる。今宵は満月、雲一つない綺麗な夜空だ。空に開いた穴のようにぽっかりと浮かぶ丸い月に、綺花は目を細める。そよそよと吹く風に、黒色のセーラー服が優しく揺れた。
「……ふふ」
 月を見つめる綺花は、静かに笑う。
 気配を、感じたのだ。
 抑えようとしているのかもしれないが、溢れ出るような殺気が隠しきれていない。ねっとりとした泥のように、綺花の全身に絡みついてくる。
 綺花は刀の鞘を握り、気配を辿る。絡みつく殺気が、妖魔の居場所をぼやつかせる……が。
「はぁっ!」

――キンッ!

 気合と共に抜かれた刃は、綺花の背後を切り裂く。と同時に、刀は何かに弾かれた。
 すなわち、妖魔の爪に。
「お出ましですか」
 綺花が刀を構えながら言うと、妖魔が姿を現す。昨晩見た妖魔より体が大きく、いかつくなっている。手から伸びる爪は長く鋭く太くなっており、口元から覗く牙も同じく長く鋭く太くなっている。
 妖魔は、綺花を見て笑う。よくわかったな、と言っているかのように。
「昨日であなたの性格を把握しました。初手は必ず私の背後だろうと、確信がありました。卑怯で矮小な妖魔であるあなたならば、きっと背後から襲ってくるだろうと」
 綺花の言葉に、妖魔は不愉快そうに眉間に皴を寄せる。
「気に障られましたか。それは、すいません。ですが、あなたに関する調査書を読んでから、ずっと思っていたことでしたので」
 綺花は笑い、刀をまっすぐに妖魔へと向ける。
「随分、傲慢でちっぽけな存在だと」
 蔑むように綺花が言うと、妖魔が「おおおおお」と吠えた。口を大きく開けると、覗かせていた牙がはっきりと目に映る。
 完全に、昨晩の妖魔と姿かたちを変えている。
 妖魔は牙と同じく変貌した爪で綺花に襲い掛かってくる。昨晩に比べてスピードが格段に速くなっている。
 綺花は分析をしてから、す、と横に逸れる。軌道は単調で、よけやすい。

――ガコン!

 綺花を捉えなかった爪は、代わりに近くにあった岩を捉えた。爪は岩に突き刺さり、一瞬のうちに小石たちに姿を変えた。
「スピードも、パワーも、跳ねあがっているようですね」
 綺花は冷静にそう言い、地を蹴る。昨日よりは楽しませてくれそうだ。
 綺花は刀を構えたまま、一瞬で妖魔の胸元に潜る。ぐっと体制を低くし、横一文字に刀を振るう。
 捉えたと思った妖魔の体が、後方へと飛んでいた。距離を詰めた瞬間、後方へと飛んだのだ。
「瞬時の判断、いいですね」
 綺花は呟き、後方へと飛んだ妖魔へと更に詰め寄る。妖魔の後ろにスペースはもうない。
 完全にとらえた……!

――キインッ!!

