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『これからいくつも、どんなひとつも、たいせつな』
桜小路 ひまりla3290)&ユウジ・ラクレットla3983

 砂利道が忙しなく乱されて、石畳は軽い音を響かせる。
 まだ陽も高いうちから、多くの人が行き交っている。
 それだけの人の数だ、左右に並ぶ店からは、いくつもの誘惑が仕掛けられている。
 この日のための野外販売も魅力的だったけれど、どうにか回避はできたのだ。
 けれど流石に我慢も限界だ。
 普段ならば見られない数々の屋台から繰り出される様々な香りが、どうしても足を止めようとしてくる。
「お祭りと言えばやっぱり焼きそばとかたこ焼きだよな!」
 ユウジ・ラクレット(la3983)の声に頷く時間も惜しくなって、桜小路 ひまり(la3290)はすぐそばの屋台に駆け寄った。
「おっちゃん、おすすめひとつー、やな!」
 鉄板の上で麺や具材と供に踊り色づけていくソースの香りに引き寄せられる。
 湯気とともにふわふわと踊る鰹節を持つ手がすぐ横を通り抜けたから、次はたこ焼きで決まりだ。
「袋ももらえる?」
 新しい容器の上に香ばしい茶色が詰まっていき、紅生姜と青のりが彩りを添えていく様子を見つめていたから、すぐ後ろから伸びる、代金を払うユウジの腕に気づくのが遅れた。
「あっ」
 籠巾着から財布を出そうと慌てるひまりを、ユウジの片手が止めた。
「ひまりちゃん先輩のお財布は、甘いもの用ってことで」
 釣銭をしまうたもと落としは巾着と同じ柄。色違いのそれがしまわれる様子に完全に出遅れたことを知る。
「なら、たくさん食べなくちゃーあかんな!」
 悪戯を成功させたかのように喜びを示す笑顔に向けて、負けじと同じ笑顔を咲かせた。

「おー、パイセン両手塞がってるな?」
 予想通りだと思っても言うつもりはない。楽しそうに過ごすひまりを最初から止めるつもりなんてなかった。
(ひまりんセンパイは少食だし)
 食べきれない分は自分で引き受けるつもりだったのだ。昼食を軽く、しかも早い時間に済ませておいたのもそのためで。
「もーらい」
 いくつもの屋台をはしごしたひまりの両手いっぱいに、たくさんの食べ物が抱えられている。端にある、熱いうちに食べたほうがいい粉ものを選んでユウジが先に一口。
「ユーくん!?」
 慌てた声も表情も可愛いと思いながら確かめる。火傷しない程度にちょうどよい頃合いで、二つ目のたこ焼を捉えた竹串をゆっくりとひまりのそばへと近づける。
「隙だらけだからしょうがないって。ほら、口あけて」
 差し出されると思っていなかったようで、戸惑いの混じる顔に微笑みかけながらあーん、と追い打ち。
「……」
「あ、ひまりちゃん先輩はもう少し冷ましたほうがいい?」
 ほのかに湯気が残っているのが不安なのだろうか。息を吹きかけて冷ましてからもう一度差し出してみる。
「……し」
「?」
「しょうがないから、食べてあげるんよ!」
 自分が先にやりたかったのに、と思っているなんてユウジは知らない。
 ただ恥ずかしさでひまりの頬はほんのり赤く染まっていた。けれどそれも夕日と重なり気づくことはなかった。

「美味しいよな、これぞ祭って感じがする」
 そうなのか、と思う言葉そのものは声にならない。楽しそうに食べる様子を見るだけでも胸に積み重なっていく気がする。
(あれだけ繰り返されたら、もう、もう……っ!)
 わかっている、両手を自由に使えない状態にしてしまったのはひまり自身だ。気がひかれるままに買い集めた食べ物の殆どを、自分の手で口に運べなかったということに気付いたのは、紙コップに入ったポテトだけが手元に残ったときだった。
 あれだけあった食べ物はどこに行ったのだろうか、なんて首を傾げる必要もない。確かに全て、ユウジの手によって互いのお腹にしまい込んだ。間違いない。
 はじめこそ照れはあったけれど、少しずつ慣れて。差し出される前に口を開けるなんてことも普通にやっていたように記憶している。ヤケだったのかも知れない。
(お腹もいっぱいなんよ)
 これ以上は甘いものが入らなくなる、という頃合いで、やっと今の状況を正確に把握したとも言えた。
「……あーん?」
「おっ、お返しくれるのか?」
 見上げながら差し出せば、嬉しそうな笑い声。
「じゃあ遠慮なく!」
 ポテトが離れる直前に、柔らかい感触が指をかすめていったことは気のせい……の、筈。


