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『東京怪談・改 〜裸足の王女の冒険Vol.2〜』
イアル・ミラール7523

序◆メイド・イン・イノガシラ

 イアル・ミラール(7523)の朝は早い。
 身仕舞いを整えるなり、真っ直ぐに弁財天宮に向かう。
 まずは弁天の私室へ行く。オンラインゲームで夜更かしし、ぐだぐだと寝返りを打っている弁天を優しく起こす。
「弁天さま、おはようございます。朝食のご用意ができましたよ」
「う〜、どうしても宝箱の鍵が見つからぬ〜。嘆きの森の塔に住む王女に、今一度逢いにいかねば。むにゃ」
「弁天さま」
「……む? おお、精霊の加護深き王女よ、ここにおられたか――おんや、おぬしはイアル?」
「はい、わたしです。お着替え、こちらに置きますね」
 あくびをしながら眼を擦っている弁天に、てきぱきと着替えを済まさせ、朝食の給仕をする。
 その後は、公園内の清掃に取り掛かる。イアルが来てからというもの、井の頭公園はどこもかしこも落ち葉ひとつないほどに掃き清められていた。

「こんにちは〜! あれ? 弁天ちゃん、今日は早起きだね」
 ひょっこり顔を見せたハナコが、弁財天宮1階カウンターで執務中の弁天に目を丸くする。
「優秀なメイドがおるでのう。怠けさせてくれぬのじゃ」
「メイドって! イアルちゃん、王女さまじゃん。何やらせてんの」
 周囲を見回したハナコの視界に、イアルの姿が映った。紺のエプロンドレスを身につけ、メイドキャップを被り、竹ぼうきを手に園内清掃に勤しんでいる。
「ちょーっとちょっとイアルちゃん。何してんのお〜」
「お掃除を」
「イアルちゃんはお客さまなんだから、そんなことしなくていいんだよ」
「ありがとうございます。……でも、身体が勝手に動くので……」

       + +

 弁天との奇妙な縁で、異界と化した井の頭公園内の、さらなるパラレル空間『いの777番』に居住することになったのは先日のこと。
 居住区に用意されたのはバイエルンのリンダーホフ城に激似の宮殿風ゴシック洋館、なおかつ日本三名泉・日本三古泉が24時間掛け流しの大温泉リゾートも併設されたビッグスケールな住まいである。身の回りの世話をするメイドとして、他の居住区エル・ヴァイセ王国からの亡命者が暮らす『への27番』より、厳選された侍女が数名、派遣された。
 かつては小国の王女であったイアルに不自由な思いをさせぬようにとの心遣い――と弁天は云うが、何のことはない、イアルと一緒にセレブな温泉リゾートを楽しみたいだけでは、とハナコは思っているが、それはさておき。
 メイドに世話を焼かれる立場の姫が、有能なメイドと化してしまうのは、何としたことか。

       + +

「『身体が勝手に動く』。イアルはそう云ったのじゃな?」
「うん……。イアルちゃんて、謎だよね」
「そうじゃな」
「でもさあ……、あんないい子なんだから、幸せになってほしいよね」
 どんな呪いがあるのか、わからないけどさ。
 ハナコはぽつりと呟いた。しばらく考え込んでいた弁天は、ふっと笑みを浮かべる。
「調べてみるとしようかの」
「どうやって? 武彦ちゃんのところに依頼してみる?」
「それも考えたが、人海戦術では難しいやも知れぬ。……おお、そうじゃ」
 何か閃いたらしく、弁天はぽんと手を打った。
「我が井の頭公園のボート乗り場は、時間遡行の本場ではないか」
 
破◆愛と支配と

 井の頭池には時空の歪みがあり、ボートは乗客を乗せたままタイムスリップすることも多々ある。
 なので、ボート乗り場の係員の業務には、タイムスリップ先で遭難してしまった乗客を探索し、救助する役目も含まれる。ゆえに係員控え室は、特別あつらえの時空観測機器がセッティングされており、時間軸の揺らぎを観測するため、無数のディスプレイが空中に浮かぶ情報センターとなっている。
 本来はタイムスリップ先の場所と年代を特定し、救出に向かうためのシステムであるが、応用すれば特定個人の履歴をある程度俯瞰することができる。
 
