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『疫病退散! 納涼花火大会2020 in井の頭 〜海原みなも編〜』
海原・みなも1252

序■もう一度、公園でボートに乗りませんか?

「弁天さまー! お久しぶりですー!」
 一陣の風が井の頭公園に吹いた。
 みずいろの蝶が無数に舞った――ような気がして弁天は眼を細める。しかし次の瞬間、それは水の属性を持つ知己の少女であったことに気づき、口元を綻ばせた。
「おお! あまりの可憐さに異世界の妖精が現れたかと思ったぞ。おぬしは海原みなも(1252)13歳、草間興信所調査員No.1252ではないか。久方ぶりゆえナンバーを連呼してしもうたが許しておくれ」
「ふふ。調査員って呼ばれるの、久しぶりですね。草間さん、お元気でしょうか?」
「さて? あの怪奇探偵とも久しく顔を合わせておらぬでのう。わらわもこのところ、すっかり弁財天宮に引きこもっておっての。にっくきはこの厄介な疫病よ」
 疫病流行以前から、弁天はぴ〜年単位でイベント運営をサボりまくり『縁結び? 何それ美味しいの? 自分だって独り身なのに』な状態だったわけだが、それはさくっと棚に上げる。
 くすくす、と、みなもは笑う。
 霧雨を絹糸にしたような長い髪が、しなやかに揺れた。
 弁天が蝶と見紛うのも道理で、今日のみなもは、水色を基調とした和風蝶柄の着物ドレスを纏っていた。
 パニエで膨らませたミニ丈のスカートから伸びる、すんなりとした脚。ドレスの袖と裾周りには繊細な白レースがあしらわれ、細い腰に結ばれた瑠璃紺の兵児帯も愛らしい。
 手持ちの蓋つきバスケットを差し出しながら、みなもは言う。
「今日は、弁天さまとボートに乗りたくて来ました」
「ほ? 誰と?」
「弁天さまと」
「聞き違ったかな。わらわと、と聞こえたが?」
「聞き違いじゃないですよ。弁天さまとふたりで乗りたいです」
 断言するみなもに弁天は眼を見張ったが、しかし、すぐに破顔する。
「……うむ。そうじゃった。確かおぬしは最初にこの異界を訪れたときも、そう云ってくれたのう」
「はい。弁天さまは恋結びの女神さまですから」
「そうじゃったそうじゃった、やれ懐かしや。井の頭公園でボートに乗ったカップルは必ず別れる。そんな風評被害な都市伝説が今もまかり通っておると云うに」
「異性同士ならそうかも知れませんが、同性同士なら問題ないはずです」
 いえ、恋人的な意味でなく……、そんな恐れ多い、と、みなもはほんのり顔を赤らめる。
「これこれ。そのように愛くるしい風情では全異世界の老若男女無性両性生物非生物が軒並みノックダウンのドミノ倒しじゃ。どんな神々も、おぬしの願いを叶えずにはいられまいて」
 他ならぬみなもの頼みゆえ、とっておきの船を用意しようぞ。

 ぱちん。
 弁天は指を鳴らす。
 ――同時に。

 井の頭公園池に、弁才船(べざいせん)が出現した。
 安土桃山時代から江戸、明治にかけて、国内海運に広く使われた大型木造帆船である。
「わぁ。今日はガレー船じゃないんですね」
「ほっほっほ。たまには趣向を変えぬとのう」
 みなもは、この異界に何度も来たことのある調査員にしかできぬツッコミをし、弁天は愉快そうに笑った。

