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『東京怪談・改 〜裸足の王女の冒険Vol.3〜』
イアル・ミラール7523

序◆魔性の石と聖なる石

 秋の気配は深まりつつあるが、紅葉にはまだ早い。
 常ならば閑散としている時期であるのに、このところ様子が違っている。
 未だかつて見たこともない大行列が、弁財天宮前に連なる日々が続いていたのだった。
 やれ嬉しや、やっとわらわの地道な人々が実り、不名誉な縁切り伝説はさくっと返上、縁結びの女神として褒め称えられ万歳三唱胴上げ花吹雪シャンパンタワーな時代が来たかと喜んだのも束の間。
 彼らのお目当ては、弁天ではなかった。
「あのう、イアル・ミラール(7523)さんがこちらにいらっしゃるって聞いたんですが」
「イアルさんはどこですか?」
「あっ、お掃除していらっしゃるわ! はぁ……綺麗」
「なんて尊いお姿かしら」
「寿命が伸びるわ」
「悟りが開けるわ」
「あのっ、一緒に写真、いいですか?」
「差し入れ、どうぞ。吉祥寺の某人気店のひとくち羊羹、3箱あります!」
「これ、差し入れです。吉祥寺の某人気店のメンチカツ5個入りです!」
「あたしも差し入れを。吉祥寺の某人気店の焼き鳥12本詰め合わせです!」
「私はお花を。青山の某有名花屋さんで特注した薔薇の花束100本です!」
 弁財天宮1階カウンターはプレゼントや花束に埋もれ、アイドルの握手会さながらの様相である。
「イアルちゃん、大人気だねー」
 次々に押し寄せる贈り物の山をよいしょ、と、整理しながらハナコは云う。
「うむ。イアル効果で賽銭箱もはち切れんばかりじゃ。……しかしこれは由々しき事態かも知れぬ。もぎゅもぎゅ」
 メンチカツと焼き鳥を交互に頬張りながら弁天は云う。ちなみに差し入れのラインナップが吉祥寺の人気店に偏っているのは、あらかじめ弁天がこそっとイアルに根回ししたからである。
「なんで? 財政は潤うし、弁天ちゃんはお裾分けもらえるし、いいことずくめ……、あっ、わかった! イアルちゃんに人気ひとりじめされて悔しいんだ?」
「違〜う! 多少はそれもあるが、ち〜が〜う〜!」
 花束の中から白薔薇を一本抜き取り、弁天は見つめる。
「考えてもみよ。神であるわらわですら抗うのが難しい魔性の魅力を、イアルは持っておるのじゃぞ」
「うん、そうかも知れないけど、それって悪いこと?」

 綺麗な宝石には、魔性の石と聖なる石の二面性があるじゃない?
 だからこそ、ひとは惹き付けられるんだよ?

 来訪者に囲まれているイアルを、ハナコもまた、花束越しに見やる。


破◆螺旋呪詛

 そして。
 弁天は再び、ボート乗り場の係員控え室で、時空観測システムを操作していた。ディスプレイには、時代ごとのイアルの姿が映し出されている。
(ふぅむ。つまりイアルは、攫われて石化されて飾られ、さらにその石像を奪われ、生身に戻されたと思ったらまた石化されて飾られ、という状況を繰り返しているのじゃな)
 中世時代の王女でありながら、生身で居られた時間はごく僅か。
(これはまた、強固な呪いであることよ)
 執着。所有欲。権勢欲。イアルに魅入られた人々が幾重にも積み重ねてきた膨大な感情。
 それこそが、呪い。それこそが、想い。
(厄介じゃな。そのように多くの想いを内包しているとなれば、いちどきに解くわけにもいくまいて)

