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『東京怪談・改 〜裸足の王女の冒険Vol.4〜』
イアル・ミラール7523

序◆それは切ない呪いの歴史

 無数のディスプレイが空中に浮かんでいる。あらゆる時代、あらゆる人々を俯瞰しながら。
 それは歴史の断片であり、また、何千何万の人生の集積でもある。
 弁天はこのところ、ボート乗り場の係員控え室に詰めっきりだった。時空観測システムを駆使し、イアル・ミラール(7523)の呪いを解く鍵を模索するためである。
 居住区にしつらえた温泉施設の中で、あるいは湖のふもとで、弁天は何度も呪詛解除を試みてきた。
 結果、自身の『水』のちからが有効であることはわかった。しかし、その効果を得るには、いったん呪いを『再発動』させてから水で洗い流すという、いささか面倒な手順を踏む必要がある。
 それに。
 水というものは諸刃の剣だ。先だってのようにイアルがガーゴイル化するなど、思わぬ副作用が起こる危険も孕む。
(さて、どうしたものか)
 弁天は何気なくディスプレイに手を伸ばし、はっ、と、引っ込める。
 そこには、イアルと、イアルと瓜ふたつの貴族のが、仲睦まじく手を取りあう情景が映し出されていたのだ。

 ――わたしは、あなた。
 ――あなたは、わたし。

(……これは)
 おそらくは、重要な過去のひとつなのだろう。
 弁天は食い入るように映像を見つめる。

破◆半身か宿敵か

 イアルとそっくりな容姿を持つ令嬢は、零落した貴族の、有り体にいえば貧乏男爵家の、しかも男爵の妾腹の娘だった。母は亡くなっており、義母である男爵夫人は彼女を毛嫌いする。それゆえ、その生活は優雅とは程遠いものだった。
 実の父親であるはずの男爵は、娘を政略の道具としてしか見ていなかった。
 幾ばくかの金貨と引き換えに、令嬢はわずか15歳にして、王立魔導学院の女性院長の『奉仕係』として献上されることが決まっていたのだ。
 優れた魔導士でもある女性院長だが、その性癖は悪名高く、奉仕係はすべからく嬲りものにされるのだと云われていたにも拘らず。

 半ば諦めながら、しかしある日、令嬢は、世にも美しい少女をかたどったブロンズ像と出会う。
 それは、国王の所有する所蔵品のひとつだった。
 王の気まぐれで、たった1日公開されたその少女像に彼女は魅了される。
 何となれば、その少女は自分にそっくりだったので。
 ――あの子が欲しい。
 それは激烈な欲望だった。
 だが、あれは王の所有物。自分が手にすることなど叶わない。

 しかし、王は令嬢の欲望を見抜いた。
 そして、その欲望を、自身の欲望の糧にした。
 すなわち。
 ――そんなにあの子が欲しいなら、考えぬでもない。おまえが一晩、私に奉仕してくれるなら。
 令嬢はそれを受けいれ、少女像を手に入れた。

 少女像の頬を撫で、その唇を細い指先でなぞる。
 そして、そっとキスをする。
 呪いが解け、少女像はヒトに戻った。

 イアル・ミラールです、と、彼女は名乗った。
 令嬢は歓喜して、その手を握りしめる。
  
       + +

 何もかもがそっくりな、ふたりの乙女。
 清楚な顔立ち、豊かな胸もと。しなやかな肢体。琥珀いろの長い髪。
 しかしただひとつ、瞳の色が違っていた。
 イアルは、鮮やかな苺水晶(ストロベリークオーツ)の瞳。
 令嬢は、目に染みるような蒼水晶(ブルークオーツ)の瞳。
 だけど相違はそれだけで。

 ――わたしは、あなた。
 ――あなたは、わたし。

 ふたりの蜜月は、永遠に続くと思われた。
  
       + +

 ある日、令嬢は感じた。
 強烈な違和感と、どうしようもない葛藤を。
 なぜ。
 なぜ。
 なぜ。
 わたしはやっと、理想のわたしを手に入れたのに。
 どうして。どうして。
 なぜ、あの子は、生きて動くの?
 無垢なまま意思を持ち、活き活きと輝いて笑うの?
 わたしは、あんなふうには笑えないのに。
 
 ――わたしは、あなた。
 ――あなたは、わたし。
 ――あなたが、だいすき。 
 ――あなたが、にくい。
  
       + +

 わたしの、身代わりになって。
 あなたが、お父様の犠牲になって。
 あなたが、院長の嬲りものになって。
 誇りを打ち砕かれ、絶望に苛まれる人生を、あなたが引き受けてよ!

