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『先ゆくあなたへ、挨拶を 2』
水嶋・琴美8036

 特務統合機動課への襲撃あり。
 急ぎ戻れ。

 そんな切羽詰まった上司からの連絡を受け、水嶋琴美(8036)は本来の任務を完遂した所から急ぎ帰投する。特務統合機動課への襲撃――その時点で、まず普通は有り得ない。何と言っても自衛隊の施設内である。害意ある輩が侵入してあまつさえ襲撃を行うなど、まず無理だ。
 ひとまず、嘘の可能性だけは無い。だが、事実であるとも限らない。何らかの誤認の可能性をまず思案しつつ、特務統合機動課が入る施設へと戻る。その時点では一見して襲撃の気配は無い。だが、何か――琴美の感覚に引っ掛かる物はある。注意に注意を重ね、念の為にと隠形もしながら施設内へ入った。それだけの準備で、誰もの目を惹く筈の艶やかな肢体は誰の目にも届かない――ただゆったりと歩を進めるだけでも自然と揺らめく豊かな部分も、絵画の様に靡く黒髪も。琴美は己の目と感覚で実際に場の様子を伺う――わかりやすく暴虐が行われた痕跡は無い。だが、受付ホールに居る筈の、受付嬢や警備担当者の姿も無い。

 おかしい。

 思いつつ、琴美は施設内を進む――まずは勝手知ったるいつものフロア、連絡をした当の上司の執務室へと向かう。何が起きているにしろ、連絡を入れて来た当人へ確かめるのが確実。そう考えて。

 が。

 執務室の扉の前、倒れている制服姿があった。当の上司では無いとすぐに判別は付く――内勤の同僚。わかった時点ですぐに傍に寄り、呼吸と脈を確かめ――ようとした。
 途端。
 倒れていたその身が唐突に起き上がり、躊躇い無くナイフを振るって琴美に攻撃を仕掛けて来た。不自然な程の急激な身の起こし方、やけに鋭くも素早い動きな割に、体幹移動や力の入り具合が何処か腑に落ちない妙な感じがする。……そう、まるで誰かに無理矢理糸繰りで操られている操り人形の様な――いや、“様な”では無く“そう”なのだろう。この相手はよく似せた紛い物ではなく琴美の知る本人でまず間違いは無い。但し恐らくは傀儡の術の様な何かで敵の手足に――武器にされている。……そもそもこの内勤の同僚は本来ここまで実戦向きな動きが出来る人物じゃない。
 当たり前の様にそこまで分析しながらも、琴美は紙一重でその攻撃を躱す。一見無防備にも見えたかもしれない緩やかな動きから急制動を掛ける形――今にも肌蹴そうな着物の襟元から、黒に包まれたはちきれそうな部分がまろび出そうになる程の激しい動きで。そんな動きの中で、琴美は内勤の同僚である相手の様子をさりげなく確かめる。間近にぎりぎりまで残る事で呼吸と生の気配を、躱しながらも密かに首筋に手を当てる事で脈を。初めにしようとした事をやや遅れて実行する。
 対処するのは今この相手がどんな状況にあるのか確かめてから。既に殺された上で傀儡とされているのなら何の遠慮も無くただ倒してしまえばいいだけだが、まだ救える余地があるなら――生きているなら加減して無力化で留める必要がある。ここの課に就ける人材は貴重だ。
 生の気配はあり、呼吸も脈もあった。……但し弱い。ならば早々にケリをつける必要がある。それまでの傀儡の動きから、次の動きを予測する。シミュレーションには一秒も要さない。思考を巡らせた時には答えが出ている。僅かな自衛も考えぬ身のこなしで躍り掛かって来る傀儡。琴美は今度こそその動きを誰が見てもわかる様に容易く躱し、体の構造上、崩したらまともに駆動出来なくなる部位の骨を折る。鮮やかに。……むしろ治った時には却って丈夫になりそうな遣り方で。
 それが終わった時点で、傀儡はその場に崩れ落ちる。すぐに立ち上がろうとはするが、立ち上がる形に体が動かない――重心、力点、作用点となるべき部位に力が留まらない。自重その物が動きを阻害する。
 次。向かおうとしていた上司の執務室の扉を開け、中を確認――するが、不在。何処へ行ったのか。何かがあったならそのヒントが何処かにある可能性。机上や、室内の様子も改めて確認する――と。
 新手が来た。
 琴美が入って来た当の扉から。もしくは窓の外から。先程倒した傀儡と同じ印象の操り人形めいた少し異様な動き。取り敢えず先程無力化した内勤の同僚が再び立ち上がって来た訳では無い事だけは確か。なら同じ遣り方で無力化すればいいと琴美は判断――そう、今現れた複数の傀儡もまた、琴美の同僚である。

