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『なりたい自分があるから』
ルシエラ・ル・アヴィシニアla3427)&日暮 さくらla2809)&ラシェル・ル・アヴィシニアla3428

 ルシエラ・ル・アヴィシニア(la3427)にとって日暮 さくら(la2809)は幼馴染であり、同い年だが姉にも似た存在である。といっても家族は兄のラシェル・ル・アヴィシニア(la3428)と先輩のエージェントとしても尊敬をする両親の三人なので、姉とは想像の範疇に過ぎないが。子供のルシエラは怖がりな性分もあって、両親がいない日はラシェルの背中にくっついて回った。いつだって彼のその存在は戦いへと赴く父母二人に漠然と抱く不安を掻き消した。当然不満はないのだが、強いて気になることを挙げるならば、彼が異性なこと。ごっこ遊びやままごとと女児の遊びは退屈ではないかと疑問を抱かずにいられないのだ。
(らしぇるはやさしいの。だからほんとはいやでも、ぜったいいやっていわないの)
 一度気になってしまったらルシエラ自身今まで通りに無邪気に楽しめなくなった。そうするとラシェルは様子がおかしいと心配し、だがそうではないのでただ否定すると何か隠しているのではないかと更に心配を助長させる、負の連鎖だ。そんな微妙なぎこちなさも両親には、全部筒抜けらしい。揃って戦いに出る際、普段通りだったら大人を呼び、留守番する筈が二人の職場である支部に預けられて、そして会ったのが彼女だった。
「さくらちゃんっ!」
 思いも寄らぬ顔に母の手を離し駆け寄っていけば、靴の底が音を鳴らす。加減も忘れ胸に飛び込んだが、さくらは少し踏鞴を踏めども倒れる程に柔くはなく、しっかり受け止めて、すぐに腕を背に回し、抱き締めた後で微笑みながら髪を撫でさすった。
「久しぶりになりますね。ルシエラもラシェルも元気なようで何よりです」
「うん……。さくらのほうも変わりないみたいだね」
 ええ、と首肯をしながらも丸みのある輪郭に似合わない訝しげな表情がその顔に浮かんだ。だがルシエラの視線に気付くとすぐに引っ込められ、近くに来た兄と二言三言、言葉を交わして会釈する。振り返れば両親がいて眼差しを追うと奥にさくらの両親が見えた。ルシエラも抱きつくのをやめ、スカートの裾を摘んでお辞儀したら頭を下げた後の兄と挨拶が物の見事に唱和して、思わず顔を見合わせてしまう。仲の良い兄妹だと微笑ましげに言われ、いつもなら素直にうんと頷けるのにもし嫌がられたらどうしようと思った為曖昧な反応になった。
 親同士で話すのを子供三人が固まった状態で聞いていたのでよくは分からなかったが、さくらと一緒にこの建物内で帰りを持っていればいいという話らしい。叔父らと合流する両親と仕事に戻るさくらの両親に手を振り返し別れを告げた三人は職員や両親の戦友らに見守られながら、あちこち見て回った。そんな風にしている間に次第に上手く言い表せない感情が生じる。あっちで見てねと訓練の様子を硝子越しに眺めていたが、不意に視線を逸らすと大きな丸い金色の瞳が真剣に人々を見ていることに気付いて釘付けになる。噛む唇が僅かに赤味を増していた。
「さくらちゃん、どうかしたの?」
「ルシ」
 さくらを挟んだ向こう側にいるラシェルが急に名前を呼ぶ。別に怒っている様子もないのにとルシエラは小首を傾げ彼を見返した。と少し間を空け状況を理解したさくらが夢現という表情を刻んだ。ひどく淡い色彩、今にも消えてしまいそうなその面差しの中で瞳だけが力強い、意思の光を瞬かせる。
「……いえ、私もくんれんを積みたいと思って。だって今はおもちゃでしょう」
 かつてと形容するには早い過去、自分たちの親世代が世界の危機を救い大きな脅威は取り払われた。ただし異世界の悪意ある存在から人々を守るエージェントは無用とならず親が繋いだ未来の延長線上にいる子供らは当然の如く同じ道を目指している。
