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『女神想愛』
スノーフィア・スターフィルド8909

 同一体とネット飲み会した後、この調子で満たされてしまったら本気で引き籠もってしまいますね!? ということで唯一の飲み友と外飲みして帰ってきて。あ、締めのご飯物をキメてませんでしたーと気づいて、締める気分を盛り上げるために独り飲み、きちんと締めた後、ベッドへ倒れ込んだかと思いきや、酔魔とタッグを組んだ睡魔に襲われ眠り込むスノーフィア・スターフィルド(8909)。
 酒精がもたらす眠気は酷く強く、それでいて眠りは酷く浅い。だからこそ思いがけない夢を見たりもするのだが……


 どこかの世界のどこかの隅に、ひとりのおじさんがいる。
 彼は自分を“私”と自認しており、なかなかうまくいかない、うまくこなせない人生というものに悩まされていた。
 言ってみれば不幸体質なのだろう。小さな事故から大きな災害まで、彼はすさまじい確率で不幸に行き当たり、巻き込まれてきたのだが、しかし。
 彼は生き残り続けた。それこそ奇跡的確率で。ただし生きているだけ。巻き込まれたもののせいで行こうとしていた先はもれなく潰されたし、「それなら」と代案を思いつける要領のよさとは無縁だったし。
 結局。彼は顔をうつむけ、自分の部屋へ戻るよりないのだ。いつもいつもいつも。
 その間に周囲の皆や世界は先へ進んで行く。彼はただ取り残され、途方に暮れるよりなくて。会社というものに無事入れて、うだつが上がらないままとはいえここまでやってこれたことは、それこそ奇跡なんじゃないだろうかと思うよりなくて。
 正直なところ、無能だった。
 なにをやらせてもギリギリ及第点にしか届かない……いや、逆に言えば届いてしまう、ある意味で万能な無能を会社は持て余していた。当然、彼は主要部署から外されるわけだが、それでも彼は自分から辞めなかった。そんな気力はなかったから。
 一方、他の同僚は出世、趣味、恋愛、自分の中でもっとも価値があることを決め、それぞれに努力していた。だから、片隅でぼんやり立ち尽くす彼を返り見る者など誰ひとりいなかったし、彼もまた忙しい同僚たちの背を、なにひとつ言わず見送るよりない。途方もなく孤独だった。
 彼らと“私”、なにがちがうのか?
 というか、なぜ“私”だけがこんな目に合わされる?
 それが世界の意志というなら、こんな世界――

 果たして、今日も巻き込まれた不幸を淡々と踏み越え部屋に帰る彼。いつまで続くかも知れない毎日のひとつをこうして切り抜け、明日もまた同じように切り抜けていくのだろう。そう思いながら部屋の隅で目覚め、会社へ行き、不幸に襲われ、会社から戻るを繰り返してきたある日。
 彼は出会うでも出合うでも出遭うでもなく、出逢うのだ。『英雄幻想戦記』という1本のゲーム、その中に隠れ棲んでいたスノーフィア・スターフィルドと。
 実際、ゲームを始めてから彼は少しだけ変わったものだ。
 誰にも文句を言わせずプレイへ没頭するため、その日の仕事は完璧に――及第点スレスレに――こなしてみせた。会社への行きや会社からの帰りに行き合う不幸は、不格好に回避、あるいは無様に立ち向かってなんとか踏み越える。
 やり過ごすばかりだった毎日が変わっていく。赤や青という色はこれほど鮮やかなものだったのか。
 彼は目をしばたたき、思う。ゲームキャラクターに過ぎないスノーフィアだが、自分にとっては本当の女神なのかもしれない。


 一方、どことも知れぬ虚無のただ中。
 それに名はなく、為すべき使命も成すべき望みもないまま、万能を抱えて在るばかりのものだった。
 裏返せば、それは待っていたのだろう。自分に為すべき使命が。成すべき望みが与えられるときを。
 だが、知らぬうち、ずっと待ち続けることに飽きていたのだろうか? そばを行き過ぎようとしていた“ノイズ”をふと受け止めてしまった。
 ノイズはまさに雑音。つまらない男がつまらない不幸に満ちたつまらない毎日の中で願ったつまらないひと言だ。
『こんな世界、滅んでしまえばいい』
 実にくだらない矮小な願いだが、これもまた縁というものだろう。それは万能なる力をもって“私”への干渉を開始するが……まるでうまくいかなかった。おかしい、我が身の万能、あれしきの不幸とやらに弾かれるとは。
 しかもだ。それがどれほど力を尽くそうと、願いの主である“私”は不幸に飲まれて死に続ける。幾度時を巻き戻し、世界線を違えて別の選択肢を進ませようと、頑ななまでにバッドエンドを繰り返すのだ。
 やがてそれは、積み上げた経験から学ぶ。世界には理というものが存在する。ただし理とは絶対の法ならず、その世界における「奇跡」もまた理である。自分の失敗はすべて、理の外から理によらぬ奇跡を及ぼそうとしたせいだ。
 理解してしまえばもう迷う必要はなかった。
 世界の内に存在するものはすなわち、理の内にあるということだ。ならば“私”が執着しているあのゲームとやらを素にしてやろう。そうだ。中でももっとも色濃い思いを向けるあれになって――私になって。
 かくて「私」となったそれは、定められた通りの力――【言霊】という力をもって世界へ命じたのだ。不可思議が当たり前に存在できる場を、彼の周囲に創りなさい。
 次いで彼にささやきかける。
 苦しむことはもうありませんよ。私が力を授けます。孤独にも苦痛にも不幸にも、けして折れない心と力を――このスノーフィア・スターフィルドが、あなたに告げましょう。
“私”が愛するスノーフィアという存在。それは記号の組み合わせが見せる虚像に過ぎないが、スノーフィアを通すだけで、多くのことを“私”は受容する。“私”というか、男は凄絶なまでに単純なものだから。
 こうして変わりゆく“私”の毎日だったが、それでも避けられない。追いすがる不幸が“私”へもたらす死の運命だけは。
 しかし、スノーフィアとなったそれはすでに、多くを世界から学んでいた。「運命に抗う」ことすらもだ。
 そして方法もまた思いついていた。人が超えられぬものを超えるのだ。方法など最初からひとつしかあるまい。
 人間が思う「奇跡を顕現させる存在」は神様というものだ。“私”に疑問を抱かせないよう、それを準備する。
 果たして“私”は神様と会い、それはスノーフィアという存在を脱ぎ捨て、“私”へ与えたのだ。
 未だスノーフィア・スターフィルドである私が告げます。これよりスノーフィア・スターフィルドとなるあなたへ。
 望むまま世界を壊しなさい。
 ただしそう思う必要がもうないなら。女神の、言霊の万能をもって死というさだめを踏み越え、健やかに、適当に、身勝手に、ただ生きなさい。
 そしてそれは、自らこそが神というものであったことを、さらにはひとつの想いを自覚する。ああ、いつしか「私」は“私”を……


 真夜中、スノーフィアはがばと目を醒ました。
 酒の眠りは浅いから、唐突に弾けることも多い。昨日――0時を回っているから、たとえ23時台のことでも昨日のことなのだ――はかなり深刻に飲み過ぎたことだし、当然の結果ではあった。
 スノーフィアはついでにシャワーを浴びようと立ち上がり、ふと虚空へ向けて薄笑んだ。
「明日も、なんとか生きていきますから」
 なぜ、こんなことを自分が言ったものかはわからない。でも、わからなくていいのだろう。明日もスノーフィアとして生きていく。それだけは確かなことだから。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年10月02日

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