「全く。どれ程の敵が現れたのか知りませんが――皆さん不甲斐無いですよ?」

 仕方ありませんので、数ヶ所の骨折位は覚悟して下さいね?

 軽く溜息を一つ吐いてから、琴美は然るべく対処に移る。



 連携されても同じ事。挟み撃ちの形で躍り掛かられようが、別方向から複数同時に攻撃されようが、琴美にとっては大した問題にはならない。ブーツの底で床を蹴り、軽やかに跳躍してはそれらを躱す。プリーツスカートの裾が翻り、その下の丸みが振動で弾む。物理的に両の手足で足りなければクナイの同時投擲も織り交ぜ、攻撃を妨害。着物の内側に辛うじて隠された方の丸みも弾む。
 必要最小限の動きでそれらを行う時もあれば、その艶やかな肢体をわざわざ伸びやかに大きく躍動させる形を取る時もある。相手の様子を見ながら、次に行うべき行動をシミュレーション。
 さて、何処から無力化しましょうか。

「……お人形遊びは程々に致しませんこと?」

 攻撃を仕掛けて来た一人の腕を取り、ぱきり。

「……あまり素敵な趣味とは言えませんでしてよ?」

 一人のその身を躱して行き縋らせた所で、後ろから足を踏み付け、ぱきり。

「……それとも、私の前に出て来るのが恥ずかしかったりするのかしら? 糸を操るのはどんな方?」

 挟み撃ちを狙って来た所をぎりぎりまで引き付けた所で一気に体を沈めて避け、傀儡同士を衝突させる。……勿論、致命の切っ先はクナイの細工で崩した上で。
 それから一息に、ぱきりぽきり。

「ふふ、そんな遠慮する事など全くありませんのに――こんなお人形なんかじゃなくて、直接御本人がいらして下さいな」

 そう告げつつ、琴美は鋭くクナイを投擲。無力化した傀儡にではなく、それらを越えたその向こう。窓の外下方、中庭の一角。
 男が居る。
 琴美の投げたクナイが真っ直ぐに狙うのはその男。
 が。刺さる寸前、狙われた男自身がそのクナイを横合いから引っ手繰る様に掴んで止めている。

「……あら、やりますわね」
「お前が水嶋琴美だな」

 声をその気で張るならともかく、普通に話していて声の届く距離では無い。
 けれど互いに、話す言葉は“見えて”いる。読唇。同じ術。どちらも当たり前の様に用いている。

「あら。藪から棒に。そういうあなたは――いえ、伺う必要はありませんわね」
「どうせ殺すから、か?」
「ええ。何処からどう見ても敵ですもの。生かしておく必要などありませんでしょう? そして私は倒した敵の名前を一々覚えておく様な趣味はありませんわ」
「ほう?」
「それに。もし後に必要となるなら調べればすぐにわかる御方とお見受けしますもの」

 自衛隊の、それも表沙汰に出来ない暗部たる特務統合機動課の入る施設などと言うこんな場所へあっさりと襲撃を仕掛けられる上に、“水嶋琴美”の名を直接知る事が出来る立場の存在。

「くく。まぁ、そんな所だ。後釜がどれだけやるかを見てみたくなってな」

 つまりは――元、特務統合機動課課員。それも、忍びの技術を身に付けた者、である。


東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年10月12日

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