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『奇遇の必然』
LUCKla3613

「こんな場所で奇遇だな」
 女子たちのガン見を気づくことすらなく引きちぎり、LUCK(la3613)は身を潜めていた物影から踏み出した。
 ちなみに、本気で潜伏する場合は物陰――人の目線が向きにくい死角へ潜む。光が届かないだけの物影にいたのは、「俺には欠片ほどのやましさもない」とアピールするためだ。
 もっとも、真相を知り尽くしたイシュキミリ(lz0104)が奇遇を信じてくれるはずはなく、なによりLUCK当人がそれを正しく理解しているあたりが実にアレなわけだが。
「ついに映画館の外で待ち伏せるようになったか」
 今日のイシュキミリは映画を見る際に遣う依代とは別の依代へ収まっていた。すらりと尖った輪郭に鳳眼。どこか中央アジアを匂わせる、しっかりと描き出された麗貌。身にまとうダークスーツがまるで隠れ蓑の役割を果たしていない。
「言っただろう? ただの奇遇だ」
 彼女のぬばたまの髪の前へ背を割り込ませ、周囲の男たちの視線を遮断しておいて、LUCKはわずかに眉根を下げる。
「いつもの依代はどうした? あれなら男の目を引かずに済むのに」
「私にもしがらみというものがあるのだよ。我が身の不利益よりも優先すべき仁義がな」
 くつくつと喉を鳴らし、イシュキミリは姿を変じゆく。
 地味な“簔”ではなく、本質たる黄金を映した姿に。
「仁を尽くし、義は果たした。しかしながらあらためて誰ぞの目を引かぬ殻を着込むはつまらぬ。故に妾が色映せし形(かた)を見せようか」
 ゆるやかに波打つ黄金の髪が同じ黄金で仕立てた黄金の面を飾る。かくて人ではありえぬ異形たる玲瓏が顕現したが――あれほどイシュキミリへ注目していたはずの周囲の人々は、そろって目線を外していた。そのようなリジェクション・フィールドか、結界のようなものを彼女は張っているのだろう。
 それでもさりげなくイシュキミリをかばっていたLUCKだが。
 記憶のすべてを喪い、淵のごとくとなった空(から)の心に差す光。
 その光の色は、そう。
「俺を導く光……黄金」
 あわてて口を閉ざしたが、こぼれ落ちた言の葉が戻るはずもなく。
 イシュキミリは人波のただ中に生じたエアポケットの中心で小首を傾げた。
「光色づくは摂理。其が金めいて見えることもあろう? そも、日が光は金、月が光は銀と謳われしものなれば――妾は無論、日たりえぬが」
 確かに、日光はあたたかに色づくものではある。つまりイシュキミリはLUCKが言う導きの光の色など、常識や思い込みでそうと決めつけただけのことだと指摘したわけだが、しかし。
「わざわざ噛んで含めてくれたのは、おまえらしくないごまかしだな。逆に食いつきたくもなる」
 LUCKは逆に確信し、強く言い放った。
「イシュキミリ。俺は記憶を喪うより先におまえと会っているはずだ」
「確ならぬものを言い切っては、これより逃げる先を失くそうぞ」
 たしなめるイシュキミリ。その言葉が彼女自身のためのものではないことを、LUCKは不思議なほど察してしまった。まるで遙か昔から、彼女がそのような存在であることを知っているかのように。
「気づかわれるのはありがたいが。そろそろ、悩むばかりの毎日にも飽きてきた」
 今度はこちらが噛んで含める番だ。LUCKは思いを定めて言葉を継いだ。
「最近、不可思議な技師やら女優めいた新人やらが俺の周りにいる。この世界で行き合っただけのはずのあいつらがくれる情は、俺にとってはひどく馴染みのいいものだった。そして」
 イシュキミリの平らかな面をまっすぐ見下ろし、
「おまえの情もまた、俺にとってはこの上なく馴染みよく、それ以上になぜか懐かしくてな」
 真摯なばかりであった表情を緩め、肩をすくめてみせた。