「うん! ルーもつよくなりたいの!」
 そう言いラシェルのほうを見つめる。最早ぎこちなくなっていたことも忘れ、ただ兄が何と言うか容易に想像出来て目を輝かせた。
「ボクだってお父さんとお母さんみたいにみんなを、大切な人を守れるくらいつよくなりたい!」
 ラシェルが元気よくあげた声は向こうにも届いたようで休憩している人が驚いて振り返るのが解る。さくらが目を丸くして彼のほうを向き、口元に手を添え小さく吐息を漏らすのを聞いて笑ったことを知る。なんだか嬉しくなってルシエラも笑い、三人でその後も楽しい時間を過ごした。

 ◆◇◆

 静まり返った廊下に時折洟を啜る音が響いている。重苦しい空気が漂い、もうずっと一言も発さない状況が続く――そんな中でラシェルはといえばまだこれが現実だと信じられず、悪夢ならどんなにいいかと考えながら、膝の上の拳に目を向けた。裏返して手を開けば、何十分も握り締めたままだったらしく関節が軋みをあげるような鋭い痛みを齎した。またそこには洗う余裕もなく、拭い去れない血痕が掌紋の溝部分に染み込んで、赤黒く変わっている。己が無力を痛感し拳を再度握ろうとしたが嗚咽に変わった声に顔を上げ、隣に座った妹のルシエラを見る。自分と同じように手を膝上に置いているがそこに水滴が零れ落ちたのが解った。息を飲み、躊躇した後に出来るだけ綺麗な部分で触れるよう意識し手を伸ばす。
「っく、ラシェルっ……」
 肩に手を乗せた瞬間堪え切れないというようにルシエラは顔を上げ、その瞬間父と同色の大きな瞳から涙が頬に一つ軌跡を描いた。上半身を捻り何も気にすることもなく胸へと飛び込んでくる妹をラシェルも一も二もなく強く抱き締める。
「大丈夫だ、彼は助かるし二度と同じ過ちは繰り返さない……!」
 固く誓うも声は震えて、移ったように妹の震えも大きくなった。触れたその身体からは体温が感じられる。生きた人間のものだ。集中治療室に入っている仲間も必ず峠を乗り越えると信じた。ふわふわした髪に顔を埋めて、ラシェルは目を閉じて深く息を吐き出した。ちらりと思い浮かんだ妹ではない少女の顔。気になりつつも次第に意識は闇に落ちていって、気が付いたときにはどれくらいの時間が経ったのかも判らなくなっている。長いと思ったのはいない筈の存在が見えたから。
「いつの間に……?」
「つい先程から」
 もう慣れたと思ったのに寝惚けていると自らの低い声に驚いた。いつの間にか肩に寄り掛かり、お世辞にも良さそうには思えない、寝顔をした妹の隣にさくらが腰掛けている。作戦において陣頭指揮を取った彼女は終わるや否や本部に連絡し、そして後始末に追われたのだろう。無論薄情とは思わないしむしろその平静を欠かない姿に頭の下がる思いである。背筋を伸ばしさくらは凜とした姿勢を崩していない。が、こちらへ向ける目の下に隈があり疲労を物語っていると解る。さくらの手が持ち上がって手のひら全体を使いながらルシエラの頭を優しい手つきで撫でる。吐息にも似た声を零したきり黙る彼女に対し掛ける言葉が見つからず、不甲斐なく思いながら口を噤んだ。あれから何時間経ったのだろうと時計を確かめまた視線を戻した矢先にあることに気が付く。
「あれは絶対に君のせいじゃない」
 何一つ考えず唇から零れた言葉に大袈裟なくらい彼女の肩は跳ねた。途中で動きを止めた手が、見れば細かく震えている。思わずという風にこちらを見返す視線も儚く薄く膜が張っていた。自分もルシエラも他の人間もエージェントを志した人々は生半可な覚悟で任務に挑んでいるわけではない。自らが耐えられる限り努力もしてきた。ただ彼女の場合は何かしら違っていて、何が何でも成し遂げたいことがあると、そう零していたからか心配なくらいに前へ前へとひた走っていた。同世代で一番前を行くさくらが今は心が折れてしまいそうにも見える。先程自身が言ったのは気休めではなく本音だが、真面目なさくらが何も感じない筈などない。
「ラシェル、私……」