「お腹を満たしたらいよいよ遊戯系の屋台だな!」
 言いながらも腹具合に余裕はあった。ただ甘いものはこれからで、別腹であることはわかっていた。
 ただ荷物を軽くするために道の端に寄って食べさせあっていただけだ。あーんに照れてみたり、ユウジが食べるだろうかとかすかに不安をにじませてみたり、美味しいと笑えば無意識に微笑むような。ひまりの様子を伺う和やかな時間も今は一区切りといったところ。
「射的とかまずやってみるか?」
 今までだって屋台をめぐりながら見つけておいたいくつか、そのひとつを挙げてひまりに手を差し出す。
 あまり来たことはないとは聞いていたから、エスコートは任せてほしい、なんてキザな台詞は行動で示すようにしている。
(……好きそうな景品といえば)
 やはり可愛いものだろうか。すぐ横というよりはほんの少しだけ後ろからついてくるひまりにちらりと視線を向ける。さっきの照れ、その影響がまだ続いているらしい。
「俺、スナイパーじゃないからそんな命中率よくないけど」
 せっかくなら思い出として残しておけるものが取れればいいと思う。喜ばせたいと思っているから。

「よし、あのちょい生意気な鳥のぬいぐるみを狙うぞ!」
 綿飴の屋台でも、同じ模様の袋を見つけたばかりだった。結局は気に入りのキャラクターを選んだのだけれど、二つ買おうかどうか悩んでいたのに気づかれていたのだろうか?
 つぶらな瞳のぬいぐるみが多い中、その鳥の表情はふてぶてしさが強調されている。
「そこが面白かわいいんよ?」
「そっか」
 女の子センスだと可愛いの範疇なのか、なんてつぶやきは聞こえているけれど、聞こえないふりをしてユウジがコルク弾の装填をする様子を眺める。様になっていて、命中率の話はどうでもよかった。
(取ってくれようとしているんやな)
 なんだかずっとリードされてばかり。けれどそれが心地よくて身を任せてばかりだ。
 今も格好いいところを見せようとしてくれて、勿論それも見たいのだけれど。
(今だって嬉しいんよ)
 だから外れて悔しがる様子だって、結局はひまりにとってご褒美だ。
「あと一発か……」
 渡されたうちの二発は、ぬいぐるみの翼に当たったけれど倒すほどではなかったのだ。これで最後と狙いを定める、その真剣な視線に見惚れる。
「駄目だったら……いや、結果を出してからでいいか」
 答える前に集中に入ったらしい。つられてしまって、ひまりの手は自身の口元を覆う。呼吸もじゃまになってしまうというように、無意識に。

(もう何年ぶりだろうなー)
 ポイを片手に、お目当ての一匹に狙いを定めるひまりを見守る。さきほどまではどの子がいいか、キラキラと目を輝かせて選んでいたのだ。その本気度も伺えるというもの。
 代わりに掬おうか、とは言わなかった。ぬいぐるみを取れた時点で運も使い切った気がしたというのもあるけれど、射的ほどに慣れている、そんな自信はなかったので。
「絶対に連れ帰るんや!」
 シュッシュッとポイで素振りをする様子が可愛い。水面になるべく平行に、なんて助言もしっかり実践してくれている、うなじのおくれ毛が揺れて、視線が誘導されていく。
「んー……」
 つい零れそうになった言葉を飲み込もうと、腕を組んでごまかす。
(浴衣姿で、いつもと違う髪型も可愛いなぁ)
 けれど今日は浴衣に合わせて結い上げてあるわけで。
(今日だけじゃなくて、これからもたまにやってくれ、って言ってみるのはどうだろう)
 ゆるく結われた髪が揺れるいつもの様子にも目をひかれるし飽きるなんてことはないのだけれど。新たな魅力を見つけた気分で、つい他の髪型も見てみたいと思ってしまう。
(あまり種類は知らないけど、絶対可愛い)
 うなじに視線を据えたまま、それでも知る限りの髪型を想像してみたりする。
「ユーくんっ!」
「うん、すごくいい……ん?」
 気づけば見上げられていて。
「おお、掬えた?」
 差し出された袋にゆうゆうと泳ぐ一匹と目があった。
「んじゃ、帰ったら金魚鉢ださないとな!」


