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『是空不』
白鳥・瑞科8402

 地に埋まっていたはずの人外が立ち上がった。
 その体がぶるりとひと振るいされれば、柔い肉の内より細身の杭が無数に振り出され、一斉に撃ち出される。
「形代ですかしら」
 小首を傾げて言う白鳥・瑞科(8402)。しかしその右手は杭を弾くため鋭く剣を閃かせ、両脚は礫(れき)の芯を踏み渡るがため細心をもって繰られていた。
 人外が再戦の場をここに決めた理由は、復讐のためばかりでなく、先の戦いで置き去っていった体の半ばを再利用するためであったらしい。
 燃やし尽くしておくべきでしたかしら? でも。
 瑞科は杭を打ちながら攻め来る形代をサイドステップで回避。さらに地より突き上がった杭をスウェーバックでかわし、それを蹴りつけることで逆へと跳ぶ。あと寸毫遅れていれば、降り落ちる杭どもにその身を挽き潰されていたところだ。
 と、忍び寄っていた形代が瑞科へしがみつかんと跳んだ。当然その間も本体は形代と連動し、地より太杭を突き上げてくる。
 同じものであればこその連動ですわね。
 形代を剣で突き退けつつ太杭を聖杭で蹴り折り、流麗なステップワークで間合を開ける瑞科だが。
 この広場はもれなく人外の本体がカバーしている。形代から離れたところで息をつく間は与えられようがなかった。しかもだ。人外は地を揺することで礫を転がし、瑞科の歩を滑らせるのだ。もちろん足を掬われるような無様を演じはしないが、さすがに一歩の自在は大きく損なわれていた。
 瑞科は形代の杭を切っ先で巻き取って払い捨てる。その足は完全に止まっており、動かない――もしくは、動けない。
「ずいぶんといじましい術数をお使いですのね」
 予想外ではあった。手数を最大の武器とする人外がその手数を倍に増やすばかりでなく、このように小技を利かせてくるとは。
 しかし、瑞科の心はあくまで平らかに保たれている。
 なぜなら。
「言ったはずですわよ? 仕舞といたしましょうか、と」
 人外が奥の手を出すより早く、瑞科は仕込みを終えていたのだ。
「長々お付き合いいただく必要はありませんわ。三手で完了いたしますので。――まずは、一手」
 瑞科が左手を握り込むと同時、ごぐん。礫が敷かれた広場が縮まった。これまでばらまき続け、消滅させずに残していた全重力弾を自らへ向けて最大出力で起動させたのだ。これによって弾同士が連結し、円を描いて周囲のものごと内へ押し詰まる。瑞科にとっては特に語るほどの策ではない。むしろさしたる創意も工夫もない、シンプルな策だった。
 果たして絞り上げられる空間。地上の形代の撃ち出した杭は的である瑞科の逆へ跳び散り、もれなく外周の重力弾に吸われて消える。
 その中で、「二手」。
 地に埋まったまま動けずにいた人外の本体が、さらに押し詰まった重力に押し上げられ、地上へ露われた。
「今もお顔はありませんのね。わたくしが見えておりますかしら?」
 目はなくとも見える。瑞科の艶やかな笑みは――不遜にそびやかした頤は。
 この女は怖れておらぬのだ。人外のことはもちろん、自らの打った“手”が誤ることも。打ったすべての手を決め手とし、自らへ必勝をもたらすことをまるで疑わぬとは……自信を超えたその確信、まさに不遜というよりあるまい。
「三手……これでお別れですわ」
 名残惜しいとは申しませんけれど。唇の先で形ばかり紡いでみせた瑞科が踵を返し、剣を高く放り上げた。
 互いを重力で喰らい合った弾は今や十数センチの玉と化し、その内に人外を形代ごと封じ込め、囚えている。限りなく柔らかい肉を持つ人外であればこその有様ではあったが――嘆く間も与えられることなく、その極限まで圧縮された肉は降り落ちてきた切っ先に貫かれ、重力の中心部へ爆ぜ消えた。
「色即是空と云いますわ。万物は形持てど、けして不滅ならず。物としての形を変じられるあなたは空だったのかもしれません。しかし、形なき心を欲、すなわち色という鋳型へ嵌めてしまったことで、自らに必滅のさだめを負わせたのですわ」
 語り終えた瑞科は剣を取り戻して歩き出す。
 勝利すべくして勝利した。それは今後、いかなる敵を相手取ったとて同じように重ねゆくものであり、故にそれだけのものに過ぎなかった。
 たった今屠った人外ならず次なる敵の様を想い描き、瑞科は足を速めた。
 と、その視界が唐突に闇へ染めあげられて――