「何も言わなくてもいい。今はただ無事を信じて待とう」
 はいと頷く声はか細い。顔を背け彼女が片手を目元に持っていくのを見て、ラシェルもさくらのほうを見るのはやめて向き直った。動いた為ルシエラが呻き声を漏らしたが、目覚めずに済んで安心する。彼女も眠れればとは思うが今は難しそうだ。時が流れて手術中の光が消えたのは空が白み始めた頃だった。尤も時刻を知ったのはもう少し後の話だが。結局ずっと起きていたさくらと目を合わせ、悪いと思うも健やかな寝息を立てている妹の肩を揺り起こす。ルシエラが眠い目を擦った直後扉が開いた。

 ◆◇◆

 目を閉じると感覚が研ぎ澄まされて、より強く香の匂いが感じ取れる。子供の頃に刷り込まれたイメージは拭い切れるものでなく、生死やいつもなら深く考えることのない物事も意識をしてしまう。ずっと、立ち止まっている暇などないと思っていた。その時間があるならばまだ見ぬ、両親の共鳴した姿としては見てきた目標である顔に食らいつけるように、より強くならなければならないと元々は自分から目指した希望はいつしか強迫観念に変わって――瞳を開くと伏せていた頭を上げてさくらは祭壇を見上げた。写真はなく瑞々しい花々が飾られているのがよく判る。焼香したのち合掌、両足を引いて遺族に頭を下げ、自身の席へ戻った。座るとすぐに真横の席に着席していた顔見知りの少女が立ち上がる。前を通り過ぎる際にちらりと見えた横顔はこの場の趣旨を最も理解していると思える程真剣なものだった。そんな表情を見ていない彼女の兄は心配するでもなく、まっすぐに前を向いている。横目でそうだと知り、さくらもまた背筋を正し正面へと向き直った。
「二人とも、お疲れ様でした」
「――ああ、お疲れ様だ」
「お疲れ様だったの」
 口々に労いの言葉を掛けて、それまでの雰囲気を優しく溶かすように、三人で笑い合う。とはいえ元気に満ち満ちているのはルシエラくらいのもので自身もラシェルもどちらかといえば無愛想だ。それでも幼馴染故の気安さがあり素の己を出し易いのも事実。いつも通りの服に着替えた三人は会場内で合流し一息をついた。
「こういうと不謹慎だろうが、向こうの世界を思い出したな」
「そうだの。異世界からやってくる者が多いとそうなるのかもしれないの」
「似たような状況下に置かれて初めて、母上の気持ちが解った気がします」
 そう言えば兄妹らも頷いた。さくらは母だけ異世界から来た人間だが二人の両親はどちらとも異世界人だ。前に幼馴染同士で将来の目標について色々と話し合ったことがある。ラシェルはその際両親の生まれ故郷を見つけ出すのだと語った。自分自身も両親のリベンジを果たす為に、近いうちに異世界に向かうつもりだった。だが偶発的な出来事により咄嗟に転移して、その後宿縁ある一家に出会うはその家に厄介になるはの正に運命の悪戯だといえる状況に置かれ二人を始めとする幼馴染とも再会出来――。
「同じ立場の私がいうのも何ですが二人は変わりありませんか?」
「この通り、俺もルシも、上手くやっているよ」
 そう言ったラシェルに肩に手を置かれてルシエラは自慢げに胸を張った。
「この世界に来て知り合った人も多いからのっ。それに、私にはラシェルがいるから少しも心細くないの」
「それは何よりです。ルシエラもラシェルも頼もしいですが、二人が一緒なら百人力ですからね」
 先日もとても頼りになりましたと付け足せば、ハーバリウム作りのときと同じようにルシエラが照れ臭そうにはにかんだ。さくらは先述の通り、兄妹は異世界調査の一環と別の形でこの世界に来た三人が顔を合わせたのは転移しそれなりの時間が経った後。また現在は別の小隊に所属していることもあり共闘の機会はそうない。息が合えば本来の何倍もの力を発揮出来るとは自分自身も身を以て実感をしたのは最近のことでそんな二人が友人の一人として誇らしい。
「さくらも随分――」
「あっ! 二人とも、あれを見るの!」
