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『先ゆくあなたへ、挨拶を 3』
水嶋・琴美8036

 ――後釜がどれだけ遣るかを見てみたくなってな。

 あっさりと返されたその科白で、相手が何者かは確定する。
 つまり、水嶋琴美(8036)が特務統合機動課の活動を開始する前に、同じ立場に居た――同じ立場に居られるだけの実力者であったと言う事だろう。そして何らかの形で離れ、今は特務統合機動課に仇為す者となっている。
 そういう事だ。

「それが襲撃の理由ですの? 子供ですか、あなたは」
「否定はせんよ。女から見れば男は皆子供同然だと聞いた事がある」
「二十歳前の小娘に対する科白とも思えませんわね……まぁ、何でも構いませんが」

 襲撃の理由が本当にそれかどうかはわからない。
 が、今目の前で琴美に――特務統合機動課に敵対している事だけは間違いが無いのだから、瑣末事である。
 敵であるなら制圧し、蹂躙し、殲滅するだけの事。

「……では、無駄口はこの位にして」

 それだけを残し、琴美は当の相手へと向けてクナイを再び複数投擲。それから床を蹴り出し一気に執務室の窓から外に飛び出す。相手の方もまた琴美の側へと駆けて来ている――そう来る性格だと見たからこそ今、琴美も直接窓から飛び出した。
 着地するまでの間が無防備にもなりかねない危険な行動だが、琴美の場合その心配は皆無である。遣れると見定め遣るべきだと感じた時にしか遣らない。先に投擲したクナイが相手のクナイに撃ち払われている。琴美が着地する。一拍置いて、その身の豊かな部分もまた重みを持って撓む。クナイを撃ち払い、嬉々として突進して来る相手。こういう手合いは真正面から破るべき。
 結果、強烈な異音を立ててクナイとクナイがかち合うまでの時間は、極々僅かな物だった。

「堪らんな、その体」
「ふふ。おさわりはお勧めしませんわ。あなたに対価は払えませんもの」

 弄うよう言いながらも、琴美はかち合わせているクナイをぎりぎりと力尽くで圧している。その時点で相手の目の色もやや変わった。琴美に驚異的な戦闘能力がある事を知ってはいても、女に単純な膂力で勝られるとは流石に思わなかったのだろう。……まぁ、単純な膂力では無いのだけれど。呼吸を用いての忍びの術での強化である。施設の階上から地上に飛び降り、相手に肉迫するまで走り込んだ直後でありながら当然の如くしてのけたその仕業。だから今、男であるこの相手に“膂力”で勝れる。
 かち合わせたクナイをそのまま力尽くで圧し払い、続けて間近からクナイを連続して投擲。肩口、腕、足、腹。これまた当然の如く深々と突き刺さるその衝撃で、相手のその身を一気に押し倒し地に張り付ける――ここまで来れば、見当違いの余裕などもう吹き飛んだろう。

「あなたは子供なんでしたわよね。なら、おいたが過ぎる子供にはおしおきタイムと参りましょうか」
「な、き、きさ…」
「あらあら、まずは国語のお勉強からかしら。発音がなっていませんわ――何と仰りたいんですの?」

 問いかけながら、クナイの切っ先を相手の口の前で閃かす――飛沫く赤。直後、湿った様に濁る苦鳴。

「余計発音が悪くなりましたわね。私の話、きちんと聞こえてらっしゃいます?」

 同様に、クナイの切っ先を両の耳に刺し入れ――また、赤が飛沫く。

「ですから先程あなた自身がなさっていた様にきちんと喋って下さいましな。……出来ませんの? 困りましたわね。そこまで言う事が聞けないとなると……体に思い知らせるしか思い付きませんわ」

 わざとらしいまでにそう言ってのけ、琴美はくすりと笑う。

 濁る苦鳴だけでは無く、地に縫い付けられたまま最早痙攣染みた暴れ方をする相手。
 琴美はそこに更なるクナイを投擲で追加する。
 湯気の立つ赤色が、その身の下にじわじわと溜まっていく。次第に暴れる動きも鈍くなる。