 それはまさに空だった。
 色なく、形なく、意志も気配もなく、ただ在るばかり。
 如何様な事態か知れぬまま、それでも瑞科は油断なく暗中の“空”と対する。右手で剣を構え、左手より重力弾を撃ち放つが、弾は着弾する先なく虚空へ消え失せ、いくつかの弾の重力圏に入ったはずの“空”は小揺るぎもせずそこに在り続けていて。
 形なきものを揺らすべく、瑞科は刃へ雷をまとわせて突き込んだ。そのステップワークに数十のフェイントを交え、最短距離を抜けながらも軌道を読ませぬ技を尽くしてだ。
 在る位置さえ知れていれば敵に剣は通る。それを為し、成せるだけの力が、自分にはあるのだから。
 しかし、刃は突き立つどころか空振りすらさせてもらえなかった。切っ先から鍔元まで、丹念に砕き落とされて――右手から肩まで順に、同じように千切り落とされた。
 !
 喉を突き上げた悲鳴は跳び出すことなく口腔へ押し詰まり、潰された。押し入ってきた“空”に音を喰われ、肺を喰われ、そして。
「意志の有り様が形であり、色であるならば、おまえの傲慢もまた形にして色ということだ」
 瑞科の声音を使って語った“空”は、彼女の内へさらに深く押し入り、浸透していく。
「技も業(わざ)も色に過ぎず、故に“空”を侵すことはかなわない」
 そのようなことを言うあなたも、所詮は色に捕らわれているのではありませんの!? 瑞科の音なき抗議に“空”は薄笑み。
「まだ気づかないのか? これを語っているものが、わたくしであることを」
 瑞科を侵す“瑞科”が嗤う。
 わたくしの誇り、たとえわたくしであれ穢させはしませんわ!
 かろうじて自由を保つ左手に雷を握り込み、瑞科は自らの首筋を貫いた――と思いきや、右手がそれを押し止め、さらに“瑞科”は嗤った。
「理。そう、これこそが理ですわよ。わたくしに及ぶものがないのなら、わたくしを躙り、侵せるものはわたくし以外にありませんもの。さ、淵へ落ちなさいまし。それこそがわたくしがわたくしに望むただひとつの末路であればこそ」
 わたくしはそのような結末を望みはしませんわ……思念は弱々しく闇を揺らすばかりで、淵へ向かう自らの足を止めることはかなわない。
 果たして瑞科は自らを突き落とすのだ。永劫の闇底へ、絶望に嗤いながら、悦びに笑いながら、どこまでも。

 ――我を取り戻した瑞科は息をつき、かぶりを振った。
 幾度となく幻(み)てきた末路のビジョン。それは未だ相まみえぬ超常存在の手妻なのか、それとも本当に彼女自身の望みであるのだろうか。
 真実を知るには、末路まで辿り着くよりないのですわね。いつものごとくに思ってみて、瑞科は再び歩き出した。
 たとえこの一歩が末路へ近づくそれだとしても、戦い続けるを自らのさだめとした彼女はなお、踏み出し続けるよりないのだ。
 果たして瑞科はふと薄笑み、置いてきた“末路”を返り見た。
「行き着けるそのときを、心待ちにしておりますわ」


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年09月28日

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