「観覧席をとっておくべきだった」
 時間が近づくにつれ人も急増している。小さくごめんと続きそうなユウジの言葉を遮るように唇をほころばせた。
 ユウジの視線はひまりに向いているから、狙い通りに言葉も止まる。
「これも、花火大会の醍醐味なんやろ?」
「そうだけど」
 まだ納得のいっていない様子に、つい笑みが溢れる。今日はずっとエスコートされるばかりで、どうしても後手になってしまってばかりだった。ひまりとしてはもっと返したいと思っていたくらいなのだ。
 想いの証明のような時間はとても幸せなもので、けれどもっと、自分の手番をくれてもいいじゃないかと思っていたところだ。
「落ち着いて見るのは、また今度の約束……なんて、どうやろか」
 花火大会に来るのが今日だけなんて、そんなことはないはずで。これから先も一緒に歩いていくのだから、何度だって機会があるのだとほのめかす。
 どこまでその意図が伝わったかはわからないけれど、未来の関係に思いを馳せてしまって。恥ずかしさが募ったから、手元のりんご飴に意識を向ける。
「それに、ほらなっ? 時間までに食べるものは、まだあるしなっ?」
 一口かじってみせようとして。こういうときばかり、うまくいかずに頬にぺたりと赤い飴をつけてしまったのだけれど。

 打ち上げる轟音が続いて、夜空で花開く刹那の煌めきに多くの視線が引き寄せられる。
 すぐそばで甘い果実が減っていく小さな音を楽しんでいたのだけれど、それもとうに終わっている。
 遊び倒した証拠品、その筆頭であるぬいぐるみはそれなりに大きくて。
 都合よく視線を隠してくれるからと、隣に立つ愛しい人が夜空を楽しむ、その様子を眺めていた。
 予想以上に楽しんでくれていたと思う。
 いつもよりも頼ってもらえていたようで、確かに自分が彼女を笑顔にできているのだと実感が追いかけてくる。
「……あんなぁ」
 光の花園の下で、何を思ったのか。
 賑やかな中であっても、すぐそばからの声を聞き逃すはずがない。
 けれど火花弾ける音に邪魔されるなんて望んではいないのだから、より近くに。聞きこぼすなんてことがないように顔を寄せた。
「……っ!?」
 ひまりの両手は内緒話を示していたはずなのに。
 ユウジが近づくのと同時、背伸びをしたひまりがユウジの両頬に手を添えて。
 震える唇が確かに己のそれと触れ合ったと、そう理解したときには、精一杯の背伸びも限界を迎えていたせいで、触れ合いもすでに離れたあと。
「え、えへへ……」
 夜空に咲く花火が人々の興味を集めているから。確かにほんの少しの間にかわされた秘め事に、気づく人はいないけれど。
「奪ってしもうたな!」
 すぐに散りゆく光が、確かなひまりの頬のほてりを捉えさせてくる。
 甘くて、爽やかな。
(さっきのりんご飴)
 そう思ってすぐに自身の頬が熱くなったのだから、きっとお互い様なのだ。
 照れ隠しとわかる笑顔で視線がそらされる。
「うんうん、たーまやー、やな!」
「ひまり?」
 すかさずかけた声にびくりと肩が震えるから、どうしても笑みを浮かべてしまうのだけれど。
「そうじゃないよね?」
「え、違う?」
「うん、その顔、見せて?」
「……ちょっとは、誤魔化させてくれてもいいと」
「……ひまり」

「ゆ、ユーくん……?」
 怒っているわけではないとはわかる、自分だって顔が熱くて、きっと目の前のユウジと同じように赤いのだろうとわかるから。
「……」
 無言のまま、両手で抱えていた荷物をまとめ始めている、それがなぜか分からなくて、どうしても戸惑いが声に混じってしまった。
「これが限界」
「なにを? ……って!」
 ユウジの腕が伸びて、ひまりの肩を抱き寄せる。
 片手を開けるためだったのだと理解したときには、耳元にユウジの唇が寄せられていた。
「今“は”ここまで」
「!?」
「花火、最後まで見たいだろ?」
「そ、そう、や、ね……?」
 急な接近に、互いの体温がよくわかる状況に頭が追いつかない。
 この日のために二人で選んだ浴衣の、擦れる音が妙に耳につくような気がした。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【桜小路 ひまり/女/17歳/気魂格家/財布を取り出す機会、殆どなかった気がするんよ……?】
【ユウジ・ラクレット/男/17歳/神腕天使/揃いの小物を取り出す度、対であると実感するから】

『SUNSHINE FESTIVAL』
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グロリアスドライヴ
2020年09月25日

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