「ほら。私の“元”先輩なのでしょう? そんな情けない姿をしてらっしゃらないで。後輩にその頼れる力を披露して下さいませ?」

 さあ。

 無理である事は承知の上で、琴美は相手にそう促す。促しながら、斬り刻む。最早殆ど、オーバーキル。

「あら、もう何も打つ手がありませんの? それでは私、“元”先輩から何も学べませんわ――学ぶ必要が何も無いのですもの。仕方ありませんわね」

 では、“元”先輩への御挨拶はこれで終いとさせて頂きますわ。語り掛け、最後のクナイを額の真ん中に突き立てる。そこまで仕上げて、琴美は、ほう、と溜息。任務――と言っていいかは微妙だが、救援要請を受けてした事である以上、任務でいいだろう。
 任務完了。戦いの高揚のまま、琴美はその勝利の余韻に浸る。次にこれを味わえるのはいつになるだろう――思いを巡らせたそのタイミングで声が掛かる。大丈夫か――階上、琴美が飛び出して来た当の部屋。窓枠にぐったり凭れる様にしてこちらに呼び掛けている上司の姿があった。
 勿論ですわと艶やかに肯定し、御無事で何よりですと重ねる。何人たりと琴美のその艶やかな肢体を傷付ける――いや、触れる事さえ出来る敵など現れるものか。この琴美が、“大丈夫で無い”事など――敗北や失敗を喫する事など、絶対に有り得ない。

 今後共、決して変わらずに。



 けれど。



 幾ら、圧倒的な強者であろうとも。

 苦戦や敗北など全く予期出来ず、絶対に有り得ない様に見えたとしても。
 聡明で美しく、実力も容姿もその魅力に溢れている彼女であっても。
 幾ら、完全無欠に見えたとしても。

 本当に“そう”であると言い切れるかは、わからない。
 今回の敵とて、元を辿れば琴美と同じ様な立場だったのかもしれない。
 特務統合機動課のトップランカー。
 琴美を自分の後釜と言ってのけた相手。
 それが事実かは――いや、事実であったとしても琴美に匹敵する程の実力を誇示していたとは思い難いが、それでも過去に“同じ立場”で最強を誇ってはいたのだろう相手。

 ……いつ、琴美にもこの「“元”先輩にとっての琴美」の様な相手が現れるかはわからない。

 どれ程に強くとも。
 行き過ぎた自信は、傲慢に繋がる。
 幾ら聡明で、敵以外には優しさに満ち溢れていたとしても。
 水嶋琴美にその“傲慢”が無いとは言えない。
 任務に於いて、敵と見做した者への加虐は半端では無い。
 持たざる者や弱き者への共感は、持ち得た者であり、強き者である故に――想像すら出来る事が無い。
 譲歩など己がする物では無いと思っている。
 己の負ける姿など、思考実験としてさえ考えた事も無い。
 強者とされるどんな相手を敵に回しても、負けた事が無いから。
 任務を終えてはまだ見ぬ強者を夢見、どんな敵であっても圧倒し屠ってみせると常々望むだけの余裕。
 新たにまみえる強者が、本当の本当に、己より強者である可能性など考えもしない。
 それで普通。
 それで当たり前。

 なら。

 思いもしなかったその可能性が、いつか実現してしまったら?
 これまで重ねた勝利の数だけ、その逆に。いつか思わぬ形で。サディスティックにボコボコに。その慢心で足許を掬われて。完膚なきまでに無様に敗北してしまう可能性が。そうなれば今度は――琴美の方が蹂躙される側に回りかねない。見目麗しい女性である分、口にするのも憚られる様な目に遭う事だって有り得る。痛々しくも無様な姿を晒し。プライドと自信を圧し折られ。死ぬより酷い末路を追う可能性だって――ある。

 そう。そうなる可能性が絶対に無いとは、どうしたって、言い切れないのだ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 水嶋琴美様にはいつも御世話になっております。お気に召して頂いている様で恐縮です。
 今回も発注有難う御座いました。
 結果的にここまで来ても大変お待たせしてしまっているのですが。

 内容ですが、手練れの敵をとの御希望から転がしてみた結果、御覧の通りにかなりイレギュラーな事態になってしまっておりました。
 最後となると元々は身内だった裏切者とかそういうネタでもどうかな、と思いこんな形にしてみたのですが……如何だったでしょうか。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。
 では、次は某シスター様から預かっている品で……本当に最後の最後となりますね。どうぞ今暫くお待ち下さいませ(礼)

 深海残月 拝
東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年10月12日

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