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『東京怪談・改 〜裸足の王女の冒険Vol.1〜』
イアル・ミラール7523

序◆いざ征かん、帆船のロマンを求めて

「これハナコ。ハナコはいるかえ〜」
 遅かった夏が過ぎようとしている、初秋のことである。
 異界と化した井の頭公園にて、弁天は幻獣動物園の管理者に呼びかけていた。
「いるけど〜? 弁天ちゃん、何か用?」
 管理者たる世界象のハナコは本来の姿を伏せ、外見年齢10歳の愛らしい姿で小首を傾げる。
「某海洋博物館へ行かぬか? 南極観測船『宗谷』などの展示が有名な、臨海副都心の埠頭にある、某ジャパ〜ンな財団が助成を行っておる博物館じゃが」
「某の意味ない気がするけど、うんまあ、いいよ〜。お出かけ、久しぶりだしね」

 と云うわけで。
 弁天とハナコは、某海洋博物館で展示を楽しんでいた。
 お忍びのお出かけスタイルということで、弁天は髪を下ろしシンプルなワンピースを身に付けているが、ハナコはいつも通りのゴスロリを極めた装いである。
 現在の展示はなかなかに趣向が凝らされており、帆船の種類と帆装、そして歴史が俯瞰できるようになっていた。
 古代エジプトからミノア文明、古代ギリシャ、古代の北ヨーロッパ、古代アラブ、古代中国を経て、15〜18世紀に於ける西欧諸国の大航海時代に至る、見事な構成である。
「わあ……! 面白いね。んんん?」
 ふとハナコは、一隻の帆船の前で足を止めた。弁天のワンピースの袖をつんつんと引っ張る。
「ねーね弁天ちゃん。この船の石像が気になるんだけど」
 その帆船の年代は、今回の展示からすれば新しい部類である。おそらくは大航海時代のものであるのだろう。ハナコが指し示したのは、帆船の先頭を飾る、美しい乙女の船首像(フィギュアヘッド)であった。
「うむ、船首像は船の安全航海のお守りじゃ。ちなみにここにはないが、某一般社団法人が所有する航海練習帆船『みらいへ』の船首像はヤマトタケルノミコトじゃぞ」
「そーゆーウンチクが聞きたいワケじゃなくてね〜。この子だよこの子」

 乙女の船首像を、ハナコは指差す。
 青黒い苔で覆われた乙女は、何かを訴えるような、叫ぶような表情で虚空を見ている。

破◆裸足の王女を持ち帰りますの巻

「船首像というのも様々な種類があるが、女性の像を乗せるのは、伝説のアルゴ号が女神ヘラの像を飾ったのが起源らしいぞえ」
「だーかーらー!」
 焦ったそうにハナコは手足をばたばたさせる。
「……わかっておる。おそらくこれは曰くつきの乙女。ただの船首像ではなさそうじゃ」
 まあ、わらわに任せよ、と、弁天が含み笑いをした時。
 係員がひとり、近づいてきた。
「ようこそ、帆船の歴史展示へ。お気に召しましたか?」
「うむうむ。いたく気に入った。特にこの乙女の像が」
「それは宜しゅうございました」
「欲しい」
「はいぃ?」
「譲ってもらおう」
「はいぃぃぃ!?」
「駄目と云うなら装甲巡洋艦『アドミラル・ナヒーモフ』の主砲を横抱きにして持ち帰るぞ!」
「そんなご無体な! 主砲は全長7.1m、重さ13.6トンありますのでお持ち帰りは無理です!」
 すっかり弁天のペースに呑まれた係員は、もう自分でも何を云っているのかわからない。
「何かあったのか?」
「ああっ、館長。こちらのモンスター的お客さまが無理難題を」
「これこれ。絶世の美女と美幼女をモンスター云うな! 我らはヒトならぬ身。本来ならば一般の民とは関わりあえぬ存在ぞ」
(あの……、ちょっとその、こちら、一般常識の通じない、危ないひとのようで……)
(そうだな……。もともとこれは出自不明、所有者のいない帆船であり船首像で、管理者権限は便宜上、君にお願いしているところだ)
(はい……、それってすごくどうかと思ってましたが宮仕えの身、仕方なく。しかし管理者ともなればそれなりに愛着もございまして)
(まぁそんなわけで、管理者の君が譲っていいということであれば譲渡も可能。そういうことになる)
(わぁ〜……。横暴……)