 そして。
「どお? わかる? イアルちゃんの過去」
「うぅむ。なかなかに数奇な運命の持ち主であるようじゃ。先だっての船首像の他にも、さまざまな美術品に姿を変え、世界中を転々としておる。国を超え、時代を超えて」
「そうなんだ……」
「イアルを所有していたのは大貴族や大商人、実業家などのようじゃ」
「どうしてイアルちゃんが石像にされちゃうの?」
「『支配の象徴』であるな。石像と化したイアルを、彼らはおのれの支配権を誇示するため手に入れたのじゃ」
「ひどい……。それってひどいよ。あんまりだよ」
「う……む。イアルは権力者の支配欲を掻き立てる魔力の如き『何か』を持っているようじゃの。その魔力は圧倒的で、誰も逆らえぬ。王であろうと、神々……で、あろう……と」
「弁天ちゃん?」
 弁天の声がくぐもり、両眼がうつろになっていく。
「う……む」
「弁天ちゃん!」
「うう……む」
「弁天ちゃん、弁天ちゃんたら!」
「イアル。イアルはどこじゃ? イアルをこれへ!」

 弁天はいきなり立ち上がり、走り出した。
 まだ掃除中のイアルの手首を掴むなり、温泉施設の一角に連れて行く。

「イアルや。さあ、これに着替えるのじゃ」
 金彩で縁取られた水着と、精巧な細工の宝冠を、弁天は差し出した。

急◆心の氷を溶かすには

 云われるまま、イアルは従順に身に付ける。
「これで……よろしいでしょうか?」
「おお、おお、朝露に咲く白薔薇の如きであるな。なんという美しさ、なんという清らかさじゃ」
 うつろな瞳のまま、歌うように弁天は云い放つ。
 これなるは無垢なる姫。清廉なる白薔薇。得難き宝石。

 ――凍らせてしまおう。
 裸足の王女が汚されぬうちに。

 おぬしのために、薔薇の咲き乱れる噴水庭園を造ろうぞ。
 庭園の中央、ひときわ大きな噴水の横が、おぬしの居場所。
 華麗に、永遠に、この異界を彩るが良い。

 そして、イアルは氷の彫像となった。

「んも〜!」
 追いかけて来たハナコが見たのは、温泉ごと凍りついたイアルと、尋常ではない状態の弁天だった。
 一瞬だけ考えて、事態を打開するべく動く。
「ええい! 時空の彼方のガネーシャちゃん、象つながりで力を貸して! オン・キリク・ギャク・ウン・ソワカ!」
 ハナコはとっさに印を組み、ガネーシャの真言を唱える。
「う……」
 ふらついた弁天に、ハナコはすかさず走り寄り、
「ハナコ、パーーーンチ! 正気に戻って、弁天ちゃん!」
 思い切り拳を握りしめ、放った。
 弁天の頬を、目がけて。
 
       + +

「何もグーパンチせずとも良いではないかぁ〜」
 ぱんぱんに赤く腫れ上がった頬を、弁天は両手で押さえる。
「自業自得だよ、ねえイアルちゃん。ひどい目に合ったよね」
「それが……、よく覚えていなくて」
 元に戻ったイアルは、濡れタオルを弁天に差し出している。
「んも〜! そんなに甘やかさなくていいんだってば〜!」
 ハナコは焦れて足踏みをするが、イアルは首をそっと横に振る。
「わたしは、ここに来られて良かったと思っています」
「イアルちゃんが優しいからって、つけあがっちゃダメだよ弁天ちゃん」

 とりあえず、温泉を元に戻してよ、弁天ちゃん。
 イアルちゃん、すっかり冷えちゃったから温めてあげないと――ほらね。
 ぺちり。
 ハナコはイアルの手を掴み、弁天の頬をそっと叩いた。


          ――Fin.


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
◇◆◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◇◆◇◆
【7523/イアル・ミラール/女/20/裸足の王女】


◇◆◇◆ ライター通信 ◇◆◇◆
さてさて裸足の王女シリーズ井の頭編、連載2回目でございます(ありがとうございます!)!
弁天が大変、大変、大変、失礼いたしました……!
さて、連載はさらに続きます。以下次号!

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神無月まりばな クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年10月05日

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