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『先ゆくあなたへ、挨拶を 1』
水嶋・琴美8036

 ――頼むぞ。
 ――然るべく。

 交わされたのは短い遣り取り。それだけで全て事も無し。いつも通りの過酷な任務が、水嶋琴美(8036)に言い渡される。
 ……とは言っても、彼女自身にしてみれば――「然程の事でも無い軽い運動」、そんな程度の物に過ぎない。
 たまには動かさないと体が鈍る。彼女自身がそう思うタイミングを見計らった様に、上司から言い渡されるそれら“過酷”な任務の数々。つまり、わかっていてやってくれている。水嶋琴美の望みのままに。
 琴美が動けばどんな依頼であろうと成ったも同然。全て彼女に任せてしまえば――何もかもが上手く行く。だがそこまでおんぶにだっこでは彼女の所属先である自衛隊特務統合機動課の名折れもいい所。即ち、それなりに琴美抜きでも任務をこなし動きはする――けれどそれでも他の課員にこなし切れない難しい任務はどうしても出て来てしまう。だからそれをこそ選んで――琴美へと託す。
 そんな暗黙のシステムが出来て久しく、琴美にイレギュラーの任務が入る事は今となってはあまり無くなって来た。
 以前は、事ある毎に緊急の救助要請が何度あったかわからない。幾ら琴美の実力がずば抜けていようとも、彼女は物理的に一人である。それは分身の術がどうのと嘯いたりした事もあったが――それで実際にある程度は何とかもなるが、単純に手が足りないと言う“上手く愉しみ切れないちょっと惜しいと思える場面”はままあったのだ。
 が、今は滅多に“それ”は無い。
 心行くまで準備を重ね、その心の赴くままに“過酷な任務”を愉しむ土壌は既に確りと養われている。

 自衛隊の制服を脱ぎ、まず袖を通すのは任務用の戦闘服――のベースである黒色のインナー。腕を通してからするりと襟に首を通し、インナーの外側に緑なす黒髪を引き出す。ゆったりとかきあげる様にして後ろへと払う――そうしながら、インナーの布地を肌身へと伸ばす。ぴっちりと張り付くそれで豊かな胸も確りホールド、更に下方に伸ばせばその先のきゅっと括れたウエストにも上手い具合にフィットする。そうなるのが当たり前の最適なサイズの品がいつでも用意されている。下も同じ。足先を入れぐいと引き上げ、薄く肉付く均整の取れた脹脛、膝回り、太腿回り、色っぽく熟れた臀部、細い腰までを確りホールド。隅々にまでフィットするスパッツで、下半身も確りと覆い尽くす。僅かな肌身も見えぬ様。それでもどうしても体のラインはくっきりと出る形。黒と言う色味もあるのか、それだけでもう煽情的に過ぎる姿と言える。
 勿論、それは承知の上で琴美は特に気にしていない――いや。人目を惹くその見栄えをこそ期待してこんな戦闘服を選んでいると言う面も無くは無い。忍びが目立ったって構いませんでしょう? ……必要な時は勿論弁えて隠形をするし。それで全て事も無し。
 いや、忍び、ではなくくノ一と取るなら、色めいた艶っぽい姿は寧ろ向いているとも言えるかもしれない――が、彼女は別に“くノ一らしい”色仕掛けを武器にはしていない。もっと単純に忍びとしての戦闘力自体で、誰も彼もを圧倒する――いや。琴美の場合はただ戦いに出向きクナイを振るうその姿だけでも、色仕掛けに匹敵する華やかさと吸引力はあるとも言えるか。最早、どちらがどちらかすらわからない。彼女が戦いに躍動するその姿だけで、既に色仕掛けを兼ねてしまっていると言っても過言では無いかもしれない。
 インナーとスパッツの上は、着物の袖を半分程に短くし、腰に帯を巻いた形の上着と――ミニのプリーツスカートを身に着ける。どちらも動き易さと現代的なくノ一らしいアイコンを意識しての装いだが、何はさておきそれだけでは大きく開いた着物の襟元と際どい短さのスカートの下が――危うく見えて仕方が無い。本当にその服の中に収まり切るのか。きっと、見る者はどうしたって落ち着かない。その位の膨らみに富む部分。ふとした動きで弾む胸元や見えそうになる臀部がちらちらと気に掛かって当たり前。……まぁ、それこそが琴美の思惑通りとも言うのだが。
 そんな服装をした上で、膝まである編み上げのロングブーツで足元を固め、グローブをはめて手元を仕上げる。装備するのはいつものクナイ。それ以上は適宜。細かくは企業秘密、と言った所である。