 ラシェルが何を言いかけたのか気になったが、弾む声に引き摺られてさくらは彼女が見ている方向に目を向ける。すると、待ち合わせのときから設営していた人が準備を終えて特設コーナーが設けられているのが見えた。掲げられたのは『故郷に届け、あなたのメッセージ』の文字。ルシエラが子犬のような愛くるしい表情でこちらを見つめてくるので折れ、というかこちらも気になった為ラシェルの腕を引きさくらと手を繋いだ彼女に軽く引っ張られる形で行く。話を聞くと要は七夕と同じで、想いを紙に書くというものらしい。一方通行の転移しか叶わずに、さくらたち放浪者とされる者に帰る手段なんて今は存在しないが、物だけなら或いはとも言われている為、気休めとも言い切れない。ルシエラを挟むようにし三人で置かれた机の前に並ぶと、椅子に腰掛けてペンを取った。
 ――放浪者が確認され早三十五年余りの年月が流れた。とうにナイトメアと敵対関係にあったが為に当初は十把一絡げに敵とみなされていたという歴史があった。貴重な適合者として味方に加えられて以降も偏見の目で見られた時期も存在し、現在さくらたちがこの世界の人と遜色ない生活を送れているのも彼らの犠牲の上に成立している。だから、様々な形で亡くなった彼ら先達を弔う為にここにやってきた。そして今故郷に想いを馳せている。
「……書き終わりました」
 然程悩みはしなかったが時間を掛け書いたのは家族や友人に宛てた無事を伝える内容。ラシェルとルシエラも概ね同じで、多くの放浪者に共通するものだと思う。書いた手紙をスタッフに預け、改めて会場を出る直前さくらはラシェルを見る。スキップに近い足取りで歩く妹の背中を追っていた彼の視線がこちらに向き直った。
「先程何を言いかけたのか訊いてもいいですか」
「いや別に大した話じゃないぞ?」
 尚も目で促せば観念したようにラシェルは溜め息をついた。だが照れるでもなく、まっすぐ見返し言う。
「近頃のさくらは何だか、大人に見えると思ってな。生き生きとしているというほうが正しいか? 今にして思えば昔は酷く張り詰めていた、そんな気がする」
 そう告げられた言葉に目を瞠る。
「悪い、気を悪くしたか」
「いえ。そうですね。きっとその通りだと思います」
 両親の絆に憧れて真似事をして、約束に何の効力もなくても互いに真正面からぶつかり合ったことで結果的にはそれを手にすることが出来、一人の力の限界を知れた気がする。それはここで知り合った人々の影響だけでなく。
「ラシェルとルシエラのお陰でもあります。……だから、ありがとう」
「何の話なのかよく解らないけどどういたしましてなの」
 ふふんと目を閉じ得意げな顔をするルシエラの頭を撫でれば彼女は擽ったそうに身動いだ。そして慰霊祭が執り行われていた方向へと礼をする。倣らうようにさくらとラシェルも同じようにし、施設を出た。日常がすぐに戻ってくる。家族の元へ帰るときを願い歩く三人の背に追い風が優しく吹き抜けた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
折角幼馴染だからと幼少期から新米のエージェント時代、
そして現在とかなり欲張りつつ書いたら1,800字弱超過し
結果ぎちぎちになってしまったかもしれません……。
その関係で作中で書けずじまいになってしまいましたが、
集中治療室に入っていたモブ君は特に後遺症などもなく
助かって身を以って危険を感じる切欠にはなったけれど、
トラウマにはならなかったというイメージでしたね。
この三人に限らず、両親の背中を見て憧れて同じ道をと
いう境遇の子供は多いでしょうがお三人は特にそういう
部分が強い印象があります。切磋琢磨する関係好きです!
今回も本当にありがとうございました!
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2020年09月29日

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