     + + 

 どうやら先方も管理が難しい案件で、大人の事情なども多々あったようで。
 結局。
 弁天は守備よく、謎めいた船首像のお持ち帰りに成功したのであった。

     + + 

「さて。わらわの見立てによれば、これは本来は麗しき乙女。呪いによりこのような姿に変えられてしまったと推察する」
 そんなことを云いながら、弁天は井の頭池の一角に像を置いた。
 きらきらと噴水が吹き出ており、清らかな水が流れる場所である。
「あたしもそんな気はしたんだけどー。でも、どうするの?」
 首を傾げるハナコに、こともなげに弁天は云う。
「石化の呪いを解けばよかろう」
 そっと船首像に手を触れた。
「白き蓮華の声を聴け。井の頭の湧水よ、あらゆる罪業、あらゆる汚濁、あらゆる執着を浄化せしめよ……!」 
 噴水は光を弾きながら、船首像を洗い流していく。
 程なくして。
 ガタゴトと、気持ちよさそうに像が動き、そして。
 苔むした船首像は、美しい乙女に変貌したのだった。

 水滴が滑り落ちる珊瑚の唇。
 白く光沢を放つ真珠の肌。
 煌めいて体を覆う琥珀色の髪。
 震える睫毛に縁取られた、紅玉の瞳。

「これはこれは。見立て以上の美しさじゃ」
「あの。……わたし、どうしてここへ?」
 不思議そうに眼を見開くイアル・ミラール(7523)に、弁天は満足げに頷く。
「話せば長いことながら、宝石の姫よ。まずはおぬしの事情を聞かせてもらおうか」

急◆美しき亡命者

 イアルには石化されていた時の記憶が欠落しており、弁天が知り得た情報はわずかだった。
 かろうじて把握できたのは、海洋博物館の係員から得た、少なくとも半世紀以上、船首像「裸足の王女」として、世界中を転々としていた美術品であったということくらいである。
「んで弁天ちゃん。イアルちゃんを拉致してきたからには責任取るんでしょうね?」
「当然のこと。イアルは当分の間、この異界に住まわせる」

 ――そんなこんなで。
『いの777番』イアル・ミラール専用の亡命者区画が爆誕した。
 壮大な温泉リゾート施設付きの宮殿風洋館である。
 温泉のラインナップは、日本三名泉の有馬温泉(兵庫)、草津温泉(群馬)、下呂温泉(岐阜)、さらに日本三古泉の道後温泉(愛媛)、いわき湯本温泉(福島)、白浜温泉(和歌山)を各種取り揃えた。
「こーゆーときだけ、ホント弁天ちゃんて仕事早いよね〜」
 あきれ返るハナコをよそに、
「ほれほれ、早う早う。イアルもハナコも」
 いち早く、豪快に衣服を脱ぎ捨てた弁天は、一足飛びにざっば〜んと温泉に飛びこむ。
「……あの」
「え〜。レディとしていきなりマッパはちょっとどうかと思うよ。ねぇイアルちゃん」
 ためらうイアルとハナコに、弁天はふふんと胸を張る。
「そのへんは抜かりないぞえ。温泉リゾートは基本的に水着着用じゃ」
 いつの間にやら弁天は、ワンショルダーのスポーティなビキニ姿になっていた。
 ぱちん、
 ぱちん。
 ミアルとハナコに向かい、それぞれに指を鳴らす。

 ――と。
 ミアルは優雅なパレオ付きの南国風ビキニを、
 ハナコは……胸に「ハ ナ コ」と黒マジックで記されたゼッケン付きスクール水着を身に付けており――

「ちょーっとお! なんでハナコだけスク水なのよう!」
「さぁさぁイアル。背を流してしんぜようぞ」
 弁天から手招きされ、イアルはふっと表情を和らげた。


                            ――Fin.


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
◇◆◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◇◆◇◆
【7523/イアル・ミラール/女/20/裸足の王女】


◇◆◇◆ ライター通信 ◇◆◇◆
ははははじめましてっっっ!
この度はこのような異界にお越しくださいましてありがとうございます!
不思議にして稀有なご縁、弁天もハナコも大歓待いたしますよ!!!
さて、井の頭公園にお住まいになったイアルさま、いよいよ冒険の始まりです!
せっかくですので連載形式でお送りします。以下次号!

東京怪談ウェブゲーム(シングル) -
神無月まりばな クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年10月05日

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