 強く尖った音ののち、ギリギリと刀が軋む音が響く。綺花が振るった刀は、妖魔の爪によって止められてしまった。昨晩よりも強くなった力は、鍔迫り合いをも許すようになった。
 爪が折れる気配もなく、妖魔が下がる気配もない。
 確実に、昨晩よりも、強くなっているのだ。
「昨晩、命からがら逃げたでしょうに、よくここまで強くなれましたね」
 感心したように綺花が言うと、妖魔はにやりと笑った。鍔迫り合いをしているというのに、随分余裕だ。
 綺花は更に刀を押し込めようとしたが、妖魔が爪で刀を弾き飛ばしてそれを阻む。妖魔がもう一方の手で追撃しようとしたため、綺花は地を蹴って後方へと飛んでかわした。
「なるほど……攻撃を受け、強くなるタイプですか」
 手合わせをし、綺花は確信した。
 この妖魔は、戦えば戦うほど強くなるタイプなのだ。代わりに、最初は弱い。
 だからこそ、最初は力のない一般人を襲い、ある程度力を付けたから新人の退魔士を狙ったのだ。徐々に力をつけ、強くなっていくために。
 弥代を狙ったのも、効率が良いからだ。もう一般人相手では強くならないのだから、退魔士を狙った方がいい。そして、弥代という組織ならば、新人からベテランまで幅広い強さの退魔士が在籍している。妖魔は少しずつ戦う相手を強くし、己も強くしていこうとしたのだ。
「残念ですけれど、あなたの強化はここで終わりです。私が、叩き潰しますから」
 綺花はそう言い、チン、と音をさせながら刀を鞘に戻す。重心を低くし、構える。
「ここで終わらせます」
 はっきりと、綺花は宣言する。
 徐々に相手を強くし、己も強くしていく計画を、ぽっきりとへし折る。相手がどれだけ強くなっていこうが、関係ない。
 ただ、その上をいってやればいいだけなのだ。
 一瞬の間の後、先に動いたのは妖魔だった。ぐっと足に力を籠め、綺花に向かってまっすぐ突き進んでくる。
 綺花は刀の柄を握り、ぎりぎりまで妖魔を引き付ける。鞘を持つ手の親指が、鍔を押しやりその時に備える。
 すなわち、一刀両断するその瞬間を。

――ザシュッ……!!

 綺花の刀が一文字を描く。
 光の筋と、赤い飛沫が空中に漂う。
 時間が止まったかのような、長い一時を見つめ、綺花は静かに笑った。
「うおおおおおおおおお!」
 妖魔が叫び声をあげる。
 昨晩よりも格段に力が上がっているはずなのに、スピードが速くなっているはずなのに、妖魔として何段階も上にいったはずなのに。
 ぼとり、と落ちた指を見つめ、喉奥から叫んでいた。
 長く鋭く太い爪がついた指は、びくびくと痙攣をしながら地に転がっている。
「指一本ですか。少し、焦りすぎたようですね」
 綺花は、ブン、と刀を振って刃についた血を払った。もう少しひきつけるべきだったか、と先程の一振りを評しながら。
 血走る目で妖魔は綺花を見、叫び声の止んだ口からは荒い息を吐きだす。妖魔の脳内にあるのは、目の前の女への苛立ちと、悔しさと、恐怖だ。
 綺花も妖魔が感じているそれらを理解している。だからこそ、また逃げ出すのではないか、と警戒する。
 だが、妖魔は逃げるそぶりを一切出さなかった。
 綺花に向けているのは恐怖と憎悪なのに、逃げようとしない。逃げて再び強くなってから戦いを挑む、という選択肢を、最初から持ち合わせていないかのようだ。
「……逃げないのではなく、逃げられないのですね」
 綺花はしばし考え、口にする。その言葉が当たっていると言わんばかりに、妖魔はぴくりと体を震わせる。
「戦うことで強化できるのは、一度だけ。だから、私と戦って強くなる機会は、昨晩のただ一度だけなのですね」
 綺花が言うが、妖魔は答えない。だが、その黙秘こそが綺花の言葉が当たっているという証拠に他ならない。
「それでも、逃げてまた力をつけてから……という手段もありそうですけれど。それもしないということは、昨晩の逃げる手段も、通用するのは一人につき一度だけなのですね」
 煙の発生と、感知させない逃亡。何故あんなにも手際よく、悟らせずに逃げおおせたものだと感心したが、それが妖魔の能力なのだと気づけば、納得だった。
 妖魔はもう、綺花に対してできる能力を、使い切ってしまっているのだ。
 戦うしかない妖魔に、綺花は応えることにしたのだった。

<刃が月に映え・続>

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
初めまして、こんにちは。霜月玲守です。
この度は東京怪談ノベル(シングル)の発注、ありがとうございました。
こちらは、連続した3話のうちの2話目になります。
少しでも気にって下さると嬉しいです。
東京怪談ノベル(シングル) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年09月24日

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