 ともあれ、ここまで仕上がれば、準備万端。
 後は――速やかな任務完遂に努めるだけである。



 密やかなれど艶やかな、くノ一姿が夜に躍動する。

 闇の中、もしその姿を確と目にする事が出来たなら――目を疑う様な美貌がそこにある事に気付けただろう。その美しさは整った造作のみならず、艶やか過ぎる豊満な体躯もまた同じ。そんな体を覆うのは、和洋折衷のいかにも現代的なくノ一姿。作為的な位に“らしく”纏めたそのスタイル。

 自衛隊特務統合機動課所属、水嶋琴美。人呼んで無敗のくノ一――いや、人呼んでも何も、それはただの事実でしかないとも言う。
 琴美は実際に代々忍びの血を引く末裔で、今の世でもその技術をその身に継承し、その技術と天賦を以って活動を続けている。自衛隊の特務統合機動課に所属しているのも何だかんだでその流れ。そして無敗とも呼ばれる通り、敗北を喫した事すら一度足りと無い。
 今だ二十歳にも満たない小娘ながら。
 その実力は既に――いや、特務統合機動課の活動を開始したその頃から既に、トップクラスと言って差し支えないだけの成果を上げ続けている。

 今日もまた琴美に託された心霊テロリストの暗殺任務は呆気無く終わる。任務完了。己の中でそう認めてから、琴美は勝利の余韻に浸る。高揚のままに、ほう、と熱を帯びる吐息。今日の敵も前評判では充分に強者だったのだが、瞬殺で終わってしまった。他愛無いと思うと同時に、己の技への自負もまた強くなる。私はこれだけ強く在る。もっと、もっとと任務をこなす度思う。……次にはどんな相手が現れるだろうか。まだ見ぬ強者が現れる事を祈る。私を満足させてくれる様な強い敵。いつか、いつか現れて欲しいと願う――そして私は、そんな敵をも容易く屠ってみせる。
 心躍らせつついつも思う事。そして厳密にはいつも叶わない事、でもある。物足りなさは無くも無い。とは言え、この生活自体は悪くない――この立場に居なければ己が力を試す機会はまず無いし、日常的に思う存分力を振るうなんて夢のまた夢。強者と戦える可能性を期待も出来ない。
 だが今のこの生活ならば、それら全てに手が届く。……琴美には前評判で強者とされる者がまず任務で割り当てられる。まず容易く終わる程度の相手ではあるが、それでも上司が新たなる強者をとこちらの希望に沿った仕事を極力選んでくれている訳である。“いつか”の可能性は、いつもある。更には他の何事をもさておき、最高の環境を用意して、優先して私にその仕事に当たらせてくれる。居心地もいい。そして、任務をこなせば喜ばれるし、ついでに人の為にもなる。
 それら全てが誇らしくも心地好い。
 天職である。

 そんな余韻に浸る中、琴美は無粋な通信機の呼び出しに気が付いた。コールサインを見れば緊急の救援要請。……随分と久々の事である。任務完了の報告もまだになる今、余程の事が無ければ連絡など入らない筈なのだが――思いながら受けると、妙に切羽詰まった上司の声がした。

 曰く。

 特務統合機動課への襲撃あり。
 急ぎ戻れ。


東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年10月12日

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