 令嬢は云い放ち、イアルは微笑んで頷いた。
 ――いいわよ、あなたがそれを望むなら。
 ――イアルの馬鹿! どこまで……どこまで清らかなのよ。わたしはこんなにひどい子なのに! 恨んでもくれない、呪ってもくれないのね!
  
       + +

 ……わかった。
 じゃあ、わたしが呪うことにする。
 呪いとは無縁な、無垢なイアルのために。
 誰も呪えず、残酷な世界をあるがままに受け止めてしまう、あなたの代わりに。

 そして――
 院長に献上されたイアルが、衣服をはぎ取られ、凌辱の指が触れかけた瞬間。

 無垢な乙女は清らかなまま、ブロンズ像になったのだった。
   
       + +

(これか! 再発動を試みた時、イアルがブロンズ像と化し、数日間も浴室のステキオブジェになった原因は!!)
 頭を抱える弁天をよそに、映像は移る。
 次に映されたのは、別の時代の物語だった。
 

急◆盾の乙女

 乙女の像は、いにしえの洞窟の奥、邪竜が集めた財宝と共に眠っていた。
 見つけたのは、邪竜を倒した女騎士である。勇者の誉れ高く、その名声は近隣諸国に轟いていた。
 その美しさに心奪われた騎士は、乙女像を聖なる泉で洗い清めた。
 乙女は生を得て動き出し、騎士を歓喜させた。
 なおかつ彼女は、従順な侍女として騎士に付き従うと誓った。

 ――無垢な乙女よ。何でもいい、望みを云ってごらん。わたしに出来ることなら、何でもかなえてあげる。
 ――わたしは何も望みません。ただ、あなたが無事でいてくれるなら。

 女騎士は精鋭部隊を指揮し、魔王討伐に向かう途中だった。
 魔物の統率者はうら若い女王。
 魔女王は秘めた想いを隠し、城の窓から騎士を見つめる。
 敵であるところの女騎士を、密かに愛していたのだった。

 女王は、まるで伴侶のごとく騎士に侍っているイアルの美しさに驚いた。
 そして、激しく嫉妬し――
 イアルを捕らえ、自分の盾に封じた。
   
 愛しい乙女が封じられた盾を突き出され、騎士は膝を折る。
 精鋭部隊は総崩れとなり、女王は勝利したのだが。

 騎士は、自死した。
 女王は身も世もなく嘆き悲しみ、我が身を呪い、それでもなお。
 盾の乙女を、居城のファサードに飾ったのだった。
   
       + +

(ううむ……)
 どんな国でも、どんな時代でも、どんな人々の中でも、常にイアルは愛憎と執着の只中にいた。
 無垢で無防備なままに。
 水に例えるなら、イアルは純度100%の純水。無心ゆえに、他者の心の歪みに気づかない。
 しかし、それを愛し、そのままでいて欲しいと願うなら。
 
 ――石像にしてしまうしか、ないではないか。

 深いため息を、弁天はつく。
 


     ――Fin.



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
◇◆◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◇◆◇◆
【7523/イアル・ミラール/女/20/裸足の王女】


◇◆◇◆ ライター通信 ◇◆◇◆
さてお立ち会い、いっそう盛り上がってまいりました裸足の王女シリーズ井の頭編、連載4回目でございます(ドンドンパフパフ)!
今回はイアルさまの呪いの遍歴を追うストーリー。ライターの妄想がてんこもりです。
さらに連載は続きます。イアルさまの運命から目が離せないぞ!

東京怪談ウェブゲーム(シングル) -
神無月まりばな クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年10月08日

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