「この世界へ唐突に生み出されたわけではなく、あのふたりやおまえと共にあった過去が俺にはある。それを確かめたいと焦って、こんなことを並べ立てたわけだが。さすがに不躾だったな」
 語るべきを語り、ようやく心を鎮めたLUCKへ、イシュキミリは淡い苦笑を向けた。
「汝が性(さが)は蛇。執拗も執着も性あってこそよ。しかしながら心洗い、新たな殻着込んで此の世へ降り立ったのだ。其の望み、己縛ることなく前ばかりを見やり、歩を進め行くことではなかったか?」
「昔の俺がなにを思ったかは知れんが……これほどおまえに拘る俺が、それ棄てて新しい世界へ行きたがるものとはとても思えん。本質が蛇ならなおさらだ。むしろ逆に、おまえを追ってきたというほうが納得できる」
 どうにも心は鎮まっていなかったらしい。情熱をはらんだLUCKの名推理を、イシュキミリはやわらかくなだめつつ、
「さて。謎解きを演じるは妾の務めならぬが故、これ以上を語るはせぬが、とまれ」
 人の悪い笑みを傾げて言ってみせるのだ。
「汝が妾に懸想しておるは真であるらしい。縁とはまこと、奇しきものよな」
 自分がなにを言ってしまったかを今さらながら思い知ったLUCKであるが……ここまで突っ込んだのだ。爪痕くらいは残しておかなければ。
「残念ながらそれすら憶えていなくてな。思い出させてくれるなら認めることになるかもしれんが」
 一度口を閉ざし、これまで以上の熱と力とを込め、再び開いた。
「おまえが望むなら、俺は思い出したいと願うことを棄てる」
 これはまごうことなき本心で、宣言だ。それだけの想いを抱き、前にあるイシュキミリばかりを見て進み来たのだから。
「……其は白状というものであろうがよ」
 あきれたというよりあきらめた顔を左右に振り振り、イシュキミリは息をつく。
 その様がまた転じゆく。黄金から砂へ……町に紛れるための擬態へ。
「ま、棄ててくれって言える義理もありませんし、せいぜい邁進してください。万が一にでもなにか思い出したら、それはそのときのお話ですしね」
 軽やかに言い置いて、イシュキミリは足早に歩き出した。
 俺に釣られて、おまえも白状しているぞ。俺が思い出す過去におまえがいたことを。
 言わずに留めたのはせめてもの男気で、すかさず彼女の後を追ったのは、当然の男心というやつだ。
「おまえの依代は本当に変幻自在だな。いろいろな素材のものが見てみたくなる」
「ほとんどの場合地味じゃなくなりますけど、それでもいいです?」
 宝石や貴金属を素にすれば、人を摸してもその特性が依代に映る。その美しさは人目を惹かずにいられまい。
 LUCKは「それはそれで困る」と返した直後、思いなおした顔で付け足した。
「――いや、それも悪くはないか。おまえが他の男に絡まれたら、俺の女だと割って入れるだろう。古い邦画で見て以来、実は結構な憧れがある」
 古い青春映画やコミック作品ではおなじみのパターン。イシュキミリにくっついてそれなり以上の数の映画を見てきたLUCKは、いつでも再現できるほどになっていた。
「うわ、二度といっしょに映画見たくなくなりますね……」
「そうなったところで奇遇にも同じ時間、同じ映画館に居合わせるだけのことだ」
 いい笑顔で言い切って、LUCKはイシュキミリに問うた。
「今日はなにを観る?」
「洋画です。……それで急いで用事済ませてきたんですけどね」
「奇遇にも行き合わせられたのは幸いだな」
 そう、これこそが今の俺の幸いだ。
 胸の内でうそぶき、イシュキミリのとなりに並ぶLUCKである。


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2020年10月09日

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