 ――まずは、未だに掛かっている呪いを、ひとつひとつ清めていくとしようか。
 そう考えた弁天は、イアルの居住区画をさらに拡張し、城館のそばに、澄み切った湖と広い湖畔を設えた。
 レンゲ草が可憐に咲く一角に、イアルを座らせる。
「いでよ、水龍! 武蔵野の蒼き光の流れもて、浄めのちから、いざ放たれん」
 すっと、弁天が片手を上げる。
 湖のうえに小さな竜巻が起きた。それはすぐに、鎌首をもたげた龍のかたちを取る。
 水龍はイアルに向かって激しく咆哮する。
 龍のあぎとから放たれた清流は、きらきらと光を弾きながらイアルに降り注ぐ。

 ――と。
 イアルは身体を痙攣させた。
 みるみるうちに、その姿が変化していく。
 柔らかな四肢は彫像のように堅固になり、その背には魔物にも似た翼が生える。
 身体中にびっしりと浮き出た緑青(ろくしょう)。
 それはまるで、ケルン大聖堂の、あるいはノートルダム大聖堂のシンボルを彷彿とさせ――

(ガーゴイル!)

 翼あるガーゴイルは目にも止まらぬ速さで、弁天に襲いかかってきた 。
 弁天ですら避けるのがやっとな俊敏さである。

「ちょーっ! 弁天ちゃん、大丈夫?」
 様子を見に来たハナコが駆け寄る。
「何とかな。しかしまあ、惚れ惚れするほどの魔物っぷりじゃ。もともと身体的機能の高い娘御のようじゃからの」


急◆神を守護するもの

「そんな呑気なこと云ってる場合?」
 弁天を庇うように、ハナコは両手を広げる。
「ごめんね、イアルちゃん。ハナコ、本気出すね」

 ――我、500年の時を経し世界象。
 獣に有らず。
 神に有らず。
 魔に有らず。
 ただ理(ことわり)のみを識るものなり。

 ハナコの小さな身体を、光の帯が覆う。
 すう、と、帯が霧のように消えたとき。
 そこにいたのは、巨大な白い象――いや、象にして、象に有らず。

 額飾りは、聖なる哲学者の眼、蒼玉(サファイア)と、ルシファーの第三の眼、魔なる翠玉(エメラルド)。
 釈迦の生母、摩耶夫人が夢に見たようなすがたにも、サルヴァドール・ダリが描いた『宇宙象』にも見える。
 四肢は丸太のように太く、枯れ枝のように細い。矛盾極まりないが、世にも不可思議な象である。

 世界象を見とめるなり、ガーゴイルは牙を剥き、かぎ爪を振りかざす。
 
   キッシャアアアアアーーー!!!
 
 象は、その巨体からは考えられぬほどの素早さで身を交わし、長い鼻を一閃。
 ガーゴイルは横腹を直撃され、翼ごと地面に叩きつけられる。
 
「いっくよーー!」
 そして、目にも止まらぬ俊足で湖畔を疾走し――
 
 ガーゴイルを、踏みつけた。
 
       + +

 象の足の下敷きになった衝撃で、ガーゴイルは気を失っている。
「やれやれ。このような姿では狛犬の代わりに使うしかないぞ」
 弁天は笑い、もう一度水龍に命じる。
 イアルはようやく、本来の清楚な乙女に戻った。
 
「でもさ。ガーゴイルってもともと、悪霊を追い払う役割と、悪霊の侵入を防ぐ役割があるんだよ。つまり『魔除け』なんだよね」
 ハナコもまた少女の姿になり、くすっと微笑む。
 弁天はむむ? と眉を寄せた。
「何と、守護獣とな。それではやはり狛犬とカブるではないか!」
 


     ――Fin.




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
◇◆◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◇◆◇◆
【7523/イアル・ミラール/女/20/裸足の王女】


◇◆◇◆ ライター通信 ◇◆◇◆
さてさてさて、裸足の王女シリーズ井の頭編、連載3回目でございます(ありがとうございますありがとうございます!)!
今回は神無月的に珍しくも戦闘シーン(というより特撮変身シーン?)を書かせていただきました……!
しかもガーゴイルVS巨象。あと水龍を少々。
そして連載はさらに続きます。今後の展開やいかに!?

東京怪談ウェブゲーム(シングル) -
神無月まりばな クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年10月08日

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