破■少しだけ、タイムスリップ

「弁天さまのお口に合うといいんですけど」
 弁才船に乗り、向かい合わせに座り、バスケットの蓋をみなもは開く。
 ひと口サイズの上品なサンドイッチが、小さな花束のように現れる。
 キュウリとミントのサンド、エッグサラダフィンガーサンド、チキンとマグロのサラダティーサンド、チーズティーサンド、サーモンティーサンドなどなど。
「こ れ は !! 何とも華やかな。超高級ホテルのアフタヌーンティーも真っ青のラインナップではないか」
「お飲み物も用意しました」
 持参の水筒をふたつ、みなもは並べる。
 ひとつは、完璧なゴールデンルールで淹れた温かなオレンジペコ、ひとつは、瑠璃(ラピスラズリ)に由来した名を持つ秋田の純米酒である。
「おお……。何という心遣いじゃ。我が清廉なる水の女神よ! オンソラサラスバティソワカ!」
 みなもの手を、弁天はがしっと握った。弁財天への真言を、あんたが唱えてどうすんねん、という言葉がどこからか聞こえてくるがスル〜一択。
「いろんなことが、ありましたね」
 懐かしげに、みなもは言う。
「メイドカフェ『エル・ヴァイセの年越し舞踏会』とか」
「ほっほっほ。年越し舞踏会での人魚の騎士のコスプレは見事であった。あのときわらわはメイドBじゃったのう〜」
「夏の宿題とかも」
「うむうむ」
「動物園で幻獣と遊んだり、盆踊りも、百人一首大会も楽しかったです」
「くううう。そうじゃそうじゃ。おぬしとは数多くの思い出を重ねて来たのう〜」
「イスタンブールにも行きました。『さかさまのメデューサ』案件のとき」
「おお、あれこそは草間興信所依頼じゃな。世界に羽ばたくみなもの活躍が眩しかったぞえ」
 サンドイッチを頬張り、何度も何度も弁天は頷く。
 弁才船はゆっくりと、井の頭池を進んだ。

急■花火と花筏(はないかだ)の祈り

 船の上での話題は尽きず、いつしか陽はとっぷりと暮れた。
 弁天のグラスに飲み物を注ごうとしたみなもの手に、はらはらと、桜の花びらが触れる。
「あ……れ……?」
 思わず、あたりを見回す。
 今は8月末、もとより桜の季節ではない。そもそも本日の趣旨は、花火大会と聞いている。
 不思議そうなみなもに、弁天はにこにこと頷いた。
「せっかくじゃから花見も兼ねようと思うての。桜の精たちにひと頑張りしてもらったのじゃ」
 弁天が云うや云わずのうちに、井の頭池の周囲を覆うソメイヨシノの大樹たちが一斉に満開となった。

 花吹雪が、舞う。
 瞬く間に池の水面を桜の花弁が覆い尽くす。
 節外れの花筏(はないかだ)に、みなもは息を呑む。

 ぱちん。
 再び、弁天は指を鳴らす。
 ――刹那。
 光の蕾が次々に打ち上げられ、大輪の華を咲かせていく。

 彩色千輪錦残輪。
 昇曲導付八重芯菊先オレンジ銀乱。
 昇り朴付き芯入椰子菊先変化。

「さて。みなもは何を願うのかの?」
「……そうですね。悪病万病全てが退散快癒しますように。あともちろん、家内安全でしょうか」
「ほう」
「水神祭りとしては、弁天さまも含めて、優しき水でありますように祈り願います」
「優しき水、とな」
「この国は海という大いなる水に囲まれていますし、天からも地からも水は溢れますし」
「そうじゃのう。水が荒ぶれば水害となろう」
「ですので、良縁という形を願います。あとは……」
 
 ――あとは。
 武蔵野の夜空に、みなもはそっと手を合わせる。
 どうか。
 弁天さまたちとの縁が続きますように、と。
 

                        ――Fin.

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
◇◆◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◇◆◇◆
【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女/13/中学生】


◇◆◇◆ ライター通信 ◇◆◇◆
おおおっっっっひさしぶりです! あなたの神無月です。
(みなもさんにガシっと抱きつきながら)(セクハラですよっ!)
本当に本当にありがとうございます。
長年に渡りご愛顧いただいて弁天もその他の井の頭スタッフも感無量です。
ちなみに今回の花火は、弁天的には、いつぞやのお台場デートで東京湾大華火祭をご覧いただき損ねたリベンジでもあったみたいですよ。

また、お会いいたしましょう。
願わくば、近いうちに。
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東京怪談
2020年10月05日

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